前に立つ少年
(またこうして、守る事になるとはね)
白が舞い散る、赤い闇。
後ろに立つ少女……郷津ありすの息づかいを聞きながら、智彦は妙な縁に唇を綻ばせた。
アガレスの依頼で過去に行き、守り、最後に会話しただけの少女。
余計な事を思い出させぬよう距離を置いたのに、何の因果かまた巡り合ってしまった。
「ぇ、ぁ……駄菓子屋、さん、ですよね?」
「ははっ、その呼ばれ方は懐かしいな」
短い期間に身の回りが劇的に変化した智彦。
田原坂鏡花を探す為に、お嬢様校内部で駄菓子屋のバイトをした日々もあった。
今思えばもっとスマートなやり方があったとは思うが、良い思い出だ、と。
色々な人と縁を結べた、と。
智彦はつい、目を細めてしまう。
「えぇと、どうしてココに?」
「たまたま近くに居てね。ありすさん達を助けるようお願いされたんだ」
ありすは未だ、今の状況が信じられないでいた。
もしかして自分は石に成り、都合の良い夢を見ているのでは、と。
だけど体を蝕む冷気は間違いなく現実なのだ、と。
広い背中を、見続ける。
「あの人達が問題なく下山出来てれば、すぐに救助が来るはずだよ。ほら、この人」
(……え?)
智彦が取り出した名刺を見て、ありすは唖然とした。
八島友美。
落盤で一緒に閉じ込められ、一緒に行動していた、十河の彼女だ。
弾かれたように顔を上げたありすは、石像の群れへ視線を動かす。
(八島さんの顔の石像が無い……?え?え?どういう事!?)
もしかしたら奥に残っているのかも知れない。
でも、駄菓子屋さんは彼女と外で会っている。
ありすの胸中に、得体の知れない不気味さが染み込み始める。
(うーん……、何だろうな、これ)
一方、智彦は自身の足元へと目を向けていた。
赤い光に染まった地面を、まるで泳ぐように移動する、細いメタリックな緑色。
蛇に見えるが、あくまで光。
とは言え、智彦はそれが生物……と言うより、自我のある何かであると認識できていた。
怪異、では無い。
霊、でも無い。
妖怪の類、にも見えない。
未知との遭遇に、智彦は首を傾げる。
(今の所感じるのは……戸惑い?悪意は無いみたい、だけど)
物理は効くだろうか?
智彦が害意を向けた瞬間、緑の光の群れが、智彦の足元へと巻き付き始める。
「おぉっ?……ぁ、これ、は……っ」
「駄菓……あれ?」
瞬時に、石像へと変わる、智彦。
だが次の瞬間、ゆで卵の殻の如く、薄い石の膜がパラパラと智彦から剥がれ落ちた。
「っくりした。呪いの一種、なのかな?」
びっくりしたのは、ありすも一緒であった。
智彦が一瞬石化したかと思えば、すぐさま元に戻ったからだ。
何故、何で、どうして?
ありすが言葉を失う間も、緑の光は矢継ぎ早に智彦へ襲い掛かる。
……が、もはや、智彦は平然としている。
「ありすさん、えと、良ければこいつ等の情報を教えてくれないかな」
「……あ、私の名前を。……ぁ、いや、は、はい!」
忙しなく動く、緑の光。
智彦に対し、緑の光は恐怖を覚え始めている。
それを何となくではあるが察知した智彦は、屠って良い存在であるのか迷っていた。
(問答無用で襲ってきたわけじゃ無いしな)
智彦が接敵した際、緑の光はすぐさま襲い掛からなかった。
むしろ、敵か味方かを判断しているように智彦には見え、和解の道が残されていると感じているようだ。
ありすは八島の事を一旦忘れ、智彦に一連の出来事を説明し始める。
「彼ら……?は、石神と呼ばれる存在でして、この廃鉱に奉られていました。ですが、私達が怒らせてしまって。私以外、石にされてしまいました」
「成程、かなりご立腹のようだね」
二人から、緑の光が遠ざかった。
すると坑道内に、耳を塞ぎたくなる程の不協和音が重なり出す。
「石像が……!」
左右、そして正面に陣取っていた石像が、一同に動き始めた。
石化がダメなら力押しか、と。
智彦は、迎撃の準備をし始める。
「あっ!ダメです!知り合いが!」
智彦の一連の動きで、石像を壊す事を予想できたのであろう。
そう口出しできる立場でないと自覚しつつも、ありすは声を大きく響かせる。
「……なるほど、霊体かな?アレが見える石像は砕かないよ。でも、それ以外なら!」
「……はへ?」
ありすの目の前から、智彦の姿が消える。
すると、左右から数多の破壊音が轟いた。
石像が砕けていく。
が、智彦の姿が追えない。
気付くと、息すら切らせていない智彦の背中が、ありすの眼前に広がっていた。
そして、群がっていた石像の半数以上が、ただの石片と化していた。
「多分だけど、霊体があるのは元に戻せるかも知れない」
「も、戻るんですか!?あ、じゃあ今壊したのは……?」
「霊体が無い石像。多分だけど、もうどうしようもない石像、かな」
ありすが、残った石像に目を向ける。
一緒に調査に来たメンバーと、十河班が持って来た二体の石像。
それだけだ。
だが、それでも。
無慈悲に、石像は智彦へとその脚を進め始めた。
「……あぁ、成程。こっちのは霊体に干渉して、無理やり動かしているのか」
どう、対応するのか。
ありすの不安げな視線を背中に感じながらも、智彦は石像の仕組みを見破り、得心する。
そのまま自然な動作で石像へ近付くと、石像の群は一斉に智彦へと拳をぶつけた。
「駄菓っ、……ぇー」
轟音にも関わらず、智彦は微動だにせず涼しい顔。
ここまでくるとありすも、驚くより呆れが滲み始めてくる。
「霊体に纏わりつく青いの……これかな」
智彦の手が、石像を撫でる。
すると、石像の表面に青い光が生まれ、石像は動きを停止した。
そして流れるような動きで、智彦は全ての石像から青い光を叩き落す。
(ここらへんで落ち着いてくれるといいけど)
光から感じる、戸惑い、恐怖、諦観。
沈黙した石像越しに、智彦は正面の闇……石神の社方向へと視線を向けた。
すると再び、足元……だけでは無く、全面と頭上に緑の光が集まり、智彦の体を侵食する。
「がっ!?ぁっ!……っ!?」
「駄菓子屋さんっ!」
ビキビキと音を上げ、智彦の体が鉄へと変化……。
「……ちょっと痛かった」
「あ、はい」
すると思いきや、鉄が水銀のようにだらりと垂れ、智彦の体から零れていく。
最早ありすは驚くのも馬鹿らしいと、真顔でソレを見つめていた。
凄い人。
では、無く。
理不尽な人。
そんな目を、している。
ふと、廃坑内に広がる赤い光が、消えた。
戻った闇と、静けさ。
背後からの風の音だけが響き、寒さが体を蝕む。
「……うん?」
二人の目の前。
青と緑の光が、闇に浮かんだ。
二つの光は滑るように動き、地面に奇妙な模様を作り出す。
模様にも見えるし、文字にも見える。
しかし英語でも中国語でもない、全く見覚えの無い、文字。
智彦が首を傾げていると、ありすが一文字一文字、言葉を綴り始めた。
「あ、な、た、は、な、ん、だ……?」
「……読めるの?」
「ハイ!コレ、この村で使われてた……あ、そういう事か!石神が、この村に伝えた……ううん、違う」
ありすは少し思案した後、智彦の横へと並び、良く通る声を発する。
「この人は、人間です。……ですよね?」
「いや、どう見たって人間でしょ?」
少しの間。
だが、光は動かない。
ありすの顔が、喜色に染まる。
「やっぱり!石神とのコミュニケーションがこの文字だったのね?石神は聴覚は無いけど視覚はあるんだ!」
「えと、ありすさん、つまりどういう事?」
「意思疎通できるって事です!えと、どうしたらあああああ!タブレット!」
ありすは、床に投げやられたタブレットを掴み、ペイントアプリを起動。
そのまま指で文字を……石神が描いたのと同じ特徴の模様を描き、画面を石神へと向ける。
液晶画面が、坑道内を淡く照らした。
「この人は人間です」
光が、動いた。
ありすの描いた文字に反応し、また新しい文字を作り出す。
「……、な、に、し、に、き、た、?、あ、深く考えるのやめちゃった。えと、敵意が無い事示さなきゃ」
何か失礼な事を思われてる気がした智彦だが、ありすのやり取りを眺めている。
勿論、石神が害を加えない様に油断無く、だ。
無言の応酬。
ありすはペイントアプリで指を動かし、石神も光で文字を作る。
雪はいつの間にか降り止み、風だけが音を響かせていた。
(……敵意が、消えた)
石神と称される光から憎悪が無くなった事に気付いた智彦は、ありすへと目を向ける。
視線に気付いたありすは、興奮しながら、事の説明をし始めた。
「今やり取りしてる文字は、この村独自の文字だったんです。最初は税収等をごまかす為の文字だと思ってたんですけど、石神様が意思疎通の為に教えた文字だったなんて!」
「えと、ありすさん落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられません!石神様は宇宙から来た存在らしいんです!隕石としてここに落ちてきて、宇宙に帰る為にここの人達に協力してて!結果、裏切られちゃったみたいですけど、ですが……!」
「石になった人達の事、忘れてない?」
「あっ……」
現実へと誘う、智彦の指摘。
ありすは顔をくしゃりと歪ませ、再びペイントアプリに文字を描き、石神へと見せる。
石神からの返答は、少しの間を置いた。
ありすは俯き、地面へと座り込む。
「……解らない、そうです。石神様自身では無理だそうでして」
「そっか。……まぁその辺は救助を待って考えよう」
「大丈夫、何とかなるよ」と智彦は笑みを作る。
無責任で根拠の無い言葉だ。
なのにありすは不思議と安堵し、無言の頷きで返した。
気付くと、二人の周りを数多の光が囲っている。
そこには敵意や害意は皆無で、ただただ二人への興味があるようだ。
ありすは再びタブレットへと指を動かし、石神へと画面を見せる。
「おぉ、今まで以上に動き出したってか、嬉しそう。なんて書いたの?」
「宇宙に戻れるかも、と」
ありすは乱雑に点在する荷物から、ビニールカバーがついた本を拾う。
『夏の星空ツアー』。
そう題された本を捲り、ありすは写真付きのページを開いた。
「ひ、と、は、う、ち、ゅ、う、に、い、け、る、よ、う、に、な、り、ま、し、た」
ペイントアプリに照らされた、紙へと載せられた写真。
ロケットが発射される瞬間。
宇宙服。
月面。
太陽系内の惑星。
それらは人類が宇宙へと進出した軌跡であり、証であった。
「石神様は、鉄を造成すれば宇宙へ帰れると騙されてたみたいなんです。勿論時代的には可能性があり、当時のこの村の権力者は本気で約束してたかも知れません」
ですが、と、ありすは唇を湿らせる。
「桐原矢三氏……お家騒動で権力者となった人は、そのやり取りを知らなかったようで。……色々と継承が上手くいってなかったのでしょうね。結果、石神様は約束を反故にされたと怒って……あれ?」
ぐわん、と。
ありすは自身がひっくり返るような感覚に陥った。
「ありすさん!?」
白く染まった地面が近づくと思いきや、温かい腕に掬われ、包まれる感触。
「……うわっ、すごい熱!アガレス!恥ずかしがってないで出て……」
「これは……!毛布で……」
(アガレス……、なんだか懐かしい名前)
ありすが朦朧としていると、外から大きな音が聞こえて来た。
徐々に、近付いてくる。
「ヘリ?この天候……老樹さ……、助か……」
「私は石像を集……、石神も……」
逞しく温かい智彦を感じ、ありすの瞼は下りていく。
寒い。
けど、熱い。
体に繊維質なモノを巻かれる振動が、眠気を加速する。
「あらあらあ……、な……で悪魔もっ!……くヘリに乗……!八……智……」
「解っ……!あと、この光はどう……」
「奉られた石に……、あと先程怪し……追……」
音と声が、遠くなる。
あぁ、名前聞きそびれちゃったなぁ、と。
ありすの意識は、沈んで行った。
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