追い込まれて 囲まれて


石神が、割れた。


両手から伝わる確かな手応え。

存外の脆さに十河は拍子抜けしたが、満面の顔を浮かべる。


(ひゃっはー!ざまぁ見やがれ!くそったれが!)


十河の頭の中には花が狂い咲き、今後迎える輝かしい未来が浮かび始めた。

八島と言う彼女はいるが、十河にとって彼女は家事をし、朝起こしてくれる、都合の良い性欲の捌け口扱いだ。

この後は、サークルの女性が自分に靡いてくる、と。

そして見せしめとして、ありすと掃部関を好きにできる、と。

外から助けが来るまでの間、じっくり楽しもう……、と。

十河は目尻を嫌らしく歪める。


自分勝手かつ根拠の無い推測だが、十河は石神を寄生虫的なものだと考えていた。

つまり、寄生先の石が砕かれたのならば、死ぬだろう。

そんな単純な思考を基にした、蛮勇であった。


斯くして、十河の活躍で、石神はこの世から消滅した。

皆を救った十河は、彼を持て囃す女性に囲まれ、幸せな大学生活を送りましたとさ。

めでたし。

めでたし。



……とまぁ。

当たり前ではあるが、そんな未来は訪れなかった。




「っな、なんだぁっ!?」


割れた石の断面が、深紅に染まる。

そこから溢れ出した赤い光は、周りの携行ライトを砕き、石神が奉られている空間へ放射状へ広がった。


無音。

だが視覚的に、何かが連鎖的に這いずる音を、皆が幻聴する。


「なに、これ?蛇……?」

「いや、違うみたい。光……?」


全員を染める赤い光から、緑の光が生まれた。

そしてそれは蛇の如く、女性陣の脚に巻き付き始める。


「ぇ?嘘っ!?体が!」

「待ってよ!足が動かな……いやあああああビキビキビキ!」


緑の光が触れた、部分。

物理的な感触は、無い。

だのにそこが、徐々に石へと変わって行く。


「や、やだぁ!ちょっ、嫌よ!十河!何とかしなさいよ!」

「ひぃいいいっ!?足が、ぁ……いだぁぁぁぁあいいいいいビキビキビキ!」


今までの出来事から、一瞬で石化するものだと、皆が思っていた。

だが今は、ゆっくりと。

そして、じっくりと、

足元から、全員が石化し始めている。


痛い!痛っぁぁビキビキビキぁい!助げ、ぎえええええビキキッ ビキえ!」

「んぐおおおおおっ!?棘ビキビキビキッがぁ!ざざるぅビキッ!」



しかも、硬質な音と共に、だ。

石化して行く女性陣は大きな悲鳴を上げ、涙、鼻水、涎を流し、発狂し始める。。



「蛇では無く、光、だったか……」

「まるで、苦しむ姿を楽しんでいる、みたい……」



ありす、掃部関、保場の三人の体には、緑の光は生まれていない。

だからこそ、目の前で起こる光景に、……逃げる事を忘れ、唖然としていた。

助けようと考えるも、どのように?どうやって?と、早々に諦観が支配する。


「郷津君の言う通りだ、まるで仕返しをしてるようだね……」

「……意志を持ってるって事じゃないですか、間違いなく」


逃げないと。

しかし、どこへ?

それ以前に……。



(足が、動かない……!)


水場から立ち上がったありすは逃げようとするも、自身の体が固まっている事に気付く。

石化……では無く、恐怖。

それは保場と掃部関も同じであった。



「ぎ、ぎいいいいいいぃいビキビキビキッ!!いだぃ!いだぁ!やビキビキビキべっ!だずげでぇぇぇええビキビキえ!」



十河の咆哮が、ありす達の耳を劈く。

周りの女性陣と異なり、十河の石化はじわじわと、極めてゆっくり進行している様だ。



「ごめっ!なざぃ!ビキビキッあやば!りばず!友美ぃ!あで?どこに居!助うえええビキッビキビキビキキキえ!?にゃ、何をおおおおおおおお!?」



首の下まで石化した十河の体が、動いた。

いや、動かされているのだろう。

先程本人が壊した社の上へと上がり、両手を広げる。



「あ……」

「ぁっ……」

「あっ」


「ぁ……、待゛っ」



ありす達の短い言葉に、十河の小さくながらも良く響く声が、重なった。


十河が、社から四肢を広げ地面へと身を投げ出す。

社の高さは、約1・5メートルとあまり高くは無い。

普通であれば、ある程度の痛みを受けるだけだ。

が、今の十河の体は石であり、地面には硬質な岩が転がっている。


その結果……ドズゥゥンッ


破砕音。

石化した十河の体は無秩序に砕け、土埃を生み出す。

すでに石像化した女性陣の脚の間を、丸い塊がゴロゴロと転がった。



「あっ……、うぁっ……、ひへ」



首部分だけが石化した、十河の頭部。

虚ろな目をありす達へ向け、言葉にならない助けを求める。

が、それも徐々に、石へと変貌して行った。



「郷津君、掃部関君、逃げなさい。郷津君ならば、あの石の隙間を何とか這い出る事が出来るかも知れない」



赤い光は、いまだ健在。

それどころか、女性陣を石像化した緑の光が、ありす達を囲み始めたのだ。


「二人とも、今回は巻き込んで本当に……本当にすまない。掃部関君、彼女を頼んだよ」


保場はありすと掃部関へと頭を下げ、二人の前に出た。

そのまま、社上に鎮座する割れた石へと、声を上げる。


「石神様!私はこの村にいた住人の子孫です!私の生徒のこの度の蛮行、お詫びのしようも……」


保場の足元へ、緑の光が集まり始めた。

ありすはその光景に魅入っていたが、グイっと腕を引かれ、我に返る。


「行こう、ありすちゃん!入り口まで走るわよ」

「で、でも保場教授が!」

「いいから!急いで!」


濡れた衣服が体に纏わりつき、熱を奪う。

凍てつきを覚えるも、ありすは掃部関と共に、入口へと走り出した。


チカチカと点滅し始める、備え付けられたライト。

入口への坑道を進むにつれ、赤い光が弱くなって行く。




「……ですので!どうかこの私の命を持って!皆ををををっ!ビキビキ救い、をおおっをおおおビキビキビキ!!」



「保場教授、有難う御座います……!」

「……ありがとう、ございます!」


後方から響く、保場の断末魔。

悲しむ暇もなく、二人は心臓や脇腹を抑えながら、走り抜ける。


もうすぐ、入り口である落盤現場だ。

二人の顔に安堵が浮かんだ瞬間、周りの壁に、赤い光が伸びた。


「あー……許して、くれな、かった、かぁ」

「そ、それより、変な音、しませんか?」


音と言うより、地響き。

だが振り返る事すら許されない状況だと悟り、二人はそのまま足を進める。

そのお陰か、無事、目的地へと辿り着けた。


「よし!いい位置ね!」


掃部関はすぐさま落盤跡の隙間の下にあるトラックの荷台へ陣取り、跪いた。


「ありすちゃん!肩に乗って!押し上げるから無事に逃げてね!」

「掃部関さん!?でも、掃部関さんは」

「まずはありすちゃんが逃げるのが先!できるなら、後々助けて欲」

「あ」


落盤跡から緑の光が湧き、掃部関を一瞬で石へと変えた。

後ろからは、赤い光と音が広がり始める。

ありすは一瞬息を止めるも、生存への最適解を探し始めた。


(掃部関さんを足場にしてやっと隙間に届く……けど、緑の光があるから無理!)


隙間に辿り着いても、身を捩じらせている間にアウトだろう。

逃げ道は、もはや無い。

だが最後まで足掻こうと振り返ったありすの顔が、驚愕に染まる。


「なに、これ……」


ありすへと集まる、視線。

左右の坑道に、石像が犇めていた。

連絡係と以前よりココにあった石像が混じって入るが、知らない顔ばかり。

そして正面……社へと続く道もまた、保場を含むフィールドワーク仲間の石像が、道を塞いでいる。


(さっきの音は、石像が動く音だったのね、どうしよう……!)


パキンと携行ライトが割れ、入り口を赤が支配した。

石像は動かないが、明らかに視線をありすへ向けている。


左右から。

正面から。

背後から。

緑色の光が、這い寄る。

もはや、後が無い。




であるのに、ありすは笑みを浮かべていた。




(あぁ昔、そんな事あったなぁ……)




あれは、そう、小さい頃の出来事。

自身へ語り掛けてくる、魔法のような本。

突如襲い掛かって来た、暴漢。

そして……死から守ってくれた、頼もしい背中。


一瞬頭痛が走り、ありすは昔の事を思い出したのだ。


(なんで忘れてたんだろう……、いや、当然か。トラウマになってただろうし)


恐怖しか無かった先程までとは違い、ありすの顔は晴れ晴れとしていた。

実際、恐怖は一掃され、郷愁と歓喜が入り混じる。

例えるならば、青色。

ありすを照らす赤色に反し、その感情は何処までも落ち着いていた。



(なんであの時のままの姿なのか解らないけど……最後に思い出せて、良かった)



諦観。

では無く、満足。

自身の未来がココで閉ざされると理解するも、あの時より長く生きたから、と。

ありすは更に笑みを深めた。


緑の光が、ありすの足元へと辿り着く。

……が、いつまで経ってもありすの脚へと飛びつかない。

まるで迷うかの様に、ありすの足元で動きを止めている。

ありすは内心首を傾げたが、そのまま……瞼を閉じた。



(最後にもう一度会いたかったな……)



同時に、こう思うのだ。

名前を知りたかったな、とも。






ドゴン、と。



轟音が鳴り響き、ありすの背後の壁が崩れたのはその時だった。

雪を纏った風が、背中を襲う。



「……大丈夫?」



土埃を、外からの冷気が攪拌する。

湿った、足音。

振り込む雪の中、ありすを守るかのように前へ出る、頼もしい背中。




「……駄菓子屋さん」


「うん。こんばんわ」




ありすの声に応え、駄菓子屋さん……智彦は、浅く頷いた。

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