恐慌



携行ライトの心細い光を囲む、ありすと保場.

そして第三者の意見係としての掃部関。


三人は声を抑えながら、要点を簡潔にまとめていく。

相も変わらず風が唸り、石像も動いている。

が、三人は生きて帰ろうと足掻く事を優先した。


「……多分、こんな感じだと、思うんですけど」

「うん、僕も大きな間違いは無い、と思う」

「想像の域を出る事は出来ませんけど、ね」


時間にして、約15分。

其々頭のフル稼働を自認した結果が記されたタブレットを、三人は覗き込む。



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陽落村 ← 山神を崇め奉る集落(鉱業)

      よろず家が信仰を取り仕切っていた


陽落村に隕石が落ちる

被害の規模は資料が無い


この日を起点に村の鉱業の規模が拡大

村の名称だが町程度の規模に

宮司である桐原家が台頭


鉱業の先細りが始まっており

山神への信仰が弱くなっていた

萬家が没落



隕石を石神として奉る

→石神は人間を純度の高い鉄へと変えた

 村はその鉄を基に潤っていく


一方石像になる人もいた

基準は解らないが

1)高齢であればあるほど石に成りやすい

2)もしくは石神への信仰に依存?


→現状を見るに

 石神への敵対者が石となる?

 

石となる=成り損ない と呼ばれる



基本的に男のみ

女性は産めよ増やせよの観点から

贄にはならなかった模様

※石神はコレを学習し男のみ石に変えている?



人一人分の鉄にすごい価値

高純度の鉄だった可能性


流れ者などを進んで雇用していた記述あり

そのような人々を鉄に変えていた?

役人も絡んでいた模様



以上、石神を信奉し村は栄えるが

桐原家の御家騒動を期に衰退


桐原矢三が権力者となる

→人を鉄にし過ぎて周りから怪しまれる

 加えて石神の不興を買い、混乱へ


住人達が石に変えられる

村人を襲い始める


※記録にあった「死者が動く」は

 石像化した人間が動いた事だと推測


つまり石神は石像を動かす力を持つ?



以降陽落村は地図から消える

→周りへの被害は記録に無い

 石神のテリトリーは有限か?


その後数十年この地は管理される

管理と言うより封印



留意

桐原と石神の契約

何故関係が破綻したか

石像は何処に消えたか


連絡係が石化する前にチラリと映ったヘビ

光沢のある緑色の皮膚


ヘビ+石化と言えばメドゥーサ?



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暗闇の中に浮かぶ、タブレットの光源。

三人は目に疲労を感じながら、小さく息を吐いた。


「桐原家と石神は、何かしらの契約をしてたと思うんだ。でも、それが何かが解らない」

「そして、何故桐原矢三が石神の怒りを買ったか、もですね」


考えを纏めて見たが、この状況を打破できそうな情報が、無い。

ありす達は徒労感を覚え、再び、息を吐く。



「……そういや、ありすちゃんがさっき読んでた本って、何だったの?」


掃部関が、ありすの横に放置された本へと目を向けた。

大きさとしては、A4サイズ程。

十河班が、右側の坑道から見つけて来たモノだ。


「えっと、どうぞ」


ありすは、掃部関へと本を渡す。

青いビニール製のブックカバーが、掃部関の手にヒヤリと冷気を伝えた。


「……え?ビニール?ってか何だか新しいような、って、えぇ……?」


表紙を捲ると、そこに広がるのは鮮やかな星空のカラー写真だ。

『夏の星空ツアー』を白い文字で題された内容に、掃部関は戸惑いの声を上げた。


「これ、昭和前期の本じゃないですよね、ってか発行が平成12年!?」


「あぁ、ついこの前の本みたいだね」

「この前、の範疇超えてると思います」


携行ライトを咥え、掃部関は指を動かす。

内容は、タイトル通り夏の星座関係だ。

合間合間に、人類の宇宙進出の歴史が写真と共に紹介されていた。


「……えと、つまり、ココには、以前から人が迷い込んでいた?」

「そうだね。一緒に運ばれてきたあの二体は、その本の持ち主かも知れない」


保場の視線の先……、ビニールシートが、再びガサリと波打った。

ありすと掃部関は陰鬱な表情を浮かべる。


「だからこそ、解らない。何故、一思いに僕達を石にしないのか」


朧気だが、……誠に馬鹿馬鹿しい考えだと自覚しながら。

今回の落盤は石神の仕業だろうと……保場とありすは考えていた。


故に、何故そうしたかが解らない。

何故、閉じ込めて全滅させないのか。

真綿で首を絞めるように、じわじわと苦しむのを見て楽しんでいるのか?

それとも……。


「様子見、してるのでは?」


ぼそりと零した自身の言葉に、ありすはつい、戸惑ってしまう。

どうしてそう思ったのかは理解できない。

なのに、そう感じてしまったのだ。


「その……、石神には為したい事があって、ソレを私達に託せるかどうか、迷ってるのかな、っと……」



改めて馬鹿馬鹿しい話だなと、ありすは口角を上げた。

石が自我を持ち、まるで生きているように思考している。

とは言え、ありすはもはやそれを否定する事は出来ない。

今現在わが身に起きている事が、現実なのだから。


「明日、あの社に……、石神にコンタクトを取ってみようか」

「はい、それが良いと思います」

「……体力も限界ですし、一旦休むのは賛成です」


本当であれば、今すぐ行動に移した方が良いに決まっている。

しかしながら、三人の体力と眠気は限界に近かった。


「もう皆、寝てるかも知れないね」

「なら、毛布を皆に掛けて回ります」



カラカラと、台車の音が響く。

いつの間にか風の音は弱まり、外からの音が聞こえなくなっていた。


閉鎖空間。

暗闇。

石化。

恐怖に真っただ中にいるはずなのに、ありす達の心はマヒし始めていた。


石神とコンタクトを取れば、何とかなるかも知れない。


根拠の無い、楽観視。

絶望しかない現実から目を逸らしながら、三人は皆の眠る場所へと戻る。




「……っ!?」




掠れた息が、ありすから漏れた。

三人を待っていたのは、皆の寝息……ではなく、静寂の中に光る視線。

憎悪を含むその群れに、ありす達は呼吸を忘れる。


「保場教授!どういうことですか!」

「私達を、生贄にするつもりって、本当ですか!?」

「教授がこの村出身で私達を陥れてるって、嘘、ですよね!?」


そして始まる、保場への罵詈雑言。

一体何が起こっているのか解らず、保場は言葉を失ってしまう。



それが、いけなかった。

沈黙を肯定と捉えられ、皆の言葉が熾烈に染まり、今までの恐怖を口汚い言葉へと変えて投げつける。


憤怒する女性陣を掻き分け、八島と十河が前へと出てきた。

十河の顔には、保場への侮蔑が浮かんでいる。


「十河君、八島君、コレはいっ」

「トイレに行こうとした時、俺聞いたんですよ。アンタがこの村の奴らの子孫で、こういう状況になる事を予想してたって」

「酷いです教授……、全部、知ってたんですね?」

「……は?いや、違う!誤解だ!」


あれかっ!とありす達は内心で舌打ちした。

確かに会話部分の切り取り方では、保場が暗躍していたように受け取られてしまう。

現に、ありすもそう疑念を抱いたのだから。


「やめなさい!今から詳しく説明をす痛っ!」


誰かが投げた石片が、保場の額へと当たる。

薄らではあるが皮膚が裂け、血が滲みだした。


「ちょ!みんな落ち着いて!確かに保場教授はこの村の住人の子孫だけど、今回のは事故だって!」

「そ、そうです!会話の内容にそういう部分もありましたが!保場教授も被害者なんです!」


事態を収拾しようと、掃部関とありすが声を上げる。

が、返ってくるのは厳しい視線だ。


「掃部関!あんた、教授と裏でと取引したんじゃないの?」

「私達を犠牲にして自分達だけ助かるようにお願いしたりさぁ!」

「そもそもさ!さっき郷津さんが教授を誘って出ていくの怪しかったんだよね!」

「じゃあこのガキも共犯かよ!ふざけるんじゃないわよ!」


更に、様子を見ていた者、ありす達を信じていた者も、声を上げ始めた。


「もうやだぁぁぁあ!私帰る!」

「あんた達みたいな奴らと一緒にいられないわ!私はさっきの部屋に戻らせて貰う!」

「あはは、もうダメ、おしまいよ……、ここで死ぬんだわ、皆」


もはや収拾不可。

ありす達三人は、じりじりと先程の場所……落盤現場へと、追い込まれ始めた。


設置された携行ライトに照らされる、糾弾者の群れ。

黒と白が色濃く強調され、怒り、恐怖、諦観を浮かび上がらせる。


どうすればよいか。

ありすと掃部関は勿論、保場すら何も考えつかない。


「……こうなるんだったら、先に石神にコンタクトを取っておけば、良かったね」


もはや後の祭りの呟き。

だが、その言葉に激高する者が居た。


「そうだよ!あの石が原因だったな!畜生、ぶっ壊してやる!」


十河が唾を飛ばしながら、保場達を押し退けた。

そのまま、トラックに立てかけたシャベルを掴み、皆に見えるように掲げた。


「俺を脅かしやがって!あの光る石が無くなりゃ、こっちが石になる事は無い!その後にこいつらを痛い目に遭わせてやろう」


上がる歓声。

揚がる熱量。

シャベル、スコップ、ハンマー、工具……。

各々石を壊せそうなものと携行ライトを手に取り、叫声おらびごえをまき散らし石神の社へと走り出した。


「ダメだ!そんな事をしたら取り返しのつかない事に!」

「っ!ありすちゃん、行こう!」

「ぁ、は、はい!」


もし、石神に攻撃を加えたらどうなるか。

彼の存在はこちらを瞬時に敵と認定し、容赦無く全員が石像にされるだろう。

ありす達は暴徒化した十河達を、追いかけた。


一方、十河は前を走りながら、嫌らしい笑みを浮かべていた。

実は、十河は保場達の会話を大まかに聞いていた。

それなのに、皆の不安に火をつけ、爆発させたのだ。

石神を壊せば、女性陣に英雄視され、多くの者と良い関係になれるはず、と。

その後、犯人に仕立て上げた掃部関とありすに劣情をぶつけよう、と。

十河の下劣な企みは、石神の仕業であろう石像にありすを襲うチャンスを邪魔された事への、逆恨みを含んでいた。


パシャ。

パシャ。

パシャ。


数多の足音が、石神を奉った社のある空間に、響き渡る。

地面に流れる水に、無秩序な波紋が広がる。


「うぉりゃあああああああああっ!」


十河は助走をつけ、シャベルの先端で、社を形成する朽ちた木材を粉砕。

そのまま、闇へと露になった光る石……石神に、シャベルを振り上げた。


「駄目えぇぇえええええええええきゃあっ!?」

「ありすちゃん!?」


ありすは届かぬ手を伸ばし、絶叫する。

が、足を滑らせ、バシャリと地面へと身を打ち付けた。


響く、硬いものが割れる、音。


闇に。

赤い光が広がった。

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