保場
場所は、左側の坑道に位置する、寝台が並んだ診療所らしき小部屋。
ありす達はこの場所に拠点を移し、男女関係無しでその場へと座り込んでいた。
「…… …… ……」
土壁へと歪に映し出された、プロジェクターに繋がれたビデオカメラの映像。
その内容は、連絡係の二人が最初に石になっていたというモノであった。
保場は映像を巻き戻しながら、一同へと目を向ける。
「さて皆、まずはコレを明言して置きたい。異常事態、というか……怪奇現象に、僕達は巻き込まれている」
保場の言葉は、日常もしくは常識を手放す発言だ。
だが、もはや全員がそれに異論を唱える事はしない……いや、できない。
「今までの調査で心霊現象が起きる事は少なくなかった、けど……今回のは異常すぎるね」
何人かが頷くのを見て、やはりそう言う事があるのだなと、ありすは非日常を認識する。
同時に、今この状態で不謹慎ではあるが、興味が膨らんで行く事を自覚した。
「この映像を見て、気になる点は二つ。動く石像と、蛇、だね」
保場は、とある場面まで映像を早送りする。
連絡係が椅子に座って、会話をし始める部分だ。
ビデオカメラは、落盤部分と三つの坑道入り口が見えるように置いてあった。
坑道は真ん中が、石が祭られた社への道。
奥……右側入り口が、男女に別れた部屋への道。
手前……左側入り口が、今現在皆がいる診療所跡への道だ。
連絡係は落盤の土砂を背に椅子に座っており、その正面……真ん中と右側坑道入り口の間にある壁に、二体の石像が置いてある。
『時間経つのおせー』
会話内容は、十河の悪口だ。
十河は気まずそうに舌打ちをし、ありすをちらりと睨む。
ありすもまた、十河からの悪意を感じ取り、掃部関の腕をぎゅっと握った。
「音量を上げよう。この後、変な音が映像に入っている。それに注意しながら、石像を見てくれ」
二人の会話は、スマフォのバッテリーの内容へと移る。
保場が、音量を最大に上げた。
『つか、外からだーれも連
会話の中に混ざる、とても小さい異音。
だが全員、音よりも、石像へと意識が集中していた。
「ウソ、動いてる……」
数多の、息を飲む声。
仰向け状態の二体の石像の首が、小さな音と共に30度程、談笑する連絡係の方へと動いたのだ。
画面は、二人が鈴を取り付ける部分へと移る。
『土が凍ってるから、い
再び、小さな音と共に、30度程。
『う
最後も、小さな音を軋ませ、30度程。
その顔は完全に、二人の方へと向いている。
それに気づいた二人は恐怖に慄くも、冷静に対応。
この辺りで、なぜか映像が乱れ始めた。
「
画面の端に、緑色の細長い何かが映った瞬間、映像が砂嵐に。
その後、大きな音が連鎖する。
砂嵐が終わると、連絡係二人が石像となり果て、その身に雪が降り始める。
そして、男性部屋から伝わる、悲鳴。
映像はその後、ありす達が映るまで、何の変化も無かった。
首が動いたままの石像及び連絡係だった石像は、そのまま放置。
診療所跡にある石像も、ブルーシートを被せてある。
それでも多くのメンバーの精神は、限界が近い。
「今何が起こっているか、より。今後どうするか、それを今から決めたいと思う」
保場は一同を見渡すが、帰ってくるのは荒い息遣いだけ。
中には、責任を押し付ける感じで保場を睨む者もいる。
が、保場はあえて気づかないふりをして、冷静に言葉を綴り続けた。
「……2つ、選択肢がある。一つ目は後発隊を信じ、助けが来るまで待つ事だね」
外は大雪。
未だスマフォが繋がらず、いつ助けが来るかも判らない。
バラバラでいるよりは、一ヶ所に固まっていた方が心細くないし、互いの監視もできる。
幸いにも人数が減った事により、食料や水は余裕が生まれた。
一方、皆が一斉に石化し、全滅する可能性も存在する。
「二つ目は、出口があると信じ、この先を掘り進むか……だね」
ありす達が調べた左通路。
今、身を寄せ合っているこの奥に坑道は続いているが、人為的に埋められている。
そこを掘り進めば、外に繋がっている……かも、知れない。
沈黙が、続く。
ふと、一人の女性が体を震わせ、手を上げた。
「教授、わ、私は、あの石を割った方が良いと思います」
「それは……」
保場が、言い淀む。
途端に湧き上がった喧騒に、ありすは顔を伏せ、考えた。
皆の前でありすが朗読した手帳には、あの奉られた石は人間を石に変える、と記してある。
つまり、今起きている常識を逸した現象に、あの石が関わっている可能性は限りなく高い。
石を破壊すれば、これ以上の被害を抑えられるかも知れない。
石化した人達も、元に戻るかも知れない。
のだが……。
「……石とは言え、崇め奉られていた存在だ。そのような事をすれば、これより酷い事が起きるかも知れない」
そう、なのだ。
最早あの石は、神格化していてもおかしくは無いのだ。
神に不敬を働こうものなら、どのような天罰が来るか予想がつかない。
(ここはあの石のテリトリー。あっちから見れば私達は侵入者だから、排除対象、なのかな)
あぁ、それでこちらを石化してくるのか、と。
ありすは他人事みたいに、考えを纏めた。
(なら、なおさら、保場教授に聞かないと)
この様な危険があったと
沸々と、ありすの中で怒りが……では無く、純粋な疑問が、湧き上がった。
「とりあえず今夜は、このまま皆で休もう。どう動くかは明日、考えようか」
「……はい。でも、あっちの通路は気になるので、寝台で道を塞いでもいいですか?」
「あ、私も手伝う」
「そこにあった石像も怖いからね。十河はそこで寝なよ」
「……チッ、解ったよ、そんな全員で睨むなよ」
恐怖もあるし、不安もある。
それ以上に、精神と体力が摩耗している。
男女入り混じってはいるがそれに気を回す余裕は無く、壁に背を預けた者は、次々に眠りに落ちていった。
(……うん、今しかないよね)
入り口側の道で横になろうとする保場に、ありすは緊張した面持ちで、声をかけた。
後ろから視線が集中するのを感じ、ありすは背中に汗を流す。
「保場教授、あの、入り口まで毛布を取りに行きませんか?下に敷くだけで皆さんの気分が違うと思うので」
「……ふむ、そうだね。なら、一緒に行こうか。水も必要になるだろうしね」
立ち上がった保場は一同に目を向けるも、全員が目を逸らす。
やはりというか、動いた石像へ近寄りたくは無いようだ。
特に非難めいた言動も起こさず、保場は無言で、入り口へと歩き始めた。
「ありすちゃん豪胆過ぎない!?ぁっ、わ、私も手伝います!」
間を置いて掃部関が立ち上がり、ありすを守るように、その後ろに陣取った。
掃部関を巻き込んでしまう事にありすは心の中で謝罪し、保場の後を追う。
「うわぁ、真っ白……」
「これは確かに、結構な数の毛布が必要になるかも知れないね」
「折り畳み台車があるので、それに乗せましょう。ありすちゃんも手伝って」
小さな穴々から入り込む雪で、入り口は真っ白となっていた。
近くにあったブルーシートを連絡係だった石像に掛け、ありすは世間話の体で、保場へと話しかける。
「保場教授、先程の手帳なのですけど」
「ん?あぁ、何か新しい発見があったのかな?」
保場もありすに倣い、動いた石像へとブルーシートを掛け始めた。
トイレに行く際に皆がここを通るであろうし、何より、動けば音でわかると考えたからだ。
「手帳の持ち主ですが、どうして、この村の権力者の一族だと解ったんですか?」
「……うん?」
保場の動きが、止まる。
「何故って、名前が書いてあったからだよ。……あぁ、村独特の文字でだったけどね、僕も少しは読」
「確かに名前は書いてありました。矢三、の二文字です」
「ちょっ、ありすちゃん?何を言っ」
「保場教授、貴方はこの村の事を知っていますね?その上で私達をこのような目に遭わせているんですか?」
掃部関に内心謝罪し、ありすは保場へと視線をぶつける。
手帳に記された名前には、この村の権力者であった桐原姓は、書いてなかった。
なのに何故保場はあの時この場所で表紙を見て……矢三、の二文字だけを見て。
『この村の権力者一族の手記の様だね』と、言ったのか?
それはつまり、保場は矢三を……この村の事を、詳しく知っている。
同様に、今起きてる理不尽な現象に巻き込まれるリスクを、理解していた……のでは、と。
歯の表面にへばり付いたパンの欠片の様に、引っかかっていたナニか。
それがコレだと、ありすは気付いた。
ふんすと鼻息を荒くするありすを見て保場は一瞬呆けるも、すぐさま柔和な笑みを浮かべる。
「うん、そうだよ」
「ふえ?」
「保場、教授……?」
あっけらかん。
保場はありすの推理をいとも容易く認め、車の荷台から折り畳み椅子を下ろし、組み立てる。
そして、ありすと掃部関に座るように、手で促す。
「とは言え、流石にこの様な事になるとは予想もしていなかったんだ」
邪気、悪意、害意。
保場からはそういうモノを全く感じず、ありすは促されるまま、椅子へと座った。
流れについていけない掃部関も、とりあえず、ありすの横へと座る。
「どこから話そうか……、僕の御先祖はね、この陽落村に住んでいたんだ」
音量を抑え、保場は静かに自身の事を語り始める。
保場の先祖は、過去、この村で起こった悲劇の際に逃げ延びたという。
先祖はソレを、記録として残してはいた。
「記録と言うけど、断片的な情報しか無くてね。それ故に、この村の調査への欲求が高まったと言える、かな」
バッグからタブレットを取り出した保場は、先祖が残した記録の……注釈が付いた画像を展開し、ありす達へと見せる。
『とある日の早朝に空から石が降って来た』
『言葉は話さぬが意志を持つ』
『妖の類と思い宮司が接触』
『二か月の時を経て意思疎通可能に』
『鉄を求めると(黒塗り)が鉄となった』
『先細りしかない鉱業が続けられる』
『人を鉄に変える 石にもなる』
『桐原家でお家騒動勃発』
『桐原矢三が石神様に粗相』
『石神様が怒り村人の多くが(文字が掠れていて読めない)』
『村人が、他の村人を襲う』
『山神を奉る(黒塗り)の長女の命で鎮静化を図る』
『村から人が消えた 妻の実家を頼り四国へ』
言葉の羅列。
だがそれでも、この村で起きた事が漠然と解ってくる。
「郷津君が翻訳してくれたこの村の文字で、ある程度は解ったんだけどね。それでも謎ばかりだよ」
保場の溜息に、風の音が被さる。
雪は相も変わらず降っているようで、外からの冷気が厳しくなった。
「……このような目に遭わせて、本当に申し訳ないと思う。すまない」
白い息を吐き、保場は深く頭を下げた。
ありすは驚くも、慌てて頭を上げるようにお願いする。
(保場教授の責任にするのは簡単だ。でも、それじゃ何も好転しない)
保場が、彼の持つ情報を皆に開示していれば、ここまで問題が深刻化しなかったかも知れない。
それ以前に、ココを調査しなければ良かったのかも知れない。
しかしそれは、たられば、だ。
第一、「人が石化するかも知れない」と事前に伝えていても、誰がそれを信じたであろうか。
落盤で閉じ込められるなど、誰が予想できたであろうか。
「……ありすちゃん、その、私、流れが良く解らないけどさ。喧嘩してる場合じゃないよ」
「はい、掃部関さん。私もそう思っていたところです」
ありすは一呼吸おいて、保場へと向き合った。
「保場教授、お互いの情報を共有しましょう。石像もですが、映像にあった蛇も気になります」
「……そうだね。奴への対処法、石像を戻す方法の有無が解るかも知れない」
「はい。知識が武器になる
ブルーシートが、音を立てた。
ありすと掃部関は互いに身を寄せ合い、音の方向へと目を向ける。
どうやら発生源は、連絡係の石像。
二人が見ている間にも、ブルーシートが歪に波打つ。
抜け出そうとしているわけでは無い。
ただ、体のどこかの部位が動いているだけの様だ。
「大丈夫。奴は女性を襲わない。……怒り狂っていなければ、だけど」
のほほんと、だが額に汗を浮かべ、保場はタブレット、大学ノート、十河班の拾った本を、地面へと置いた。
ありすも慌てて、寝台下から見つけた手帳を並べ置く。
「しかし郷津君、さっきは色々と甘かったね」
「ふぇ?あ、甘いとは?」
「僕に詰め寄った時の推理さ。この村に残された資料で桐原矢三の名前を知ったから、と僕が言い返したらどうしたんだい?」
「あ、それは無かったです。矢三氏の名前は……今思えば、まるで消されたように無かったので」
「そ、そう?だったら他にも僕が」
「それより保場教授、その本、見せて頂けませんか?」
「えぇ……」
「ありすちゃん、何かすごい……」
このような状況なのに、ありすの目は輝いている。
その眩しさは現状を見失う危うさを持つが、「甘いのは僕だったか」と、保場はありすへと本を渡した。
あまり遅くなると、診療所に残してきた者が心配だ。
ありすと保場は、情報共有の為に再び向き合い。
掃部関は立ち上がり、毛布等を台車へと積み直す。
再び、風が唸った。
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