石像


「うわあああああああああっ!?」


男性部屋の方から突如響いた、悲鳴。

ありすは弾かれたように起き上がり、掃部関へと目を向けた。


「な、なに?悲鳴?」


掃部関も目を覚まし、同じく無理やり目を覚まされた女性陣と目を合わせる。

各部屋の携行ライトが、瞬時に灯った。

全員、正直怖くて行きたくもないが、そうもいかず。

ありす含めて、全員で悲鳴の方向へと進み始めた。


まず目に入ったのが、見張りをしていた八島だ。

その顔はひどく怯えており、掃部関を見つけるとその豊満な体で抱き着いてきた。


「ゆ、雪ちゃん!どど、ど、どうしよう!」

「ぐえーっ!お、落ち着いて友美!一緒に見張りしてた十河は?それに教授は?」

「タカちゃんなら、悲鳴の方向に!保場教授は、水汲みに奥に……」

「今の悲鳴は何だい!?」


坑道の奥から、保場の影が浮き出た。

水の詰まったペットボトルを足元へと置く保場に、八島は今起きた事を説明する。


「僕が先頭を行こう」

「……あ、連絡係の人はどうします?」


ありすは、元入り口の方向と視線を向けた。

外部からの連絡係として、二人駐在しているはずだ。

安全確認を含め彼らにも声をかけるべきではと、尋ねたのだ。


「今の悲鳴が聞こえただろうし、彼らもこちらへ来るだろう」

「……そう、ですね」


保場を先頭に、一同は男性陣の部屋への道を進み始めた。

高さはあるが、幅は人がすれ違うのがやっとの程だ。


各々の部屋までは、本当に近い。

緩やかな曲道を進めば、5つの小部屋が広がっている。

なのに、一同はその距離を果てしなく遠く感じていた。

そして気付くのだ、人の気配が無い事を。


(男の人は沢山居たのに、声が聞こえない……?)


坑道であるがゆえに、ココは音が良く響く。

声も通常より響き、寝息も五月蠅い。

特に、トイレ時の音に気を遣う程でもある。


今回の参加者は女性の比率が大きいが、男性は14人、居た。

普通であれば、悲鳴の後に男性陣の動く音や会話が、聞こえても良いはずだ。

それらが、全く聞こえないのだ。


まず、保場の目に映ったのは、地面に座りこんだ十河だ。

放心したまま、部屋の中を眺めている。

十河は保場達に気付くと、ゆっくりと……部屋の中に指を向けた。


「……っ、コレは」


十河とは対照的に、保場は落ち着いた声で部屋の中を眺めた。

その後部屋内の携行ライトを灯し、ありす達へ中を見るように促す。


十河の存在を気にするも、ありす達は部屋の中を覗き込む。

するとそこには、四体の石像が横たわっていた。



「……ぇ?え?」



鉱山内にあった石像と同じで、体の造りは雑ながらも、顔は精巧に彫られた石像。

そう、問題は、誰の顔が解ってしまう点だ。


「糠道君!哲哉さん!」

「こっちは水井君と田中君だよ!」


ありすも石像を見つめ、背中に冷たいモノが這う感覚を味わう。

今回の調査で行動を共にし、少しではあるが交友を築いた男性陣。

彼らの顔が何故、石像に。


……いや。



「石に、なってる、の?」



ありすの呟きに、一同が動きを止めた。

誰もがその可能性を、一瞬ではあるが考えた。

だが、あり得ない、と。

そんな事は起こり得ない、と。

無意識に、頭の中から追い出していた。


「他の部屋も調べよう!」


保場の大きな声に全員が体を震わせるが、すぐさま正気に戻る。

そして小走りで、各部屋を見回った。

その結果……。



「全員が、えと、石になってます」


保場と十河、それと連絡係の男性2名を除いた、男性10人。

彼らが全員、石像となっていたのだ。


「ふむ……、悲鳴の主は彼、かな?」


殆どの石像が、仰向け……恐らく就寝したまま石になったであろう中。

一人だけが、上半身を起こした格好となっている。

刻まれた表情は、驚愕。

大きく開いた口は、奥の口蓋垂までもが表現されていた。


(私達が悲鳴を聞いて、そんなに時間は経っていない。というかコレって……考えたくないけどもしかして)


ありすは再び、周りの石像を見渡す。

仰向けの石像は、全て目を閉じている。

多分、寝たまま石となったのだろう。

彼はその経緯を、目の前で見てしまい……。


「悲鳴を上げて、その最中に石化した、んでしょうか」

「となると、石化する速さが異常だね。石化してる自覚も無」

「ちょ、ちょっと待てよ、待って下さいよ。……石になるとか、マジで言ってるのか?」


冷静に分析するありすと保場に、十河は大きな声をぶつけてきた。

不安と焦燥が張り付き、大量に汗を浮かべている。


ただ、その意見は尤もであった。

人が石になる。

そんな馬鹿げた事が、あるわけない。

十河だけではなく、掃部関や八島達もそう考えているように見える。


口には出さず、視線だけ。

言葉にしてそれを否定されれば自身の中で何かが崩れてしまうと、恐怖しているのだ。

ならばと、保場は意見を出し合う場を作り始めた。


「何故、はひとまず置いて置こう。違う場合、ここにいた彼らはどこに消え、この石像はどこから現れたと思う?」


保場は近くの石像を、拳でコンコンと叩いた。

着ぐるみではなく、材質は間違いなく石だ。


「どこかに隠れる場所があって、石像をここに置いた後に隠れてるのでは?」

「十河君。こっち方面にそれが可能な場所はあったかい?」


十河は少し思案するも、悔しそうに首を横へと振る。


「無い、です……」


女性陣の部屋と同様に、男性陣の部屋は土壁だ。

長い時間、湿った風を受けたソレは硬化しており、薄らではあるが光沢が乗っている。

埋められた部屋の入り口に鎮座する土砂も、同様だ。

隠し通路や壁があるならば、何処かしら欠けてたり、もしくは微量ながらに土が落ちるはず。

だが、その形跡は無い。


男性部屋の奥、臨時のトイレにも人影は無く。

かと言って、通路ですれ違った訳でも無く。

男性陣の領域は、通路を起点に完全に密室となっていた。


(天井にもそういうのは無さそう、だよね)


ありすは天井へとライトを向ける。

木で補強されてはいるが、やはり隙間らしい隙間は見当たらない。


「八島君、見張りをしている間、僕以外に誰か出入りしたかな?」

「……いえ。悲鳴の後、タカちゃんが部屋に向かっただけ、です」


空気が重くなる。

ならば、やはり、と。

しかしそれを認めてしまう訳には行かないと、全員が悪足搔きをし始めた。


「も、もしかして保場教授が、私達を驚かそうとしてるんじゃないですか?」

「ドッキリ、そう!ドッキリですよねコレ?」

「そうそう、八島さんと十河君を巻き込んでさ!」

「ふむ?その場合、これらの石像をどこから持って来たのかな?」


石が祭られた社までの道と、ありす達の探索した左側ルート。

石像はあるにはあったが一体だけで、隠せる場所も無かった。

十河達が探索した右側も、布にくるんで持ってきた石像以外は、無かったとの事だ。

そもそもトイレを掘る際、女性数名が手伝いとして男性部屋を見ている為、これらの石像が無かった事も明白。

つまり、保場のドッキリ説は消えてしまう。



「でも、でもですよ?人間が石化するなんて、あり得ないじゃないですか!」

「勿論、普通はあり得ないね。だが、現実に起きている」


なおも、現実的な可能性を討論し合う一同。

様々な可能性があるだろうが、気が動転している事もあり、意見交換は鈍い。

ありすも耳を傾けていたが、そこで大事な事を思いだした。


「……あっ!手帳!」


坑道内に響く、大声。

皆、何事かとありすへと視線を向ける。

凝視された事に一瞬体を硬直させるありすであったが、震える手で先程まで翻訳していた手帳を取り出した。


「えと、コレですけど!あの奉られた石が人間を石に変えるような表現があったんです」


悲鳴からの一連があまりに衝撃的ですっかり忘れていた、と。

ありすはその場で、手帳の内容を要約して皆へと朗読する。


「……つまり要約すると、この村の権力者はあの石で人間を鉄に変えて、この村を栄えさせてたみたいで。ですが全員鉄にはならず、石になった人も多かったみたい、です」




沈黙。



遠くから聞こえる水滴の落ちる音が、小さく響いた。

一同の顔に浮かぶ、戸惑い、恐怖、焦燥、……疑惑。

息遣いだけが、どうしようなく五月蠅くなって行く。


(……どうしてかな?私はこの手帳の内容が誇大妄想では無く、真実だと判断しちゃってる)


手帳に書かれている事が、真実だとは限らない。

この手帳の主である桐原矢三氏が、自身の失策の責任を、空想上の存在に押し付けてる可能性だってある。


人が石になる。

神話のメドゥーサではあるまいし、馬鹿げた話だ。

であるのに、ありすは今まさに非科学的な現象が起きてるのだと、すんなり受け入れる事が出来ている。

ズキリ、と。

一瞬頭痛が走った気がして、ありすは眉を寄せた。


「ふーむ……」


一同が、唸る保場へと視線を向けた。

保場は少し考えた後に、自身へ納得する為に、頷く。


「この件を話し合う前に、連絡係の二人はまだ来ていないよね?」


「は、はい。あいつ等、もしかして熟睡してやがるな?」

「非常事態ですから、合流しましょう」


「携行ライトを持てる人は回収宜しく、拠点を入り口に移そう」


石像はこのままなのか、と皆が思った。

とは言え、持って行くのに骨は折れるし、触れるのが怖い。

何より、もし元に戻る手段があるとしたら、欠けたり壊したりした場合が恐ろしいと考え、皆黙って保場の提案を受け入れる。


道中は、皆無言だ。

ありすの語った手帳の内容を信じようか信じまいか、それぞれの中で葛藤が起きている。


(……っ、寒)


冷たい風が吹いた。

ありすは無意識に、背を丸め首元を隠す。

ポケットからスマフォを取り出すも、相も変わらず電波が立っていない。

外は大雪になっているらしく、落盤跡の隙間から入り込んだ雪が、薄らを地面を白く染めていた。



「……そん、な」

「嘘、でしょ」

「おい……おいおいおいっ!お前らもかよっ……!」



そして雪は。

連絡係の男性だったであろう石像にも、浅く積もっており。



響くのは、風の音だけ。

ここで何が起こったのか。

入り口に置かれたビデオカメラだけが、それを見ていた。

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