一夜目
保場が決めた集合時間は一時間後であったが、三班とも集合時間を大幅に超えて、元入口へと帰還していた。
それぞれの顔に笑顔は無く、陰鬱な雰囲気を漂わせているだけだ。
それに加えて、携行ライトのバッテリー消費を抑える為、その場は最低限の灯りとなっている。
「皆、お疲れ様。……どうやら、明るい報告は無い、みたいだね」
保場は労いの言葉をかけつつ、険しい表情を浮かべる。
彼の方も、事態が好転するような発見は無かったのだろう。
(あっちの方も、出口は無かったのかな)
ありすが八島班をぼんやりと見つめる中、保場とその班員が、自身の調査結果を報告し始めた。
「まずは僕から報告を。あの石だけど、放射能は検出されなかったよ」
その報告に、一同はとりあえず安心するように息を吐いた。
それならばあの石を調査できたのだろうと、多くの者が視線で促す。
「残念ながら、あの石自体には何も変な所はなかった」
「無かったって……、光ってたじゃないですか、アレ」
「あぁ。だが、僕達が調べてる間は、何の変化もなかったんだ」
ざわり、と。
一同が、様々な声を上げる。
今思えば、不吉に思える光を放っていた石。
それが、光を失っているというのだ。
(……石が悪さをしているんじゃなく、あの光が本体、ってことはないよね?)
思考がオカルト寄りになっているありすは、ふと、そのような結論を導き出した。
あの光……、いや、あの光を放つ存在が、この鉱山内を動き回っている。
そう考えると、今この場所で落盤が起きた時に見た光が、見間違いでは無いように思えてきたのだ。
とは言え、さすがにこんな思い付きを他人へ話す事はできない。
しかも妄想の域を出ないため、ありすは自嘲気味に口を噤む。
「あと、あの社にも、広場にも、何らおかしいところを見つける事ができなかったよ」
その後も保場の話が続くが、結局は進展が無いという結果に終わった。
社には隠されたカラクリや、隠し通路も存在しなかった様だ。
次は、ありす達の報告。
……あと、石像の件を、皆に報告する。
皆をこれ以上不安にさせぬよう、どこからともなく現れた事を……人知を超えたナニかが存在する事を伏せて、だ。
この件についてはありす達の班の総意であり、後で保場だけに報告と相談をする予定である。
「ふむ、だったら男性陣で土砂を掘り起こす、しかないかな」
「ちょ、教授!俺たちもうへとへとですよ!」
「精神的にも参ってますって!」
「解ってる、僕もだよ。とりあえず明日にでも計画を立てようか」
保場達の視線の先には、トラック横に並ぶスコップ等の道具だ。
手で掘り起こす覚悟をしていた男性陣は、安堵の息を吐く。
「あと、古い手帳を見つけました」
「えっと、……コレです」
掃部関に促されたありすは、寝台の下から見つかった手帳を、保場へと渡す
手帳を丁寧に受け取った保場は、裏表紙を一瞥すると、そのままありすへと返した。
「この村の権力者一族の手記の様だね。文字は村特有のっぽいから、皆に解るように翻訳を頼めるかな?郷津君」
「わ、解りました!空き時間にやってみます」
「この状況で負担を強いて申し訳ない。けど、その分野は君に任せた方が確実だからね」
保場の笑みを受け止め、ありすは顔を赤らめた。
恋心、では無く、自身を評価し、頼ってくれたのが心底嬉しかったからだ。
早速翻訳に移ろうとするありすだが、苦笑を浮かべた掃部関に「落ち着きなさい」と諭された。
「じゃあ次は俺達だな。こっちは色々見つけてきたぜ」
十河の声に、ありすはびくりと体を震わせる。
同時に、何かを包んだ布が地面を擦る音が、響き始めた。
十河の言葉を、恋人である八島が継ぐ。
「こちらには枝分かれした小部屋が多くありました。男女に別れて寝室として使えそうです」
その報告は、女性陣、そしてありすにとって朗報であった。
外に居る後発隊が助けを呼びに行った事は解ってはいるが、どれ程時間がかかるか解らない。
ましてや、緊急時ではあるが、男女混合で雑魚寝はどうしても避けたい問題だったのだ。
八島のスマフォに映し出された画像を眺める保場も、表情を和らげ、頷く。
「こっち方面は地図通り、か。だったらかなりの部屋数になるのかな?」
「はい。ですが、多くの道は掃部関班の様に、土砂で埋まってました」
ありすは、スマフォに収めた地図へと視線を落とした。
八島・十河班方面の造りは、ありす達の方面と多少異なる。
まず、最奥に丸い小部屋を持つ、くねくねとした長い一本の坑道。
そして、その道から左右に伸びる、数多の細い道。
まるでムカデの様だな、と。
ありすは何気無しに眉を顰めた。
「最奥の丸い部屋には川が通ってました。恐らくですが外と繋がっています」
その言葉に皆が目を輝かせるが、八島はすぐさま、ですが、と言葉を続けた。
「川と言うより、水が流れているという感じです。浅いので、とても潜れません」
「残念ではあるけど、煮沸して飲料水として使えるかもね。それか、トイレとしても」
生きる上で必要不可欠だ。
飲料水はあるものの、数に限りがある。
落胆する一同ではあったが、喉の渇きに苦しむ事は無くなったと前向きに捉え出した。
「それで十河君、その包みの中には何があるのかな?」
十河が運んできた布を見て、保場は少し首を傾げる。
地面に擦り跡が残る程、重量がありそうだ。
「小部屋を一つ一つ見て回ったんすよ。その際、中にあったのを持って来ました」
開かれる、布。
中から現れたソレに、ありすを始めとした掃部関班は、短い悲鳴を上げた。
(何で持って来てるのぉ!)
布にくるまれていたのは、嫌な記憶が蘇る石像であった。
しかも、二体もだ。
ありすは言葉にできない悲鳴を上げ、無意識に掃部関の左手に抱き着くも、その視線が石像以外へと向かう。
「ちょっ!あんた達!何でそれ持って来てるのよ!」
「小部屋に置いとく方が気味悪いだろ!あと他にもあるから見ろよ」
掃部関が責めるも、十河はどこ吹く風だ。
実際に、石像以外に様々なモノが白い布の上に佇んでいる。
小さな本、トタン製の看板、細々とした石像……、特にありすは、本に対して大きな関心を抱いた。
(ううう、あれ何の本だろう!奇麗に見えるけど何時のだろう!読んでみたいな!)
今すぐ本に飛びつきたい。
ありすはその衝動をなんとか自制し、保場がそれらを改めるのを待った。
「ふむ、まずはこのな、石像だが、何とも出来が悪いね。顔だけは良くできてるけど……」
「保場教授、それ、私達が見た石像と一緒です」
「成程。うーん……、調べるのは後にしよう。不気味だから端に寄せておこうか」
掃部関が言ったように、二体の石像は、ありす達が見たモノと同様に体部分の作りが雑である。
格好は共に、仰向けに寝かされたような姿勢だ。
顔は上を直視し、それぞれ若い男女の顔が彫られている。
保場の指示で、男性陣がそれらを邪魔にならぬ端へと寄せた。
同時に、一同がそれ以外の中身に、群がる。
「この石像は、蛇、かな?」
「こっちは蝙蝠か。あと、猫も犬もある。人間のよりは良く出来てるな」
「この看板すっげーボロボロ。んー、『成り損なひ 処分』って書いてあるのか」
この時、この場にいるほとんどの者が、こう考えた。
この村には、石像を作る人間が居て、作品を坑道へ置き。
失敗作を「成り損ない」と評し、放置していたのだろう、と。
ただ、ありす達は気が気ではない。
この石像ももしかしたら動くのでは、という不安を。
同様に、小部屋に掘られていた『成り損ない』と言う文字の不気味さを、人数の多さによる心強さで誤魔化していた。
「これらは歴史的価値がある可能性もあるけど、置いておこう」
「保場教授、石像と一緒に見つかった本は何だったんですか?」
「ん?あぁ、これかい?コレは僕が最初に読ませて貰うよ。次、連絡班はどうだったかな?」
「あ、はい。後発隊は半分を残し、助けを求め下山したそうです。ただ、外は結構降っているようで……」
ふと、落盤跡の隙間から、冷たい風が吹いた。
本を読めない事に落胆していたありすは、吹き込み口に目を向ける。
夕方ではあるが、外はすでに薄暗くなっている。
ふわり、と。
風に乗り、雪が舞い込んだ。
「雪が降っているならば、やはり救助は遅れるかも知れないね。皆、今日は早めに休もう」
陽落村は、森深い山間部に位置する。
道は舗装され取らず、整地されていない。
雪が少しでも積もれば、いくらチェーンを装着した車でも移動は困難だ。
下の町に助けを呼ぼうとしても、かなり時間がかかるだろうし、救助を求めに行ったメンバーの安全も心配だ。
焦ってはいけないし、焦らせてもいけない。
保場は皆に言い聞かせ、八島へ、件の部屋への案内を頼んだ。
鉱山内、右側通路。
八島班の言うように、一本道のしっかりした坑道から、大小様々な道が枝分かれしている。
大半は土砂で埋まっているが、余裕で、今いるメンバーへ部屋を割り振る事が出来た。
通路を挟んで別れている為、割り振りは男女別だ。
一応極限下と言う事もあり、間違いが起きぬよう、男女それぞれ1名ずつ、交代で見張り番が選出される。
それとは別に、入り口跡での連絡係も、交代制だ。
枝分かれはしてはいるが、何処からともなく風が通っており、淀みは無い。
その為、一番奥の小部屋が、簡易的なトイレとして男女共に作られた。
勿論、携行ライトは最低限の設営な為、全体的には闇である。
時刻としては夜の19時だが、全員が精神的疲労により、早めの就寝を求めていた。
ありす達は石像の事を保場へ相談する予定であったが、保場の疲労を考え、明日にする予定だ。
「じゃあ、ありすちゃんは私とだから」
「雪名だけずるいー!私もありすちゃんち一緒に居たいぃ!」
「解る解る、妹みたいで可愛いもんねー」
掃部関を始めとした女性陣が、ここぞとばかしにありすを甘やかし始める。
ありすは戸惑いながらも受け入れていたが、自身に課せられていた仕事を思い出し、頭を下げた。
「あの、すみません。えと、これ、見たいので」
「あ、保場教授から頼まれてた奴ね。じゃあコレ食料と水。私は皆と食べているから」
「気遣って頂いて有難う御座います、掃部関さん」
「気にしないで。何かあったら呼んでね?すぐ前の部屋だからさ」
笑顔で手を振る掃部関達から、ありすは手帳へと視線を移す。
ライトを固定し、『カロリー暴徒』と書かれた固形食を齧りながら、厚着を装備したありすは手帳の中身を紐解いていった。
談笑の声はいつしか止み、寝息が重なっている。
ありすの邪魔になるまいと、掃部関もいつの間にか寝袋に収まっていた。
見張りをしている人の声が時たま聞こえるが、ありすはそれどころでは無かった。
(何、この異常な内容。これ、本当に、この日本で起きてた事、なの……?)
ありすは、改めて手帳を眺めた。
表紙は、ベージュ色に変色し、所々ひび割れた和紙だ。
中の紙も同様で、ページを捲る度に細心の注意を払うものだった。
そして裏表紙には、ただ二文字の、手帳の持ち主の名前。
苗字は書かれていなかった。
ここ、陽落村を治めていた宮司……権力者の一族に、名を連ねる人物。
……そう、手記内にて自身の紹介をしていた。
とても嫌な感じで、だ。
(元々この村は、山の神を崇めていた。けど、あの隕石を奉る事で、神主と言った宮司……桐原家が、権力を持った。……あれ?)
と、そこで。
ありすが何かしら引っかかりを覚える。
男性陣の部屋から悲鳴が聞こえたのは、その時であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます