セルフクエスチョン
ありす達は、石像から目を離せないでいた。
それは、視線を外すと動き出すかも知れない……という恐怖からだ。
「ありす、ちゃん」
「は、はい」
「アレ、最初から、あった?」
「無かった、と思います」
「だよ、ねぇ」
ありすの言葉に、掃部関と班員が頷く。
石像のある奥の通路から湿った風が流れ、汗が浮かぶ額を撫でた。
見た目は、顔が少し精巧にできているだけの石像だ。
むしろ手や足は指すら造られておらず、顔以外は雑と言い換えても良い。
だからこそ。
その顔に浮かぶ虚無の表情に、ありす達は恐怖を覚えているのだ。
「で、でもさ、暗かったから見逃してた、だけかも」
「そうだよ!石像が動くはず無いじゃん、ねぇ?」
勿論、願望だ。
目の前の石像は明らかに、ありす達が寝台を動かしている間に現れた。
とは言え、認めたくない。
いや、認めてしまってはいけないと、ありす達は考えている。
「もし、も、もしかしたらさ!誰かのいたずら、なんじゃないかな?」
班員の一人が口にした、その言葉。
まさに、天啓。
ありす達は、その可能性に縋ってしまう。
「そう、ですよね。多分、私達を驚かそうとしてるんですよ!」
「もう、誰だろうね!こんな悪趣味な事するのは!あはは……」
コレも勿論、願望だ。
だがそう考えないと、得体の知れない存在がこの鉱山内に居るのだと認めてしまう事になる。
ただでさえ落盤により閉じこまれてる現状だ。
これ以上のストレスはまずいと、一同は話を切り上げた。
「とりあえず、あの文字、撮っておこう」
「だな、いろいろ意味深だし、保場教授に見せて指示を仰ごう」
一同は掘られた文字をスマフォやデジカメに収め、改めて奥への通路を見つめる。
再び、風が吹いた。
相も変わらず、ぬるく湿った、不快な風。
だがこの風こそが道しるべなのだ、と。
掃部関は誰にともなく頷き、重い一歩を踏み出す。
ありす達は石像をなるべく視界に入れぬよう、診療所らしき場所に携行ライトを設置し、奥へと進み始めた。
(うう……)
石像の位置的に、どうしても横をすり抜ける形となってしまう。
一同は石像に触れぬよう、じりじりと前進した。
「……あれ、村の入り口にもあったよね」
「あぁ、あの砕けてた奴か。なら外にもあの石像が……」
「やめようよ、そういう話してると
班員達の言葉に耳を傾けながら、ありすは先導する掃部関へと追従する。
先程の異常さに比べると、闇一色ではあるが、坑道はいたって普通だ。
上にライトを向けると坑道を支える木材が見えるが、これらもおかしな所はなく、むしろ頑丈に見え心強い。
もしかしたら柱や土壁に何か彫られてないか。
ありす達は注視しながら進むも、何も無い。
地面に残る轍が、深くなった。
地図通りなら、この先にも小部屋が存在する。
「次の部屋、道が3つに別れてるね」
「だな。だけどどの道の先も変な小部屋になってて、そこで行き止まりだな」
「本来なら人数を分けてそれぞれの道を調べるべき、なんでしょうけど」
ありすが振り返ると、全員が首を横に振る。
だよねー、と皆を見ていた掃部関が笑い、ありすもつい、笑みを浮かべてしまった。
(……道の先にも石像があるかも。ここで一旦、あの石像の件は向き合わなきゃいけない、かな)
ありすは、右手を顎に添え、眼を細めた。
とりあえずではあるが、考えをまとめる必要があるだろう、と。
ありすは物語を執筆するように、己の中でストーリーを書き始める。
(さて、まずあの石像は人為的なものかどうか。まずは、人為的なモノであると考えてみよっと)
目を離した隙にいきなり現れた、石像。
人為的だった場合は、誰が、となる。
そして、何の為に、ともなる。
(私はもちろん掃部関さんも、他の人も寝台を動かしてた、よね。だから石像を動かすのは無理。でも、協力者がいないとは限らない)
ありすとその班員には無理であった為、先に誰か潜んでいて、石像を動かした。
もしくは、見えないようにしていたのを見えるようにした。
その後、奥の道へと退きいずれかの通路へ隠れる。
そうなった場合、犯人の隠れた通路を進まないように……班員の中の協力者が、道を誘導するかも知れない。
筋書きがあるとしたら……。
(所謂ドッキリって奴、かな)
主犯は誰か解らないが、質の悪い悪ふざけ。
レクレーションの一環。
動画サイトで公開し、小銭を得る手段。
入り口が落盤するのも
考えてみれば、この鉱山何には、
それが意味するのは、ここは整えられた舞台であるから、とも考えられるのだ。
(石像は人型だからこそ恐怖がある。考えられるのは、石像が実は人間だったって展開?)
物語としては、あの石像は実は生きていた人間の成れの果て、な設定なのだろう。
至る所で出てきて、見ていない所で動いている事を匂わせる。
そして石像を見る度、恐怖心を抱くようになる。
(あぁ、なるほど!あの掘られた文字がここで関係してくるのね)
成り損ないに成りたくない。
成り損ないというのは石像の事。
もともと何に成るのか解らないが、実に細かい設定だなと、ありすは感心してしまった。
(なら、石像が今後も出てくるのかな?やだなぁ)
十分に怖がり筋書通り進んだら、そこで物語は終了。
主犯とそ協力者が隠していた外への道を開け、外に出て安堵した所でネタばらし。
(主犯はやっぱり保場教授、しかないかなぁ?それでも、このストーリーなら幸せな結末なのよね)
なにせ、最終的には外に出れるのだ。
蟠りは生じるだろうが、誰も失う事の無いハッピーエンド。
ありすとしてはそうであって欲しいと、願う。
願うのだが……。
(あまり考えたく無いけど、今現在起こっている現象が人為的じゃ無くオカルト的な……その類の場合)
そもそも前提として、オカルト的な事が実際に起こり得るのか。
ありすはコレを、否定も肯定もできないが可能性はある、と自身の中で処理していた。
落盤も、先程の石像も、人知を超えた存在が起こした出来事。
その場合、自分達の生還率は想像できなくなってしまう。
(だけど、それならば何故私達を生かしてるのかしら)
この廃坑への侵入を拒むのであれば、落盤でさっさと殺せたはずだし、石像で害を加えてくる事も出来るはずだ。
なのに、まだ自分達は生きている。
何かをさせたいのか。
単に恐怖させたいのか。
何か別の企みがあるのか。
人を殺せない制約があるのか。
ありすは、様々な展開を描き始めた。
(……やっぱりあの石が、一番怪しい、よね)
様々な色を放つ、奇妙な石。
アレがこの闇を治める主だと、ありすは何となくそう考える。
(そういえば落盤後の土砂で、あの石が放ってた光を見たわ)
見間違いでなければ、あの石が落盤を起こした可能性は、ある。
あの石が、この後何をしてくるのか。
(考えたら、先ほどの石像の設定……この流れでも、通じる……んじゃ)
設定ではなく、あの石像が元人間であり。
生きてた人間が、成り損ないとして、石になった可能性。
ならば、成り損ないではない存在も、居る。
恐怖が、じわり、と。
ありすの体の中に染み出してきた。
(怖い……、やだよ)
と、その時。
ありすの脳裏に、白と黒の景色が浮かび上がる。
白い光に包まれた世界。
その中に自分を守るように浮かぶ、黒い人影。
(まただわ。なんだろうこの記憶)
最初は、ドラマか映画のシーンだと思っていた。
それか、いつも通り本の中身を脳内で映像化した残滓だとも、考えていた。
なのに。
なのに、だ。
理由は解らないが、この記憶は現実のモノなのだ、と。
恐怖と不安を覆い隠す温もりに、ありすは頬を赤らめる。
(人為的、オカルト的。私はどっちに重きを置いて行動しようかな)
二つの視点から見れば、視界は広くなるが浅くなる。
どっちかの視点に集中すれば、今回の件を深く見る事が出来るだろう。
ありすがどっちを取るか迷っていると、前方から声が上がった。
「ストップ」
掃部関の、緊張した声。
ありす達はすぐさま足を止め、掃部関が照らすライトの先……大きな闇に、目を向けた。
診療所らしき跡の、2倍程の広さを持つ部屋。
班員が慌てて携行ライトを設置し、室内を照らす。
室内には、ココがどんな部屋だったのかを知らせるモノは、何も無かった。
同様に……。
「道が、無い……」
「コレ、完全に埋められてますよね?」
地図上では、道が3つ存在する部屋。
だがそれらはすべて、土により埋められていた。
ただ、上の方だけは若干隙間があり、そこから風が吹いてくる様だ。
ありすはライトを持ち、その土を調べる始める。
「埃が被ってますし、……硬いですね」
「つまり、最近埋められた道じゃない、ってこと?」
掃部関と班員が動き、他2ヶ所の土砂を調べ始めた。
だが結果は、同じ。
埋められ、相当の年月が経っている事が解ってしまう。
「あー……、こりゃ掘り起こすのも骨だねー」
「でも風は来てるから、奥に出口があるかもしんないよ?」
「とはいえ道具もメンツも足りねーだろ。一旦戻って報告しようぜ」
「そ、そうだね。別の班に進展あるかもだし」
これ以上は進めない、と。
皆、踵を返し進んできた坑道を戻り始めた。
だが、皆の顔には明らかに動揺が浮かんでいる。
皆、気づいてしまったのだ。
(あれじゃあ人が隠れる場所は無い……つまり、さっきの石像は人為的なものじゃあ、無い)
やはり、オカルト……人知を超えた存在が、動いている。
ありすは、名前も知らない影に、救いを求めた。
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