探索
落盤。
その言葉を聞き、ありす達は急いで鉱山の入り口へと戻る。
未だ土埃が舞う、坑道。
一定間隔で配置された携行ライトにより、行きよりも道は明るい。
だがやはり、陽の光りに照らされた鉱山入り口は見えず、闇が支配していた。
「負傷者は!?」
「いません!トラックも無事です……が、これでは」
保場の言葉に反応し、入り口での荷物搬入係が、タオルで口を抑えながら振り返る。
ありす達は、ライトに浮かぶ石片の群れを唖然と見上げた。
人力ではとても動かせそうにもない、大きな石片の群れ。
幸いにも死傷者はおらず物資等は無事だが、ありす達の顔が曇る。
廃坑に閉じ込められると言う、非日常。
しかも、先程の光る石が、全員の脳裏に這いずるように浮かび上がった。
不安が絶望へと成長し、精神を蝕みだす。
その中で、保場と掃部関だけが動き出し、現状把握をし始めた。
「所々に隙間はあるが、出入りはまず無理、か」
「キャンプ地の皆が気付けば、助けを呼んでくれるでしょうね」
「となると、別の出入り口があるかを探さないとね」
「風は吹いてますし、あるかも知れません」
(そ、そうだよ。別にここで終わりって訳じゃないんだし)
保場達の前向きな意見を聞き、このままではいけないと、ありす達も動き出す。
ありすは不安を誤魔化すように、保場達への会話へと混ざった。
「所々に隙間がありますが、私では無理、でしょうか?出て、助けを呼びに行けますけど」
ありすが、落盤跡を見上げる。
積み重なった石片から、一筋の光が入り込むのを……しかも数ヶ所、確認できるのだ。
外界と完全に遮断されているわけではないと解り、皆の顔に安堵が浮かんだ。
「いや、郷津君が小柄とは言え、あの隙間は流石に無理だろうね」
「そうよありすちゃん。抜け出してる最中にまた落盤する恐れもあるのに」
確かに、光の大きさからして、大きくてもサッカーボール程の大きさしかない。
しかも、上の方だし、掃部関の言う通り、さらに崩れる可能性もある。
猫だったら抜け出せるのに、と。
ありすは目を細め、陽の光りが入る隙間を見つめた。
(……あれ?)
ふと、石の一部が青白く光った気がした。
暗い所で光を見ていたが故、の錯覚かも知れない。
ありすがその部分を眺めていると、隙間から数多の声が聞こえて来る。
『おーい!聞こえるか!誰かそこにいないか!』
壁と化した石片の向こうから聞こえる、声。
一同は、それがキャンプ地に残っていた後発隊の声だと理解し、大きな声を張り上げる。
「皆、ここにいるよ!負傷者も無しだ!」
『教授!良かった!皆も無事なんですね!』
後発隊の方は特に被害は無く、無事なようだ。
互いに言葉を交わし、現状がとてもまずい事が解った。
まず、後発隊の人員をもってしても土砂類を取り除く事は不可能で、近くの町まで助けを求めに行く必要がある事。
そして最悪な事に、今夜から天気が荒れ、雪が降る可能性が高いと言う事だ。
「町に行くって……、携帯使えばいいじゃない!」
掃部関の大声に、周りが思いだしたかのようにスマフォ等を取り出した。
コレで連絡が取れるじゃないか。
一同は、ほっと胸を撫で下ろす。
いくら慌ててたとは言え、スマフォの存在を忘れていた事に、皆苦笑いを浮かべている。
それは、ありすも同様であった。
(携帯の存在がサスペンスやホラーに取って如何に害悪か、実体験しちゃったな)
陸の孤島。
閉ざされた村。
電車の時刻トリック。
舞台が現代であればある程、携帯電話みたいな存在はそれらを台無しにしてしまう。
例えばこんな状況でも、閉鎖空間の中で争いは起こらず、外部にすぐさま助けを呼ぶ事が出来るのだ
(そう言えば、せれんお姉様の連絡先、登録してたっけ)
ありすは、ある日を境に自身へと接触してきた上級生を思い浮かべた。
養老樹せれん。
日本有数の財閥である養老樹グループの御令嬢で、文武両道、全校生徒の憧れの的。
ありすもそれなりの格を持つ家に生まれたが、それを凌駕する雲の上の存在。
なのに何故か、いきなり派閥へと誘われたのだ。
(せ、せれんお姉さまに、助けを求めてもいい、よね?)
彼女の財力であれば、この状況を容易く解決してくれるかも知れない。
何かあればいつでもいいわよぉ、との声を思い出し、ありすは養老樹へと電話をかけようとした。
……のだが。
「電波が、圏外?」
戸惑いの声を発するのは、ありすだけでは無い。
周りからも、それが連鎖し始めた。
「あ、あれ?繋がらないぞ」
「うそ!さっきはアンテナ2本は立ってたのに」
『それが、無線含めて急に使えなくなったんです。機械の故障ではなく、電波がおかしくて』
鉱山入り口だけではなく、キャンプ地でも電波障害が起きているのだという。
原因は不明だが、悪天候に移行する影響かも知れないと考えているようだ。
ただ後発隊はコレを異常だと感じ、すでに救助を求め出発したとの事。
「なら、僕達はここで救助を待てば良いんだね?」
『はい!ただ、悪天候で遅れるかも知れませんので……』
「幸いにも空気は問題無さそうだし、食料もある。ただ、定期的に状況報告をお願いしてもいいかな?」
『解りました!もし物資が不足したら言って下さい。小さいですが、隙間から渡せそうです』
「……さて、君達、少し聞いて欲しい」
保場は後発隊と細かい打ち合わせを行い、キャンプ地での待機をお願いした。
そして、未だ閉じ込められた先発隊へ自身の考えを提案する。
先程までは不安と焦燥、そして絶望に染まっていた先発隊の表情は、かなりマシになっている。
だからこそ動くのならば今だと、保場は考えたのだ。
「どうやら孤立した、と言う訳でないから安心したね。だからこっちはこっちで、やれる事をやろう」
保場が提案したのは、1つ。
チームを分けて坑道内を探索しよう、だった。
ありすはスマフォを持ったまま、周りの反応を伺う。
「郷津君がくれたこの坑道内の地図を見ると解るが、左右に道が伸びているのが解る」
ありす達のスマフォに表示される、地図。
それには保場が言うように、先程ありす達が通ったメインの坑道を起点に、蟻の素状に左右へと道が広がっている。
「風が通ってるんだ。もしかしたら出入口が別にあるのかも知れない」
(たしか鉱山って、空気を淀ませない為の通気口があった、はず。なら、そこから出れるかも)
危険が伴うかも知れないが、ここで待つよりかは気がまぎれるだろう。
保場の提案に、皆が、ありすが、賛同する。
そして、坑道の左右にそれぞれ一班ずつ。
先程の社付近に一班の、合計三班が作られた。
まずは、保場と他二人からなる社捜索班。
「照明は必要な部分以外は消しておこう。危険だと感じたらすぐに引き返して欲しい。一時間後、またここで落ち合おう」
次に、八島、十河からなる、右側探索班。
「じゃあ、タカちゃん、行こ?あと、変な事考えないように、ね?」
「うっせーな、俺の勝手だろ。……チッ、男ばかりじゃねーか」
続いて、ありすと掃部関が入った左側探索班だ。
「別の班で良かったね、ありすちゃん」
「は、はい。あの、宜しくお願いします」
それとは別に、外との連絡係として、交代で2名が元入り口に待機となる。
元入り口には、隙間から差し込む陽の光の下、太陽光発電によるスマフォの充電器が置かれた。
同時に、記録として常に録画されている状態だ。
(埃っぽいな、やっぱ)
ありすを始めとした左側班の7名は、坑道の木の枠がしっかりしている事を確認し、奥へと進む。
携行ライトを運びながらなので、移動はゆっくりだ。
左側に入り、約三分。
ありす達は、少し開けた空間に辿り着いた。
「ここも風が通ってますね」
「って事は、やっぱどこかで外と通じてるわね」
大きさとしては、20畳程。
だが、圧迫感により狭く感じてしまう。
携行ライトを向けると、木で造った箱状の寝台らしきモノが4台。
休憩所か救護室だろうと、早速探索を始めた。
「うへぇ、これ包帯じゃん。きったな」
「てことは、救護室だった、のかな?」
班員の視線の先には、乱雑に放置された医療器具が見えた。
ありすも近づき、それらをスマフォに収めていく。
「どす黒いのは血、ですね。聴診器に、これはメス?」
「ありすちゃん、触れたら危ないよ。折れてる上に錆びてるわね」
だからこそ放置されたのだろう、と、
ありすと掃部関は、それらを端の方へと寄せた。
「他にめぼしいものは無いわね」
「こういう所ってさ、前いた人の手帳やら書置きがあるはずなんだけど」
「あはは、ゲームじゃあるまいし」
班員の軽口に妙な安心感を覚え、ありすも同じく周りを照らし出した。
だがやはり、先人の形跡は残っていないようだ。
(救護室なら、外に連れて行った方が良さそうなのに)
ここは陽も当たらないし、空気も悪い。
何より、出口はすぐそこんなのだ。
(隔離部屋、みたいな役割だったのかな)
この村に流行ったという奇病。
それが伝染しないように、この場に患者を閉じ込めていた……のかな、と。
ありすは考える。
「それじゃあ先に進みましょう」
班員一人が、奥の通路を指さした。
地図通りであれば、まだまだ道は続いている。
(……あれ?何か意味があるのかな?)
皆移動し始める中、ありすは目の前に鎮座する寝台が、気になった。
他の寝台は規則的な間隔で並んでいるのだが、一つだけ。
壁側に置いてある寝台だけが、他のと大きくずれているのだ。
「えと、すみません。寝台をずらしても大丈夫でしょうか?」
ありすとしては、何となく気になった程度だ。
だが他の班員は、それは見落としていたと膝を打つ。
「なるほど!隠し階段があるかもしれないね!」
「と言うか、何かを隠すにはちょうど良いね、これ」
まずは規則的に並んでいる寝台から。
寝台は埃を被ってはいたが、特に破損も無い。
皆で抱えてずらすも、その下には何も……異常な程に何も無かった。
「いや、何も無いっておかしいよな、やっぱ」
「虫一匹もいないなんて、ねぇ?」
各々冷たい汗を感じつつ、ありすは最後の寝台を動かす。
気分の問題だろうが、その一台だけ、やけに重く感じてしまった。
どうせ、何も無い。
そう思うありす達の目に、土埃が被さった古ぼけた手帳が、映った。
「……私が取るわ」
掃部関が新しいビニール手袋に取り換え、手帳を回収。
すぐさまページを開くと、そのままありすへと中身を見せる。
「昭和前期の文、かな。ありすちゃん、あとで翻訳して貰ってもいい?」
「はい、保場教授に見せた後に……うん?」
ありすが、寝台で隠れていた壁の一部へ、ライトを向ける。
そこには、鋭利なモノで文字が彫ってあった。
明らかに隠された、文字。
一同は、その文字をスマフォへと収める。
「えっと……成り損なひに 成るまじ」
ありすは、掘られた文字を言葉でなぞった。
文字は読めるが、意味が解らない。
「ねぇありすちゃん、これどういう意味かな?」
「すみません、私にも良く……今の言葉にすると、成り損ないに成りたくない、なんですけど」
湿った風を感じながら、ありすは思案する。
成り損ない。
つまり、未熟な存在。
もしかすると、この地方で言う差別用語かも知れない。
ならば、被差別者に成りたくない、と言う意味だろうか、と。
「……とりあえず考えるのは後にして、先に進もうか」
「そう、ですね」
意味を考えるならば、皆と合流した時で良い。
保場も交えた方が、より精度を増すだろう。
一同はそう考え、先に進もうと腰を上げた。
そして班員が、奥へ続く通路にライトを向けた、その瞬間。
「ひっ!?」
「ぁ……?」
班員が短く乾いた悲鳴を発し、動きを止める。
掃部関とありすは何事かと、ライトの向こう……奥へ続く通路に、目を向け。
同じように、息を漏らした。
「えっ!?」
「……っ!」
闇に浮かぶ、灰色。
そこには、先程まで無かったはずの。
人間の形をした石像が。
空虚な目を、寝台へ隠されていた文字へと向けていた。
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