調査開始
翌日。
やっと上った陽がテントに降りた霜を溶かし始めた、朝。
民俗学部の面々はすでに起床しており、鉱山へと入る準備をしていた。
(……ねむぃ)
コートに身を包んだありすが、大きな欠伸を催す。
ありすとしてはもっと寝ていたかったが、同じテント内の女性陣がそれを許さなかったのだ。
雪は降ってはいないが、辺りは霜で漂白されている。
ありすは堪らず、爆ぜている焚火に両手をかざした。
横にはさりげなく掃部関が陣取り、眼を光らせている様だ。
(現代っ子にはかなりつらいよ、フィールドワーク)
暖房も無ければ、お風呂も水道もない。
それどころかふかふかのベッドすら、無い。
暖を取るには焚火か、厚着。
水はトラックに積まれたペットボトル、もしくは煮沸した川の水。
ベッドの代わりは寝袋で、硬い感触が未だに背中に残っている。
一番困ったのが、仕切りはあるが穴を掘っただけのトイレだ。
季節が夏であれば、体臭等相当ひどい事になっていただろう。
だが……。
(でも、新鮮、かな)
現地に残された資料や文献を紐解き、その場で生きた人達の『生』を読み取る。
それを全員で共有し、過去への探求心を馳せる。
皆の思いが、同じ方向へと進む力強さ。
ありすは今まで経験した事の無いエネルギーに、心を震わせていた。
「保場教授!バッテリーはほぼ満タンになってるみたいです」
「良かった。陽が弱いから心配してたんだ」
「ですね。コレで坑道内を明るくする事が出来ます」
男性陣が携行型のライトを、トラックの荷台へと積みだした。
今日から、鉱山内の調査だ。
ありすは昨日チラリと覗き見たが、鉱山の入り口は薄暗く、坑道内は闇一色。
コードの長さが心許ないため、男性陣はバッテリーを積んだ携行ライトを持ち込む作業を行っている。
「これ、数足りるかな」
「全部明るくする必要はないわよ、要所要所に設置して」
「それより中はここより寒いかも知れねーぞ、しっかり着込んで行けよ」
どうやら、先発隊の準備が整ったようだ。
保場は満足そうに頷き、髪と同じ色の息を吐いた。
「さぁ、郷津君、掃部関君、行こうか」
「はい!」
「お供します」
先発隊はまず、坑道内に光源を設置し、危険が無いかを確認する。
それと同時に、先人の遺物が無いかを調査する予定だ。
後発隊はキャンプ地の管理を行い、食事や水の準備をする。
先発隊からの要請があれば、その都度調査に人員を割くが、基本的に地表面での調査が主だ。
「ありすちゃん、先発隊にはアイツがいるから、気を付けてね」
「……はい」
先導する、荷物を積載した三台のトラック。
その一台を、十河が運転している。
「まぁ彼女である八島さんが一緒ではあるけど、油断しないで」
「はい、その、掃部関さんから離れないようにします」
「うんうん、私に任せなさい」
掃部関が、ありすの頭を優しく撫でた。
ありすは照れくさそうに。
姉が居ればこういうモノなのだろうな、と。
目を細める。
一同は岩壁に囲まれた斜面を、ゆっくりと下りる。
地面は石畳になっており、真ん中付近に幾筋の轍がうっすらと残っていた。
ありすは再び過去に思いを馳せ、鉱山を見上げる。
「教授の説は外れましたね」
「だね。こりゃ自然からなる山だよ」
保場の提唱した、隕石が落ちた後を鉱山に見えるようにカモフラージュした説。
背は低いモノの、岩肌が立ち塞がるような眼前の山の威容は、その説を否定するのには十分であった。
「となると、ますますどのような隕石だったのか気になるな」
鉱山の入り口。
その奥は闇が支配しており、光を食らうかの様に、何も見えない。
(アバドンみたい)
その様相を、手持ちの書籍に描かれたアバドンと言う悪魔に見立てたありす。
口に見える入り口の奥には、何が眠っているのか、と。
やはり恐怖より、興味が勝ってしまう。
「山に生えた木で空が見えねーや」
「暗いし寒し、結構怖いかも」
「教授、ライトで入り口を照らしますよ!」
トラックのライトが、鉱山を仰ぎ見る学生達と、坑道内を照らした。
中は木材で補強されており、意外にもしっかりとした坑道が残っている。
「では、進もう。八島君、郷津君、掃部関君、一緒に来てくれ。男性陣は、ライトを置きながら後に続いて欲しい」
鉱山入り口はトラックが入れる程広いが、地図通りであればその道は狭くなっていくはずだ。
保場達は入り口に素早く兵站を築くと、早速調査へと進み出した。
坑道内は、身長が190ある男子学生でも背を屈めず歩ける高さだ。
幅も、三人横並びで進んでも余裕がある位だ。
だが、やはりどうしても、暗い。
「…… …… ……」
「…… …… ……」
ピチャン、と。
水が滴る音が、響く。
だが、坑道内に音が反響し、何処からの音かが解らない。
自身の足音すら、まるで上と横から聞こえるようだ。
時たま流れる湿った風が顔の熱を奪い、体温を徐々に下げていく。
まるで延々と続くような坑道は、全員の不安を増幅させる。
途中、横へ入る道もあったが、保場達は入らず、携行ライトの設置を指示し進んでいった。
「地図ではすぐのはずなんだが、おかしいな」
「まだ半分位ですよ教授、この暗さだから感覚が狂うのは仕方ないですが」
保場の溜息に、ぽっちゃりとした女性……八島が、ライトを前に向けたまま答えた。
一方、ありすは周りを見渡し、首を傾げている。
「どうしたの、ありすちゃん」
「あ、いえ。照明と言うか、松明が置いてあった形跡が無くて」
こうも暗いのであれば、当然照明が必要だろう。
であるのに、炭や、焼けた天井と言った形跡が無いのだ。
「ならばカンテラや
「坑道の直線距離で見れば、それで十分だったのでしょう」
そう言うものかと、ありすは頷く。
が、そこでまた新たな疑問が生じた。
「……虫が、全然いませんね」
ありすが持つ洞窟のイメージは、多くの虫が生息する魔窟だ。
蝙蝠の糞に集まるゴキブリ。
天井に密集するゲジゲジ。
通路を妨害する程の巣を張る蜘蛛。
全て、本で得た知識ではある。
だが、実際は虫の気配が全く無い。
「確かに。冬とは言え、一匹もいないなどあり得るんだろうか?」
「ありえませんよ。このような湿気であれば蜘蛛やオオゲジ等がいるはずです」
「ってか虫と言うか、蝙蝠すらいませんよね」
フィールドワークをして来たからこそわかる、異常さ。
三人は、言葉にできない気持ち悪さを抱き始める。
「思えば村もそうでしたね。野生の動物どころか鳥もいませんでした」
「……まるで何かから距離を置くように、いや、逃げている、のか?」
「教授怖い事言わないで下さい!な、何って、何……いっ!?」
掃部関が、言葉を失う。
その視線の先に、奇妙な光を見つけたからだ。
「ヒカリゴケ……?」
ありすは、保場の呟きの先……深い闇へと、目を凝らす。
ポッカリと開けた空間。
その際奥に、ぼやけてはいるが青色の光が、小さく点滅している。
見ようによっては、保場の言うヒカリゴケに見えなくもない。
一同がその光をぼんやりと見つめていると、重い音を響かせ、後続隊が追い付いた。
「キレイ……」
「何ですか、ありゃ」
「やけに広いなココ。よし、ライトで奥を照らせ」
後続隊も光の美しさに一瞬見惚れるが、すぐさま自分達の仕事を優先。
光量の強いライトが、青色の光源を照らした。
浮かび上がったのは、壊れた石製の鳥居。
そして、石の塊に埋もれた、壊れかけた社。
青色の光は、社から漏れている様だ。
「ふむ、まずは僕が見てこよう」
「いえ、全員で行きましょうよ」
「そうですよ、皆揃ってるんですから」
「えー?でもほら、危険があるかも知れないだろう?」
興味に駆られた保場が一番乗りを企てたが、八島と掃部関が阻止。
心底残念そうな表情を作る保場に、ありすはつい笑みを零してしまう。
(映画や本だと、罠がある展開なんだよね)
日本だから、呪いや祟りがあるかも知れない。
そんな心配を抱くも、数多の年長者がいる為、不安も消えて行く。
結局、皆で調べる事になり、ありすは掃部関に手を握られ、一緒に進みだした。
ピチャ。
ピチャ、と。
地面に広がる水溜りを踏みしめ、一同は社を囲んだ。
社は相変わらず中から青色の蛍光色を放っている。
(ボロボロ……。木が腐ってるのかな)
ありすは改めて、社を観察する。
冷蔵庫程の、木で造られた社。
だがもはや朽ちており、あらゆる部品が喪失している。
しめ縄も緑色に変色しており、触るのすら遠慮したいレベルだ
扉は閉まってはいるが、所々に空いた穴から今も光が漏れている。
「それじゃあ、開けるよ」
保場が、社の扉を開き始めた。
坑道内に響く、歪な音。
社内に収められたモノが、徐々に、ライトの光で露わになって行く。
「コレが……、隕石?」
社内の台座に置かれた、サッカーボール程の、石。
色は黒く、表面がゴツゴツとしている。
だが……。
「隕石かどうかはともかく、普通の石じゃあないですね」
「私もそう思います。コレ自分から発光してますよ?」
驚愕が、連鎖する。
掃部関達が言うように、石が光を出してるのだ。
それだけではない。
石の表面をすべるように……まるで意志を持っているかの如く、光に強弱をつけているのだ。
青、赤、緑、紫。
色も様々である。
「でも、綺麗です……」
「あぁ、生きてるみたいに光ってるな」
「キラキラしてるー」
ありすも光の万華鏡に目を奪われるが、すぐさま目を見開き、石から距離を取った。
(綺麗、だけど……なんだろ?嫌なモノに見える)
まるで、チョウチンアンコウの光。
ありすは石が捕食者である気配を感じ、周りを見渡す。
幸いにも、自身と同じような考えを持った者が、皆を石から遠ざけようとしていた。
「皆、離れてくれ。この光はどう考えてもおかしい。ガイガーカウンターを持ってこよう」
ありすと同じく保場もすぐさま我に返っており、光に有害性が無いかと考えた。
ガイガーカウンター。
つまり、この光は放射性によるものだと判断したのだ。
一同は目を見開き、石から大きく離れる。
「隕石だから可能性はあるかも。ねぇ、ありすちゃん」
「はい。でも約100年前、ですよね?あったとしても弱まっているのでは?」
だけどもしこれが隕石であり、放射性を持っていれば?
そうしたら、この村で起きた奇病は、それが原因なのではと、ありすは考えた。
一般人において放射性物質の知識が無かった当時、可能性は十分にある。
とは言え、鉄鉱業が栄えた理由は解らないが、それは調べる内に解るかも知れないと。
ありすは民俗学の沼に、無自覚に足を突っ込んでしまったようだ。
「とりあえずまずは調べよう。皆、一
保場が退避を促した瞬間、轟音が坑道を埋め尽くす。
襲い掛かる、大きな揺れ。
歩いてきた道から土埃があがるが、何処からか入ってくる風により、霧散する。
(地震……?)
ありす達が驚きの余り固まっていると、入り口で作業していた学生が闇から浮かんできた。
「大変です教授!落盤が!」
「入り口が、塞がれました!」
そして、絶望が始まる。
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