露営の夢
今回、肥後学園大学民俗学部のフィールドワークに参加したのは、ボランティア含め40名程だ。
しかも全員慣れており、陽が落ちる前にテントや炊飯場を設営完了。
ありすが民家内の文献を漁っていると、いつの間にか酒盛りが始まっていた。
あの石像は、結局はただの石像で、それが砕けたのだと決着がついたようだ
「やぁ郷津君、すまないね。いつもこんな感じなんだ」
「いえ、活気があって良いと思います」
保場の近くに、ありすがちょこんと座る。
その横に、長身で筋肉質な女性が、茶色いポニーテールを揺らし、ありすを守るように座った。
「有難う御座います、
「構わないよ、あのバカから皆を守るのが、私の仕事だからさ」
申し訳なさそうにするありすの頭を優しく撫でる、掃部関と呼ばれた女性。
その眼には、年下の妹を愛でるような慈愛が浮かんでいる。
「すまないね掃部関君。十河君の悪評は知ってはいるんだが……」
「この学部は女が多いから、男手として貴重ですからね」
「あぁ。だが今回の件は流石に見過ごせないので、今回の件が終われば、処分を下すよ」
保場がありすへと姿勢を正し、頭を下げる。
「郷津君、怖い思いをさせてすまなかった」
「い、いえ!こうやって掃部関さんが守ってくれてますし、あの人を近づけないで頂ければ」
先程、十河と言う悪漢から襲われそうになったありす。
危ない所で助かったが、その様子を掃部関は見ており、十河に走って殴りかかる寸前であった。
と言うかありす達が人の形をした石を見ている間、掃部関は十河を数回殴っていた。
それにより、ありすが危なかった事を皆が知り、こうやって護衛役が付くようになったのだ。
「まぁ十河はチキンだし、実際に手を出さなかった可能性もあるけど……、ごめんねありすちゃん、私が守るから!」
「は、はい!よろしくお願いします」
ふんす、と鼻息を吐く掃部関に、ありすは安堵の笑みを浮かべる。
怖い目にはあったが、結果を見れば自身を心配してくれる女性陣と、打ち解ける事が出来た。
そして掃部関だけではなく、他の女性陣も気にかけてくれるようになり、当初よりかなり快適になった、と。
ありすは複雑な心境で、バッグから大学ノートを取り出した。
「有益な情報を見つける事が出来たかね?」
「はい、とは言っても、オカルト的な要素が強いんですけど」
オカルトと言う単語に、周りの喧騒が収まる。
皆の視線……十河のも含む数多の眼に一瞬体を強張らせるも、ありすは民家で漁った文献を、口頭で伝え始めた。
「まず隕石は実在して、鉱山の奥に奉られたそうです。鉱山内の地図もありました」
古ぼけた紙。
保場はすぐさまスマフォでそれを撮影し、皆へと共有した。
データの着信音が響く中、保場は首をかしげる。
「うーん……?小さい、な」
その呟きに、周りの生徒も口々に疑問点を零し始めた。
「ですね。鉄鉱で栄えたと言われてるのにこの規模では」
「誇大に伝わったって奴では?大げさに記録に残したとかさ」
「それか、当時としてはこれでも規模が大きい類、なのかしら?」
熱いディスカッションへありすは瞬きをし、再び地図を広げる。
まずは、入り口。
地面を斜め下方面へとくり抜いたため、入り口の左右は高い壁に挟まれている。
そこからまっすぐと、今の単位にすると2キロ程の坑道。
後は、アリの巣の様に細い道や部屋が、平面方向に無秩序に広がっているだけだ。
「通常、この様な鉱山の内部は上下に別れ多層になるはずだ。なのに、一層のみ。これはどういう事だろうか」
「……っ!あぁ、言われてみればそうですね!」
「この層でしか鉄鉱石が取れなかった、とか?」
「それこそ記録にある規模と矛盾しちゃうよ、うーん」
保場達が、ありすを見つめる。
早く続きを。
そう急かされている視線に苦笑いを浮かべ、ありすは言葉を紡いだ。
「実はここからオカルトめいているんです。奉った隕石から、鉄が生み出された、とありました」
「ふむ!」
保場達の眼が、あからさまに輝き始めた。
髪と同じ白く短い髭を、ジョリジョリと撫でる。
確かにオカルトが強い内容だが、それには科学的で現実的な根拠があるはずだと。
民俗学部一同はソレを解き明かそうと、居ても立ってもいられなくなった様だ。
「郷津君、その資料も共有は可能かね?」
「はい。例の村特有の文字で書かれていたので、翻訳分もどうぞ」
再び保場は、ありすの提出した資料を共有し始めた。
皆、飲み食いを忘れ、資料をじっくりを見つめる。
パチン、と。
焚火が弾ける音が、静かに響く。
「これ、ヤバくないですか?」
寒空の下、学生の一人がポツリと漏らした。
その言葉に、数人の学生も頷く。
「ふむ、どの辺がヤバいのか、君の考えを聞かせてくれ」
「はい、その……死傷者の数が、凄まじいです。その原因が、書かれていません」
ありすは自身が翻訳した資料に、視線を落とした。
確かに、陽落村に属する炭鉱夫と比べ、外部からの炭鉱夫の死者数が多いのだ。
「鉱山であるから、事故による死者は出るだろう」
「はい、ですが村民に被害は殆ど無く、外部からの労働者がその多数を占めてますね?」
「あぁ。であれば、ガス等が考えられる。村の炭鉱夫は土地勘により、回避していた、とかね」
保場の考えを聞くも、学生達は納得していないようだ。
その様子に満足気に頷き、保場は仮説を述べる為に、お茶で唇を濡らした。
「それ以外考えるとしたら……人身御供、もしくは口封じ、かな?」
君達も同じ考えだよね、と。
保場は楽しそうに一同を見渡す。
「……口封じ、ですか?」
沈黙の中、ありすは保場に尋ねてしまう。
ありすの中でも薄らとではあるが、これらの資料が示す事実が浮かび上がってはいる。
その確認を含めた、問いであった。
「そうだよ、郷津君。先程から言ってはいるが、仮説であり可能性だ。それを踏まえて僕の考えを聞いて欲しい」
要は、隕石が全ての鍵だ、と。
保場は寒空に浮かぶ星の瞬きを、瞳孔へと収める。
「実はこの村に落ちた隕石は純度の高い鉄でできていた。だから鉱山の規模は小さい、いや、掘る必要が無かった……としたら?」
「隕鉄……」
「そう!最近では隕鉄で作った刀で、その存在を知った人が多いかも知れないね」
鉄の塊である、巨大な隕石。
もしそんな物が存在したならば?
それは争いを呼び、下手すれば国に徴収されたかも知れない。
だからこそ、外部からの労働者は口封じをされた。
保場は、そんな仮説を立てた。
「口封じを悟られないために、奇病のデマを流したとも考えられるね」
「成程、だったら遺族等は怖がって遺体引き取り等しなかったかも知れませんね」
「死亡原因に奇病と記入していないのは気になるが、文字からして内部用だったからだろう」
「では奇病は創作だったと?でも、村は確実にそれで消えたとなっているんですよ?」
「そうですよー、実際奇病を治める為の生贄が居たのを見たじゃないですか」
仮説。
予想。
妄想。
それを皆理解しつつ、言葉を交わす。
言うなれば、発売日前のゲームについてこういう要素が欲しい、こういう展開が欲しいと、自身の要望を垂れ流すようなモノ。
だがそれが、愉悦なのだ。
その様相に、ありすも笑みを浮かべる。
物語の展開を予想する。
物語の終わりを自身で解釈する。
その楽しさを知っているからだ。
「つーか、そんな隕石が落ちたのなら、この辺りは無事では無かったのでは?」
「僕もそれは考えたさ。だがソレを隠すように鉱山を装ったとしたら?」
「まさかっ!重機も無い当時にそんな真似は無理っすよ!」
「何も土を盛る必要は無い、木々で偽装するって手段も……」
皆、酒と料理を片手に、思い思いに妄想を垂れ流す。
明日から本格的な調査が始まり、実際に廃坑へと足を踏み入れるのだ。
そこに隕石は存在するのか?
奇病は存在したのか?
廃坑に何かしらの痕跡があるのか?
『その地』からすると、遺物を荒らす盗掘者達の存在を。
月だけが、静かに見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます