始まり



ゴロン、と。

男性が軍手をはめた腕で、道の跡らしき場所から大きな石をどける。

ただあまりにも量が多いため、男性陣は汗だくだ。


「なんつーか、独特な形の石だな、コレ」

「何かの立体物を砕いた様な感じだよな、何気に気色悪いぞ」

「さっきの遺骨を埋葬したり!初っ端から!肉体労働過ぎる!」


男性陣が悪戦苦闘する様を、郷津ありすは後続する自動車の中で眺めていた。

周りは森だが、所々に朽ちた建造物が点在している。


「ここが、陽落村……」


文献や資料の中でしか読み取る事の出来なかった、現場。

人の気配が、いや動物の気配すら無い廃村。

だが、ありすの眼には、当時の賑わいが浮かんでいる。


炭鉱夫で賑わう飯処。

洗濯物が積まれた川辺。

村内に鐘を響かせる校舎。

祭の準備がされた広場。


役人と揉める男衆。

楽し気に洗濯をする女衆。

父親の真似をする子供達。

それを微笑ましく見つめる学生。

そして……村を取り仕切る神主達。


今はこの様相だが、人々は間違いなく存在し、生きる為に命を燃やしていた。

それは文字で書き記され、記録……いや、歴史として今も生きている。

ありすは手元のバッグをぐっと握り、自身でまとめた情報をなぞり始めた。


陽落村。

九州、熊本の山間部に存在した・・村。

元々は小さい鉱山がある小さな村であったが、ある日、空から火が降ってくる。

その事から、火落村、と呼ばれるようになった。


文献から、空から落ちて来た火は、隕石だと予想できた。

そしてその頃から、村は隕石を神と崇め始め、何故か・・・鉱業が活発になった。

だがある日、村で奇妙な病気が流行り始める。


動きが鈍り、心臓が動きを止め、その後動き出す遺体。

今で言うならば、ゾンビ。

村では治療法や対処法が確立されないまま、多くの犠牲を出す事となった。

村の権力者達はコレを神の怒りと考え、生贄を捧げる。

だが奇病は収まらず、患者を坑道へと閉じ込め辛くも沈静化。

その後村は緩やかに衰退し、皮肉にも名前の通り、火が落ちるように消えて行った。


(都市伝説もそうだけど、オカルトを調べると楽しいのよね)


郷津ありすは、所謂本の虫だ。

幼い頃から自宅の本を読み漁り、その後も本に囲まれ育って来た。

そのような生き方をした結果、趣味が高じ、多くの過去・文化・異国の言葉を修めてしまうまでに。


そんな文学少女のありすではあるが、一点だけ、解らない事があった。

今、胸中を支配する、オカルトへの好奇心、だ。


オカルトと歴史は、切っても切れない関係であるが、ありすの言うオカルトは、そう言うモノとは少し違う。

ありすはバッグから、一冊の本を取り出した。

ブックマーカーに付いた孔雀石が、振動で揺れる。


「へぇ、ありすちゃんもゲームするんだぁ」

「いや、遊びはしないんですけど、こういうの見るの好きなんです」


照れ笑いを浮かべるありすが持つ本は、ゲームの設定資料集だ。

悪魔を仲間にして旅をするゲームで、作中の悪魔の設定がイラスト付きで載っている。

本人が言ったように、ありすはゲームをしない方だ。

であるのに、何故か、自分でも解らないがこれらの系統の本に、興味を抱いてしまうのだ。


「あー、クラスの男子が持ってた気がするなぁ、てかそれマラカイト?」


ありすに話しかけた女性が、揺れる孔雀石を指さす。


「はい、ちょっと気になって、つい買っちゃったんです」

「へぇー、石言葉は、再会、だったかな?っと、道が開いたみたいね」

「デコボコになってるから、ゆっくり進んでね運転手!」


荷物を積んだ車が、ゆっくりと道を進んでいく。

すると、先程までの悪路が嘘みたいな、広く開けた場所へと到着した。


樹々に囲まれてはいるが、村の広場であった場所だろう。

線状の数多の凹みが刻まれた、地面。

綺麗だが魚がいない、細い川。

今にも壊れそうな、木造建築物。

そして……坑道へと続く、岩壁に囲まれた一本道。


当時の状況が保存されたような雰囲気に一同は驚くも、すぐさま現場設営を開始する。

一方、現場を取り仕切る保場は、この光景に恍惚とした表情を浮かべていた。


「コレは、すごいな。村が消滅し、その後全く人が入っていないようだ。解るかね、八島君!」

「えぇ、ですが村の中でもここだけなのは、異常ですけど」


保場の横で、彼の助手を務める太めの女性……八島は、不安げな顔で広場内を見渡した。

そう、おかしいのだ。

ココ以外の村であった場所は、時の流れに比例していた。

だがココだけは、異常なほど保存状態が良いのだ。


「何、それも調べて行けば理由が解るはずだ」

「……ですね、では私も設営に戻ります」

「任せたよ。あぁ、君!坑道の方に電気を引こう!あの民家の屋根に太陽光を敷こうじゃないか」


テント設営、機材運搬、電気の配線。

各々が、陽が落ちる前にと仕事をし始める。

皆がこれから始まる数日を、心の底から楽しみにしている事が解る、情熱。


その熱気を、ありすは車の助手席から眺めていた。

本人は設営の手伝いを願い出たが、賓客の立場にされ、暖房の効いたこの場で待機となっている。


(初めてのフィールドワーク、思ってたよりも楽しみ、かな)


ありすと保場は、論文を通じた知り合いだ。

それがきっかけで、今回の調査の手伝いをお願いされた。


「火落村がどのように消えたのか。そして隕石は今も存在しているのか」


保場が教える肥後学園大学民俗学部の、今冬の調査のテーマだ。

本来であれば、この地の保有者の許可が毎年下りないでいた。

下りないでいたのが、今年に限り、いともたやすく許可が下りたのだ。

そんなこんなで、ありすは今、この場所に居る。


(テントに寝泊まりも初めてだし楽しみだな。あぁ、でも、トイレはちょっと不安かも)


その時、ガチャリと助手席のドアが開く。

ありすがビクリを体を震わせ視線を向けると、金色に髪を染めた男が、ありすを物珍し気に見下ろしていた。


「やっほぅ、ありすちゃん」

十河そごう、さん……」


十河と呼ばれた男が、ありすの体に視線を這わせる。

ありすはその嫌な視線に、劣情と言う言葉を当てはめた。


「皆さんの手伝いはしなくていいんですか?」

「いいのいいの、俺、石をどけるの頑張ったし」


十河は身を屈め、ありすの隣に座ろうと体を滑らせ始めた。

運転席に流れる身体を、ありすは必死に元へと戻す。


「やめて、下さい!」

「いいじゃない、ちょっと話そうよ、ね?」


大声を上げ、助けを呼ぶのは簡単だ。

だがそうすれば、フィールドワークの間、気まずくなるかも知れない。

何より、十河の彼女である八島と、軋轢が生じるかも知れない。

ありすは誰かが気付いてくれるのを祈りながら、十河へ抵抗し始める。


十河は小動物のように体を強張らせるありすを見て、内心舌なめずりをした。

この女は襲っても、我慢して他言せず、いずれ言う事を聞くようになるタイプだと。

十河の唇が、厭らしく歪む。


「解った解った、じゃあ外で話そうよ、ほら」

「えっ!?嫌っ!止めて!」


十河はありすの手を掴み、森の中へと連れて行こうとする。

ありすは必死に抵抗するも、ずるずると体が引き摺り出され始めた。

皆作業に夢中で、こちらに気付かない。

その時、ありすの脳裏に黒い影が浮かんだ。


強い光の中、暴漢から守ってくれた、大きい背中。

コレはいつの記憶だろうと、ありすは一瞬、意識をそちらへと向ける。



「おーい皆!こっちに来てくれ!」

「保場教授!コレを見て下さい!」

「ありすちゃんも!」


「チッ!」


その瞬間、近くで声が響いた。

十河はすぐさまありすから手を放し、舌打ちを漏らしながら距離を取る。

ありすは逃げるように、声の方へと向かった。


「コレは、石像、ですかね?」

「にしては顔以外雑だけど」

「ってか、何か嫌な感じ。怖いなぁ」


学生達が、何かを囲むように集まっている。

保場はありすを手招きし、皆が囲っているモノを指さした。


「郷津君、さっき道に落ちてた石があっただろう?あれらを合わせると、人の形になったらしい」

「人、ですか?」


好奇心が勝ち、先程までの恐怖を弱らせ、ありすは保場の指先へと視線を向けた。

道に点在してた岩……とは言えない大きさの、石。

それらを接合すると、まるで人の形となったのだ。


只の石像を砕いたモノなのかも知れない。

だが、奇妙な事に。

顔の部分だけ精巧にできており。

幸せそうに、歓喜の表情を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る