石
石 ~プロローグ~
とある塾近くにあるファストフード店は、今日も盛況だ。
塾帰りの生徒だけではなく、厳しい寒さの中で暖を取ろうとする客が溢れている。
その一角。
窓から雪景色が見える特等席に、いつもの二人が座っていた。
「おー、やっとおしゃれに目覚めたか」
ボーイッシュ娘の目が、眼鏡娘の手首にはまったブレスレットを見つけた。
眼鏡娘は齧っていた新メニューをトレイへと戻し、件のブレスレットがはまった右手を掲げる。
「あー、うん、アレよ。パワーストーンって奴。お母さんが付けてなさいって」
緑と青が混ざった石……アズロマラカイトのブレスレットを、眼鏡娘は恥ずかしそうにカチャリと鳴らす。
「まぁ勉強に関して何か意味がある石なのかな?でも、それに依存しちゃだめよー」
「わかってるわよ、てか、母さんには悪いけど、このブレスレットの広告が胡散臭くてねー」
苦笑いを浮かべ、眼鏡娘はスマフォの画面をボーイッシュ娘へと見せる。
そこには「無病息災」「志望校合格」「宝くじ大当たり」等の耳障りの良い言葉が羅列されていた。
加えて、「バキバキな童貞の僕でもセフレが出来ました」とか。
「死を覚悟していた末期癌が治りました」とか。
「痴漢冤罪の1億円もの慰謝料を払わなくて良くなりました」とか。
胡散臭さこの上ない体験談まで乗っている。
それで値段は、8,980円。
微妙に高い金額設定が、その胡散臭さを加速させている。
「あぁ、うん、こりゃないわー」
「でしょー?とは言え、微妙に頼もしいってんだから困るのよ」
「解る。そういや石ってさ、結構オカルトや信仰に関わりあるっぽいよね」
また始まったと、眼鏡娘は困ったような笑顔を浮かべる。
そして、自分もまたそういう話が大好きなのだなと、スマフォを弄り始めた。
「と言っても、有名どころは殺生石とか、そのへんか―」
「基本的に、神様として奉られるってのが多いわね」
「だねぇ、神様が座る
「隕石で日本刀とか、色んな事にも使ってたのね」
「賽の河原の石積みみたいな、マイナスなイメージのもあるけどさ」
「石というか宝石なら、ホープダイヤも有名ね」
石における都市伝説はあまり無く、代わりに、奉られた石や岩の画像が、スマフォの画面を侵食する。
その石自体が、神と扱われるモノ。
所謂慰霊碑として作用するモノ。
何かが石の中にあるとさてるモノ……様々だ。
「モアイも石だし、ストーンヘンジも石だし」
「石っつーか、岩?」
二人が談笑していると、入り口付近から声が湧いた。
何事かと顔を向けるが、人が垣根と成り、全く見えない。
だが所々で、「羅観香」「嶺衣奈」と言う単語が飛び交い、二人は現状を推測できた。
「イチャラブ百合アイドルが買い物に来たって感じかにゃー」
「言い方。まぁ変装して前からココに来てたっぽいけどね」
「だよね!想い人との逢瀬って噂あるけど、男二人いたし、噂は噂だよね」
「と言うか、加宮嶺衣奈が怪異、いや、妖怪?なのを普通に受け入れてる私達が異常な気がするけど」
そう、怪異との距離が、近いのだ。
その事実に軽い危機感を覚える眼鏡娘だが、ボーイッシュ娘の方はオカルトが身近だなぁと喜んでいる。
(オカルトには距離が必要。オカルト慣れすると、どこかで絶対に……取り返しがつかない事が起こる)
富豪がペットのライオンに食い殺されるように。
距離感と扱いを間違えると、痛い目を見る。
眼鏡娘はそう思いながら、手首のブレスレットを見つめる。
(……いや、これもオカルト、かぁ。時代とか流れとか、そういうモノなのかな)
夢見羅観香達を撮影してたボーイッシュ娘が、満足気にシェイクを啜った。
慌ただしくスマフォを弄っているのは、今の事件をSNSに流すためであろう。
(怪異が現れて、その瞬間がSNSで広がり、皆が一目見ようと集まる。……うん、やっぱヤバいわ)
まぁ私が深く考えても仕方ないな、と。
眼鏡娘は別の事を考え始めながら、ブレスレットをカチャリと鳴らした。
「にゃはは、皆同じように投稿してるわー……ん?どったの?難しい顔して」
「いや、コレってさ。願いが叶わなかったりした場合、役立たずな扱いされた石の……魂ってか、そういうのは何処に行くのかなーって」
「うーん……二軍キャンプ?」
「何言ってんのよ」
「いやいやアンタこそ何言ってるのよ、石にそういうのあるわけないじゃん……ってのは流石に言えないか」
「うん、魂とか、意志を持ってる石があってもおかしくないよ」
ダジャレかよ、と。
二人の笑いは喧騒へと溶けて行った。
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