隙間録:それぞれの新年


「あー!つーかーれーたーわぁー!」


サンバルテルミ総合病院の、休憩室。

養老樹せれんは白衣を着崩し、大きく息を吐いていた。


珍しく弱音を吐く養老樹を見て、石田は笑いながらコーヒーを渡す。


「お疲れ様です、お嬢。大変でしたね」

「本当よぉ!まったく、田原坂鏡花も面倒事もってきちゃって!」


養老樹はコーヒーの苦みに顔を顰めながら、今日運ばれてきた……しかも《裏》からの患者を、思い出す。

人数は、二人。

一人は男性で、もう一人は女性、しかも《裏》の人間だ。

男性側は、片耳に後遺症が残る酷い傷。

そして共通した症状は、赤子の声が延々と聞こえる、というモノだった。


「両名とも拘束してるけど、これって多分、アレよねぇー?」

「えぇ、アレ、でしょうね」


両名の耳奥にこびり付いた、この世のものではないナニか。

通常では除去不可能なソレが原因であり、最近似たような事例があったばかりなのだ。


「誰かがあの二人に、恨みを晴らした……って事よねぇ」

「その可能性が高い、かと」


養老樹が、田原坂から預かった資料を手繰り寄せる。

共に、あの・・八俣智彦の知り合いで、しかも敵対している、と表記されていた。


「……いや、ないわねぇ。それだけは絶対にないわぁ、うん」

「僕もそう思いますよ。彼であれば物理的に恨みを晴らすでしょうし」


あり得ない結論にたどり着き、やはりそれはあり得ないなと、二人して笑みを漏らす。


「ふふっ、そうよねぇー。まぁ二人揃って趣味が悪い事してたみたいだし、その被害者の仕業かもねぇ」

「女遊びの被害者ですか、その可能性の方が高いかと」

「結果として、恨み神被害者のサンプルが3つに増えたから、良しとしましょ」

「言い方が……。まぁ確かに、各勢力から見学依頼は増えてはいるんですが……おっと?」


ノック音。

養老樹が許可を出すと、同じく白衣姿の舞子=スチュワート=迫浴が、スマフォ片手に入室した。


「せれん様、祭庵様から、電話デスよ」

「あらぁ?そういや今回の件の報告がまだだったわぁ。ありがとう、舞子」


養老樹はスマフォを受け取り、耳へとあてる。


「代わりましたわぁ、おじい様。連絡が遅」

『世恋ー!婿殿が贈り物を受け取ってくれないんじゃー!』


スマフォを持つ反対の手で、養老樹は顔を覆った。

またこの人は暴走したのかと、大きく息を吐く。


「だからぁ、彼はそういうのを嫌うと言いましたわよぉ?何を贈ろうとしたんですの?」

『先日建てたタワーマンションの権利書じゃ!勿論、お前と彼の新居としてじゃぞ?後は仕事のポストと、ジムニーと』


養老樹はスマフォを机上に置き、両手で顔を覆う。

石田と迫浴は、共に苦笑いを浮かべる。


「……おじい様ほんとそれ逆効果ですからねぇ!?彼、物の価値観が立場に追い付いてないんですからぁ!」


養老樹が思い出すのは、先日の智彦とのやり取りだ。

迷惑をかけたお詫びとして寿司を食べに誘った際、そんな豪勢なのは奢って貰えないと、智彦は断固拒否。

そして智彦としては、それを回転寿司だと思い込んでいたのだ。


「彼は貧しかった時も、物乞いみたいな真似はしなかったと聞きましたわぁ」

『だけど、我が養老樹グループに欲しんだもん!』

「もん、って……」


唖然とする養老樹に気付かず、祭庵はスマフォ越しに唾を飛ばす。


『儂はあの男が欲しい!是非とも!どぉ-しても欲しい!彼でなきゃダメなんじゃあ!』


普段の質実剛健さは何処へ行ったのやら。

養老樹グループのトップが、まるで子供の様に喚き出した。

そして、何故か迫浴が身をくねらせる。


「……ポッ」

「舞子ぉ?おじい様のはそう言う意味じゃないわよぉ?」


埒があかないと、養老樹は通話終了をタップする。

周りの付き人が落ちつかせた頃に再度電話しようと、迫浴にスマフォを返す。


「はぁ、余計につかれたわぁ」

「ですが、僕としてもお嬢と彼がくっつくのはグループ的にも、そして熾天使会としても良いと思いますよ」

「ハイ、彼、ベリー優良物件思うデス」


石田と迫浴からの言葉に、養老樹は言葉を詰まらせ、白衣を正す。

その行為が養老樹特有の照れ隠しだと知っている二人は、心の中で歓声を上げた。


「そ、そうねぇ、でも結局は、その、彼の気持ちの問題なんじゃないかしらぁ?」

「それこそお嬢の気持ち次第でしょう。お嬢が攻めれば落ちるかと」

「YES、彼はきっと、せれん様を余計なモノ無しで見てくれる思いマス」

「あー…あら、あらあらあらぁ~?」


養老樹は俯き、再び白衣を正した。

もはや耳まで真っ赤に染まり、手でパタパタと首筋を扇いでいる。


と、そこで養老樹のスマフォに、SNSの受信音が鳴った。

養老樹は二人の生暖かい視線から逃れるよう、スマフォを操作し始める。


(……あら~?郷津さん、無事に発掘現場に到着したみたいねぇ~)


相手は、禁書の件で智彦に救われた、郷津ありすだ。

あの後養老樹は彼女と交流を持ち、派閥の中へと招き入れる事に成功していた。


(民俗学部のお手伝いで熊本に、ねぇ。彼女、今回で名を上げる事になるのかしらぁ)


嬉しい反面、養老樹の心に影が差す。

彼女は自身を救ってくれた恩人を知らない、いや、覚えてないのだ。

それを教えるべきか……。


(いえ、八俣智彦は望まないでしょうねぇ。全く、格好つけちゃって)


智彦と自分しか知らない秘密がある。

養老樹は無自覚な甘美さを覚えながら、スマフォをポケットへと収めた。


気付くと、サンプルの定期確認の時間だ。

養老樹は未だニヤつく石田と迫浴を従え、特別病棟への扉を開けた。





同時刻。


《裏》の拠点の一つである、とある仏閣。

その一室で、田原坂鏡花は《裏》からの通達を眺めている。


「横山家の長女、もう復帰は無理そうね」

「恨み神相手じゃあそうだろうよ」


そう言うと、同じく部屋に居た縣は通達への興味を失い、漫画を読み始めた。


「何読んでるの?」

「カラスの仮面」

「ペスト期の漫画ってマニアックよね」


鏡花も通達に興味を失い、符の整理をし始める。

そこでふと、思いついたように縣へと尋ねた。


「今は亡き御三家だけど、恨み神の標的にならなかったのかしらね」

「んー?八俣の話だと気まぐれなんだろう?たまたまなんじゃねーの?」

「変なとこで運がいい所あったわよね、あの人達」

「それか間に誰か挟んで、自身に復讐が来ないようにしてたか、だな」

「あー、それが一番あり得るかも……よしっ」


鏡花が、符を懐に仕舞い込む。

次に手元にあった刀を、縣へと渡した。


「そういや、御三家失脚後の引継ぎで混乱してるそうだな」

「それぞれ管理してた土地の情報が曖昧みたい。お姉ちゃんも難儀してるよ」

「あー、姐さん御愁傷様だな。特に南部家は九州地方だっけか。現場は大変だろうよ」


縣の脳裏に、とある九州地方の廃村が思い浮かぶ。

陽落村。

炎の様な隕石が落ち、そこから何故か栄え、いつしか流行り病で火が落ちるように消えたという、村。

冬場以外は堅牢な植物に覆われ、外界と遮断される謎の多い……そして危ないとされる場所だ。


(流石に今の南部家でも、あのやばい場所は閉鎖してるだろうな)


あぁ、そう言えばと。

縣は本を閉じ、鏡花へと視線を向ける。


「八俣に一族の女あてがって、勢力拡大しようとする家があるんだとよ」

「まとめ役達は黙認してるわよ。彼をどーしてもこっちの勢力に組み込みたいみたいだし」

「まぁルール作ってやるのはいいんだが、アイツは多分靡かねぇぞ」

「でしょうね。私も彼を篭絡しろって言われてて……っと!?」


ガタン、と。

部屋が大きく揺れた。

外から多くの足音が響き始める。


土蜘蛛ターゲットのお出ましか」

「新年早々面倒な仕事よね、さっさと倒して帰りたい、寝たい」

「まったくだな、んじゃま行くか」


二人は立ち上がり、音のする方向へと走り出した。

新年等関係なく現れる怪異に、今日も《裏》は対応する。





一方その頃。


某テレビ局のスタジオは、生放送中で賑わっていた。

芸能人やアイドルが集うその場の中心は、夢見羅観香。

そして、加宮嶺衣奈だ。


「えぇー!?って事は、嶺衣奈ちゃんは本当に妖怪なの!?」


MCを務める芸能人が、大げさに声を上げた。

勿論台本ありきなのだが、それでも参加者……そして視聴者も、興味深々だ。

だがMCと出演者は、微妙に台本から内容が離れて行く事に違和感を覚えていた。


【はい。ですが羅観香の背後霊になっていた時の記憶はないんです】


夢見羅観香と加宮嶺衣奈は、今や時の人だ。

ただでさえ目視できる背後霊だったのに、その在り方が変わってしまった、現代のミステリー。

加宮嶺衣奈の存在は、世界のオカルト界でもはやカリスマと化していた。


【今から話す事は、私の生前の記憶です。コレは事務所にも許可を得ています】


嶺衣奈の視線の先、羅観香がコクンと頷いた。


【最後の記憶は、このテレビ局の屋上。当時のマネージャーともみ合い、私は転落しました】


今もなお芸能界の闇として語り継がれる、加宮嶺衣奈の悲劇。

簡単ではあるが、嶺衣奈は当時の事を淡々と告白していく。

観客は絶句。

そして実況スレでは、すごい勢いでスレが消費され始める。


【……そして気付くと、羅観香の横で、寝てました。何故かカッターを持っていましたけど】

「えっと、待って下さい!いや、驚きな話ではあるんですがそれよりも!」


会場からの視線が。

代弁してくれと言う願いが。

MCへと集う。


「その、羅観香ちゃんと嶺衣奈ちゃんは、えと、愛し合っている、ように聞こえたんだけど?」


「えっと、はい、そうなんです」

【えぇ、世界一、大切な相手です】


一瞬の、間。

そして会場が大歓声に包まれる。


「待って待って待って!……え?いいんですかコレ?このまま続けても?あー許可があるんだぁ」


MCもはやりプロ。

気分を切り替え、ここぞとばかりに食い込んでいく。


「急にどうして、そんな大事な事を発表しちゃったんです?」


【生前の私が穢れ、そして死んだのは、結局関係を秘密にしたのが原因だったんです】

「だから、私が同じ様にならない様にって、嶺衣奈が直訴したんですよ」


もはや裏番組が悲惨になる程に、日本中の皆が番組を見始めている。

同時に「挟まりてぇ」と宣う輩は、すごい勢いで排除され始めた。


【……でも、羅観香は私よりも心を向ける男性ができたようですけど】

「ちょっ!?嶺衣奈!何言っって!」

【あら?私は彼なら認めようと思ってるわ。彼以外の男だったら排除するけど】

「そうだろうけどさぁ!なんでこの場で言うのかなぁ!」


顔を真っ赤に染め焦る、羅観香。

怒涛の展開に、MCすら茫然としている。


【ふふっ、妬けちゃうなぁ。彼を呪い殺したくなるわね】

「あ、それは無理だね」

【うん、知ってる】


「えと、その、羅観香ちゃんには気になる男性が、いると?」


次は羅観香へと視線が集まる。

羅観香は一瞬言葉を詰まらせたが、小さな声で、はい、と頷いた。


そして、またしても湧き上がる歓声。

勿論皆が聞きたいのは、それが誰か、だ。


「そ、それは流石に言えません!いや、それ以前にまだ気持ちの整理が!」

【会員ナンバー2の人でーす】

「きゃあああああああ!嶺衣奈!言っちゃだめでしょおおお!」

【私は会員ナンバー1だもーん!勝利!】

「待ってコレ生放送…!彼が見てたらどうするのおおおおおおお!」


以降。

この番組はある意味伝説と成り、羅観香の想い人が誰かと言う特定が始まった。

それはとある芸能人だったり、とある政治家だったり、どれも推測の枠を出れないでいる。

ただ、時たまファストフード店で変装した羅観香と会っている男性、ではと。

そんな噂が、小さく囁かれた。









テレビからの歓声が、部屋へと広がった。


「まさか智彦だったり……、ふふっ、流石に無いわね」


件の生放送を観ていた智彦の母親が、クスリと笑う。

先日、智彦から聞かされた事に驚きはしたが嘘とは到底思えず。

まず先に「つらかったね」と抱きしめてしまった事を思い出し、彼女は何となく恥ずかしさを感じた。


『母君、洗濯物は畳んでおきました』

「ありがとう、アガレスさん!一息どうかしら?」

『お誘いありがとうございます、ですが今からオンラインの討論会があるので』

「あら、引き留めてごめんなさいね、ごゆっくりどうぞ」


人間形態のアガレスを見送り、智彦の母親は甘酒を啜る。

机上には夕食の準備がされており、後は智彦が座るだけだ。


(そろそろ実家に帰る準備をしないと。アガレスさんの場合、切符は必要なのかしら)


智彦の母親が、窓の向こうに降り注ぐ雪を見つめる。

新幹線が止まらなければいいわね、と思うと同時に。

凍てついた空気の中で窓に張り付いた。季節外れのソレを見つけた。


(ナメクジ……?)


ただいま、と。

玄関から智彦の声が響く


「お帰り、智彦。寒かったでしょう」


智彦の母親はすぐさま立ち上がり、玄関で最愛の息子を出迎えた。


雪は、未だ降り続けている。

深々と。

深々と。

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