隙間録:水子
大型ショッピングセンターを携えた、地方都市のとある街。
先日からの雪で、街は雪化粧の様相となっている。
雪は降れど、人々の生活は鈍りはするが、止まらない。
大型ショッピングセンター前に停まるバスは多くの学生を吐き出し、また、車の行き来もにぎやかだ。
「なーんか毎日ジャスコに来ている気がする」
「こんな田舎だとここくらいしか遊ぶ場所ないのよ」
「商店街は殆ど閉まっちゃってるからねー」
防寒具を外しながら店内を歩く、三人組の女子高生。
やや不満そうな顔をする茶髪の女に、残り二人が気の毒そうな表情を浮かべた。
「こんな天気や真夏の日は、ココだけで買い物が全て揃うから便利だけどね」
「まぁ、都会から来た愛さんには物足りないかにゃー?」
「そうでもないよ、おしゃれなカフェも入ってるし」
茶髪の女……横山愛は、新しい友達二人からの言葉に笑みを浮かべて頷く。
が、内心では悪態をついていた。
(はぁ、っつーかまともに買い物できるのってここだけじゃん。規模も小さいし)
だが、なるべく表情には出さない。
友人関係は作っておくと便利な為、今は同意しておこうと、横山は考える。
(でも戻りたくないしなー。我慢して暮らさなきゃ。あーやだやだ)
あの後、横山は智彦のいる学校を辞め、この地方都市へと逃げて来た。
直海、藤堂と共に居る事で、智彦との騒動に巻き込まれたくなかったからだ。
当然プライドが邪魔をしそうになったが、智彦の異常さが解るだけに簡単に天秤は傾いた。
本人は気付いてないが、すでに両親からも半ば諦められている。
とりあえず仕事さえしてくれればいいや……そんな状態だ。
とは言え。
引っ越しして短い期間ではあるが、持ち前のコミュニケーション能力で、すでにクラスに馴染み友人もできた。
できたのだが、天敵がいない安心感から、以前の性格に戻りつつあった。
「ねぇねぇ、猫見て行こうよ、猫」
「いいね、ついでにトイレ砂買って行こっかな」
(あー、つまんない。仕事
靴裏に付いた雪を落としながら、横山の友人……美亜と志保が楽し気に歩いて行く。
その様子を、横山は気怠く眺めていた。
何故、退魔師である自分がこんな一般人と……そういう眼をしていた。
(そういや美亜は彼氏持ちだっけ。暇潰しで志保に寝取
智彦から、光樹に直海を寝取らせた時のように。
まず、志
そして、美亜にも志保の彼氏を意識させる。
ゆっくりと、されど大胆に。
(まずは彼氏の
アイツの時は、イレギュラーが重なっただけ。
自
横山が、醜悪に唇を歪め……。
「赤ん坊の泣き声が五月蠅いなぁ」
横山はつい、舌打ちをしてしまった。
それに対し、友人二人は、キョトンとした様で口を開く。
「え?何も聞こえない、けど?」
「親子連れもいないし、ねぇ?」
二人の言葉に、横山は慌てて周りを見渡す。
確かに、赤ん坊はおらず、学生だらけだ。
ならば、スマフォの着信音
(外からじゃあ、無い……え?私の耳に、直接?)
退魔師としての経験と、勘。
横山は赤ん坊の泣き声が自分にだけ、しかも直接耳の中から響いている事に気付き、背筋を凍らせる。
(憑りついた気
赤ん坊の声が、激しくなる。
横山は今自身の身に起こってる事の把握と、解決法を知識より探し始めた。
(符は……効
脂汗を流し、憔悴した顔できょろきょろと顔を動かす、女子高生。
傍から見れば、今の横山は異常な状況だ。
友人二人は流石に心配となり、声をかける。
「愛さん、体調悪いの?」
「そこのソファーで少し休」
「う
店内に響く大声。
多くの視線が横山に殺到するも、本人はそれどころでは無い。
「ん
浮遊
明らかに、自身へ害
と、そこで横
転校し
「
正確には、自業自得。
横山は狂ったように髪の毛を振り回し気を失い、《裏》の病院へと運ばれた。
新しい地での生活を。
友人を。
安寧を。
全て、失いながら。
一方、
智彦によって目覚めた藤堂も、大変な事となっていた。
「光樹!ねぇどうしたのよ!」
「落ち着け光樹!何も聞こえないぞ!」
「鎮静剤を持ってくるわ!」
智彦が訪れた翌日、直海はいつも通り、いや、罪悪感から藤堂の見舞いに来ていた。
一緒に部屋にいるのは、藤堂の両親だ。
わだかまりはあるものの、3人とも藤堂の回復に喜んでいた。
藤堂もこの時は穏やかに、夢の牢獄から抜け出せた事を喜んでいた。
いたのだが、ある時急に、恐慌状態に陥ったのだ。
「なぁ直海!あ、赤ん坊の声が聞こえないか?パパも!ね、聞こえるよね、ママ!」
「……聞こえないよ?」
空耳か、外からの声だろうと。
直海達は藤堂の言葉を置いておくも、藤堂は体中に汗を滲ませ始めたのだ。
「五月蠅い五月蠅い五月蠅いぃいい!止めでぐれ!俺の中に入……あああああ!?」
半狂乱。
藤堂の視線は忙しなく動き、涎を垂らしながら耳を塞ぐ。
「直海さんすまない!シーツで光樹の体を固定するから手伝ってくれ!」
「は、はい!」
その時、藤堂が父親の胸ポケットにあるペンを抜き取り……自身の右耳へと突き立てた。
「あっがぁぁ!痛いやべで!ぎぎたくない痛い痛い!ぎぎだぐぅうううううううう!」
「光樹っ!」
「馬鹿!なんて真似を!」
藤堂の父親が必死に体を抑え、母親が持ってきた鎮静剤でなんとか落ち着きを取り戻す。
直海は、真っ赤に染まったベッドを見て、茫然としていた。
「…… …… ……!?」
「…… …… ……!!」
何故、こんな目にと。
何故、安らぎが無いのかと。
全ては己のしでかした事が起因だと気付かずに。
直海は、涙を流した。
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