恨み神 ~エピローグ~



ゴトリ、と。

厚い石の扉が崩れ、砂埃が舞う。

外界から隔離されていた空洞に光が入り、冷たい空気が中の淀みを攪拌した。


「君、すまない、ライトを照らしてくれ」


壮年の男性の声で、空洞内に灯りが広がった。

広さとしては、4畳半程。

自然にできた岩の穴倉らしく、ゴツゴツとした岩に囲まれている。

そして、その空洞内に横たわる……影。


「ひっ!?」


ライトを向ける若い女性が、短い悲鳴を上げた。

同様に、周りの面々からも息が漏れる。


横たわる影は、人骨だ。

ボロボロとなった黒いセーラー服を着ている事から、生前は学生だったと推測される。


空洞を観察していた男性は人骨を認めると、合掌。

少し間を置いて、屈みながら中へと進みだした。


保場ほば教授!?」

「ちょっ!教授!」


周りの面々の驚きの声に片手を振る事で返し、男性……保場は人骨をミニライトで照らした。


「ふむ、資料にあった通り……ん?」


保場は、ミニライトを横へとずらす。

すると空洞内にもう一体、同じようなセーラー服を着た人骨が横たわっていた。

まるで仲良く手を繋ぐように。

保場はその様相に首を傾げ、空洞内から這いずり出た。


「ふむ?おかしいな。人骨が二体もある」

「えぇ?でも資料では、生贄にされたのは一人だけ、ですよね」


保場の言葉に、面々が同じように空洞内を覗いた。

その間、保場は空洞周りを改めて見渡す。


季節は一月末。

厳しい寒が、色濃い吐息を空へ滲ませる。


茶色く枯れた蔦状の植物に覆われた、木々、地面、そして、祠。

祠は最早朽ちており、土台だけが残っている。

そしてその下……石の扉で封をされていた、空洞。

保場は手帳を取り出し、周りの面々に聞かせるように、言葉を綴った。


「ここには第一次世界大戦前に、陽落ひおち村という名の村があった。名の由来は、この辺りの集落群で一番西側にあったからだ」


保場は唇を湿らせ、言葉を続ける。

村と謳ってはいるが、規模的には町程度だったらしい。

主な産業は、鉄。

九州地方での鉄鉱脈は珍しく、だが規模が小さいために、そこそこの繁栄で止まっていた。


「ある日、陽落村で原因不明の病気が流行る。資料によると、気が触れたように死に、その死体が動き、村人を襲ったそうだ」


「まるでゾンビっすね」


話を聞く一人が発した言葉に、保場は頷く。


「そう、その通りなんだ。村人は彼らを採掘場へ押し込み、隔離した。そして、沈静化を図るべく人身御供を置いたんだ」


保場の視線が洞穴へと向き、一同もそれに倣う。


「彼女の名前は、よろず花子。この村で青春を謳歌する16歳の若人だった……んだが。もう一人は一体誰なんだ……」

「恐らく、花子さんの妹、かも知れません」


保場の後方から聞こえる、落ち着いた声。

灰色の長い髪を揺らした美少女が、数人の学生と共に、悪路を踏みしめる。


「郷土資料館に収められた文献から、彼女達は双子で、それ故に片方が人身御供となったようです」

「ほう、それは何故?」


美少女はタブレットを取り出し、幾枚かの資料を表示し、保場へと見せた。


「むー、電波が弱いです。えと、双子が縁起が悪いとされていたからです、紐解くと後継者や遺産相続で揉めた経験から、混乱の火種として扱われたようですね」

「ふむ、ならば生贄としては最適だったわけ、か」

「はい。それで、妹さん……彩子さんですが、生死不明なんです。それ以前に、被害者の正確な数も無いのですが」

「当時の混乱を考えると仕方ないのかも知れないな、……妹さんは、姉と共に居る事を選んだのだろう」

「可能性の話、ですけどね」


美少女が空洞へと歩み寄り、蓋となっていた石の扉を、見下ろした。

空洞側にはどす黒い染み……恐らく花子が引っ搔いた血の痕だろう。

つまり、彩子がここへ来た時には、姉である花子はすでに死んでいた可能性が高い。

しかも、苦しんだ末の死。

彩子の胸中に沸いた感情は、何だったのだろうか。

美少女が手を合わせようとすると、空洞内に白い破片が転がっているのを見つける。


(白い、仮面……?)


「いやぁしかし君が協力してくれて助かった。ココについての文献は特徴的な文字や言い回しが多いからね」

「当時は税逃れ等に利用する為、村特有の文字を作ったようですから」


褒められる事がこそばゆいのか、美少女は顔を絡めた。

そんな彼女を、保場達が囲みだす。


「それが解るんだから、すごいよ!」

「君のお陰で、今回の調査の準備期間が大幅に短縮できたしね」

「テント生活になるけど、困った事があったら私達に言ってね?」

「へへっ、女子高生がいるだけで、泥臭い現場に華があるな」

「こら、変な事考えないの!」


「改めて、我々、肥後学園大学民俗学部は君を歓迎するよ、郷津ありす君!共に、陽落村……、いや、火落村の謎を解き明かそう!」


「は、はい!」


美少女……天恵女学院の生徒である郷津ありすは、嬉しそうに。

保場から差し出された握手を、しっかりと握り返した。

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