闖入者
嘘だろっ!?
スチーム暖房が独特の音を響かせる、元宴会場の一室。
吉祥寺
指の傷が開き、深紅に染まる絆創膏から血が零れだす。
「悠胤!どうした!?」
「血、いぱい出てる!」
傍に居た
いつもは不敵な笑みを浮かべている悠胤が焦っている様子を見て、二人の胸中に不安が広がる。
「……ごめん二人とも、少し、待って」
悠胤は床へとずり落ち、そのまま体育座りとなり蹲った。
嘘だ、ありえない、と言った言葉を唇で網羅し、体をカタカタと震わせる。
あぁ、やはり子供なのだ、と。
功刀と涼雪は、思ってしまう。
《裏》の世界で巨大な力を持つ……いや、持っていた吉祥寺家。
その当主であった界胤が力を失い、吉祥寺家ではお家騒動が勃発した。
多くの候補がいる中、霊力の扱い方、そして界胤からの篤い教育により、悠胤が若いながらも次期当主候補とされていた。
だが、悠胤は年齢を理由に辞退し、実の父親に譲る。
そして吉祥寺家が落ち着きつつあるその裏で、智彦への復讐を企てた。
また子供ではあるが、恐るべき行動力。
実は幻術で子供に見せかけている大人なのでは?と少なからず疑っていた二人に、今の悠胤は年相応に見えてしまった。
「僕の血を使った呪術は、完璧だったのにっ!今まで失敗なんかしなかったのに!し、しかも!僕と、め、眼が合ったんだ!」
失敗。
悠胤の放った言葉に、功刀と涼雪は顔を見合わせた。
悠胤の血を使った呪術。
それは、彼の血を相手の体内へ入れて発動する呪いだ。
相手の精神に作用し、本人に耐えがたい苦痛を与える夢を見せ、夢の中で死に追い込む。
そうなると夢を見ている人間は、二度と起きる事は無い。
屈強であっても、無意識下の精神が鋼の様な人間は居ない。
精神が強い人間であっても、過去のトラウマなどを操作すれば、容易く死へと追い込めた。
また悠胤の血は、依頼人本人に、呪いたい相手に摂取させる仕組みを作っていた。
これにより万が一失敗したとしても、呪いが返ってくる事は無い。
勿論、依頼人とは仲介人を介して取引をしていた為、悠胤達の身がバレる事は無い。
確実性と、隠密性。
悠胤達はこの方法を使い、多くの呪殺依頼を達成して来た。
勿論、成功率は100%で、だ。
なのに、失敗したという事実。
やはり相手は化物なのだと、功刀と涼雪は、気付かぬ内に口内と喉が渇かせる。
待つ事、約30分。
何とか落ち着きを取り戻した悠胤は、功刀と涼風へと視線を向けた。
「……間にあの二人を立たせたのは正解だった。そうでなければ、呪いは僕達に返って来てた」
「なぁ、悠胤。答えたくなければいいんだが……どんな感じで失敗したんだ?」
「呪い気付かれた?それとも、効かなかたか?」
功刀と涼雪の問いに、悠胤は乾いた笑いを漏らし応える。
「成功してたんだ。アイツの命を狩り取れたと思ったんだ。……だけど、まさか、屋上から飛び降りて無傷だなんて」
「高さが足りなかったんじゃないのか?」
「夢を操作して、校舎の高さを10F建てのビル相応にしたのにだよ?しかもこっちを向いて、眼が合ったんだ……ハハハ、もう笑うしかないよ」
驚愕する功刀。
その横では、涼雪が立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
「今回は失敗したけど、まだチャンスあるね。でも少し時間をおいた方が良いかもよ」
「……だな!ならさっさとここを引き払うか。ほら、行こうぜ悠胤」
功刀が、涼雪が、悠胤へと手を伸ばす。
悠胤は少し間を置き、困った顔をして二人の手を握った。
「そう、だね。依頼で稼いだお金もいっぱいあるし、アイツを殺す為に力を蓄えようか」
「本国の知人頼て、色んなの仕入れるね。銃もいっぱい揃えるか?」
「残念だが銃は効かなかったらしい。だから呪術で攻めるのが良いかもな」
「うん。呪術は間違いなく効いたんだ。呪術に特化した人材や祭具を集めようか」
悠胤は自分に言い聞かせる為に、心の中で今の言葉を反芻する。
そう、悠胤の呪術は、間違いなく効果があった。
今回は失敗したが、次は相手へと摂取させる血の量を増やせばよいと。
どうせこちらの存在を気取られてはいないから、やりようはいくらでもある、と。
悠胤は今回の失敗を糧に、前に進もうとし始める。
《裏》に怪しまれるのも厄介だと、悠胤は外に居る仲間へ、一時的に解散する事を伝えようとする。
功刀が声を上げたのは、その時であった。
「……あん?なんだ?」
功刀は動きを止め、眼球を忙しなく動かし始めた。
功刀が使役する式との、視覚の同期化。
悠胤と涼雪はソレを知ってるだけに、何かあったのだろうと考える。
「どしたね功刀、またココに浮浪者とか紛れ込んだか?」
「今日はここを引き払う予定だし、殺さない様に指示出さなきゃね」
功刀は体を震わせながら、二人へと顔を向けた。
大粒の汗が滲み、首筋を流れていく。
「か、監視用の式が、やられた。見張り達も、し、しし、死んでる!」
少しの、間。
涼雪は悠胤を部屋の奥へと移動させ、入り口と部屋内に張り巡らせた糸を動かす。
功刀も恐慌からすぐさま立ち直り、鎧武者の式を発現させた。
侵入者を伝える連絡は無い。
それだけ相手の脅威度が高いのだと、三人は緊張を走らせる。
「もしかして、八俣、か?」
「アイツの家とどの位離れてるか解てるか?」
「なら、誰だよ!余程の実力者だぞこれ!」
遠くから、悲鳴が聞こえた。
それが、だんだんと近づいてくる。
「《裏》には私達の事、ばれてないはずね」
「その手の能力を頼り僕の呪術だと見破った誰かが、『はぐれ』に復讐を頼んだのかも知れない」
「ふん、なら俺の又兵衛と、涼雪の糸で余裕だろう」
戦国時代の武将を模った式を使う、功刀。
霊もしくは相手の霊体を糸で縛り身動きをとれなくさせる、涼雪。
《裏》の世界から見れば、二人はかなりの実力者に入る。
実際、落ち目となった自身の家を支えて来た人材だ。
二人で攻めれば、普通であれば負けはしないだろう。
「……っ先手必勝ね!」
「撫で切れぇ!又兵衛ぇ!」
そう。
普通であれば、だ。
扉が開くと同時に、人影に涼雪の操る糸が絡まった。
同時に、功刀の式が人影の首を狩り取……。
「へっ!?」
「はっ!?」
絡み付いた糸をブチチと弾かせ、人影は難なく部屋へと入り込む。
そして、人影の首を狙った式の放つ刀が、パキュンと折れた。
余りの事に呆然とする、功刀と涼雪。
チカリと電球が瞬き、人影を照らした。
パジャマにジャンパーという良く解らない服装の、地味な男。
人影……智彦は二人を眼中に入れず、部屋の奥の悠胤へ、挨拶代わりに右手を上げる。
「こんばんわ、呪いを返しに来たよ」
「げぇっ、八俣っ!」
悠胤は顎が外れそうな程に口を開け、絶望を漏らした。
逃げるように、奥の壁へと体を貼り付かせる。
「な、なんでココにいるね!?お前の家とココどんだけの距」
「一所懸命走ってきたからだよ」
「どう、どうしてココが解ったんだよ!ってか何で俺達の仕業だと」
「友人が教えてくれたんだよ、っと。ごめん、邪魔だから消すね」
智彦は足元に落ちていたビール瓶を拾い、功刀の式へと振り下ろした。
ガラスの砕ける、音。
その音色に、戦国武将の頭蓋が爆散する音が混じる。
「さて、そちらにも都合はあるんだろうけど、消させて貰うね」
消えていく式を呆然と眺めていた功刀と涼雪だが、命の警鐘を感じ取り、智彦へと目を向けた。
静かな……いや、違う。
無、だ。
まるで日常生活で歯を磨くかの如く、この男は命を刈り取れるのだ、と。
二人は命を長らえる為に、口頭での交渉を開始した。
「まままま待て!話を聞いてくれ!」
「そうね!私達にも事情あたよ!」
「事情や都合はあったんだろうけど、こっち殺そうとしてそれは無いでしょ」
智彦は、目の前にいる三人と、復讐の動機を知っている。
と言うのも、ここに来る間に田原坂へと電話をしたからだ。
当初、今回の件は《裏》にとって寝耳に水であった。
だが《裏》は、智彦へ恨みを持つであろう人物、現在所在が解らない人間等を材料に、悠胤達の可能性が高いとすぐさま導出。
後日お詫びと会談の場を。
そして悠胤はできれば生かしておいて欲しいが、残り二人は処理しても大丈夫、と。
既に裏での取引を済ませていた。
「ちょ!待っ!最初、こっちの親に手を出したのはお前が先だろぉっ!」
「ですだよ!何も殺す必要なかたよ!」
「いや、あの人達はこっちを殺そうとしたからやり返しただけで……あぁ、もう面倒だ」
智彦は体に絡まっていた糸を手に取り、勢いよく引き寄せた。
涼雪は踏ん張る事すらできずに、智彦へと引き寄せられる。
「ひっ!んぱぁ!?」
涼雪の体に当てられた、 掌打。
損壊はしないものの、その衝撃で涼雪は体の中のあらゆるモノが破壊された。
様々な穴から血を溢れさせ、涼雪はそのまま絶命。
「ひっ!来るな!来べへっ!?」
苦し紛れに手持ちの式を発現しようとした功刀。
そこに功刀の式を葬った瓶の持ち手部分を、智彦が投擲。
自身の式と同様に頭蓋を爆散させ、功刀の体が床へと崩れ落ちた。
「……鏡花さんからは殺さない様に頼まれたけど、どうするかなぁ」
パジャマが血で汚れていないか確認しつつ、智彦は悠胤の下へと近づいて行く。
もはや、悠胤に逃げ道は無い。
「でもまぁ、夢の中とは言え親を殺したから。そっちの復讐動機と一緒だよね?」
「いやだ、死にたくない死にたくない死にたくなィいやだぁぁあ!」
手を出してはいけなかった。
今更ながら遅すぎる後悔を胸に、悠胤は生を懇願する。
智彦が悠胤の頭部を掴もうとした、その瞬間。
『
突如背後に沸いた声と気配に、智彦は緩慢に振り返る。
『
歪に重なった、声。
黒いセーラー服に身を包んだ、黒く長い髪の少女。
その顔には、子供が図工で作ったような稚拙な白い仮面。
「……恨み神」
以前、彼岸花の社で来根来東矢から聞いた、存在。
智彦は、その名をぼそりと漏らした。
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