恨み神

恨み神 ~プロローグ~



「明けましておめでとー」

「昨日会ったばっかじゃん、でもまぁ、おけおめー」


元旦。

昨晩の曇天が嘘のように消え、煌々と初日の出で彩られた、空。


人がまばらな神社の境内で、眼鏡娘とボーイッシュ娘が今年初の邂逅を成す。

二人の服装は晴れ着では無く、動きやすい格好だ。

二人は話しながら境内で振舞われる甘酒を受け取り、狛犬横へと陣取った。


「ふぅ、あったまる……、参拝客、思ったより少ないわね」

「ここはいつも10時頃が混むからね。あちちっ!」


二人は人の流れを見ながら、甘酒を緩慢に口へと運んだ。

時たま顔見知りと目が合い、手を振り返す。


「そういや初夢どうだった?私はバイトしてる夢ー、最悪だよ」

「私は予想通り、夢の中でも勉強してたわよ。しかも何故か先生に怒られながら」

「最悪じゃん」

「最悪だよ」


時たま、二人のスマフォから音が流れる。

どうやら新年の挨拶が来ているようで、二人は甘酒の入った紙コップを落とさぬよう、返信し始めた。


「塾はいつからー?」

「今日の夕方から」

「うーわ、あんたも大変だけど、塾のスタッフも大変だね」

「ホントにね。将来は正月休める仕事に就きたいなぁ」

「公務員になれば?」

「なりたいわねぇ」


甘酒を飲み、スマフォを弄りながら、会話を続ける二人。

器用な事をしながらも、それが乱れる事は無い。


「変な事言うけど今この状況、勉強しすぎで疲れて寝てる私が見てる夢なんじゃ、って思った」

「あー……なんか国語で習った事あるかも。月光蝶……だっけ?」

「胡蝶の夢ね。夢の中の自分が現実か、現実の方が夢なのか、って奴」

「あぁ、あるある。起きたつもりでも実は起きた夢見てて、遅刻しちゃう奴だ」

「ちょっと違うかな…いやだいぶ違うわ。……甘酒お代わり貰おっと」


二人は顔見知りの巫女さんに頼み、再び甘酒を注いで貰う。

そして再び、同じ場所へ。

空気は冷たいが、陽の光りは温かい。

それが二人の頬の紅潮を、鮮明に映し出す。


「一昔の前にそういう作品流行ったみたいだね。物語は全て植物状態の主人公が見た夢でしたーとかさ」

「一時期鬱エンドがトレンドだったみたいだからなー。今もそういうのあるけどさ」


ふと、遠くから救急車の男が聞こえだす。

二人は黙ったまま、ドップラー効果の余韻に浸った。


「まーた寝たまま死んだ人出たのかな」

「夢の中で死んだらそのまま死ぬ夢、って都市伝説よね?最初は老衰なんじゃと思ってたんだけどね」

「若い人も数人死んでるって話だし。焼却炉の夢、思い出しちゃった」


ボーイッシュ娘の紡いだ言葉に、眼鏡娘は一瞬思案した。

そして、そういう都市伝説があった事を思い出す。


「前に並んでた人が次々と燃え盛る焼却炉に放り込まれる夢、だっけ」

「そうそう、寝る度に自分の順番が近づいてくるの」


自分の前の人が、焼却炉に放り込まれる。

火達磨になり叫ぶ人を目の前にするも、恐怖を感じない。

そしていよいよ自分の番……、だと思ったら、放り込む人に「今日はここまで」と止められ、目覚めるという話。


「その人、どうなっちゃったの?」

「さぁ?続きが無いって事は死んじゃったんじゃないのかな」

「オチが無く恐怖とモヤモヤを抱かせるいやらしい都市伝説だこと」

「ねー。せめて夢くらい楽しいもの見させて欲しいよね」


さてと、と。

二人は示し合わせた様に紙コップを潰し、ゴミ箱へと捨てた。

甘酒の熱気を含んだ白い吐息が、朝霧の様に霞んでいく。


「私は塾まで、家の手伝い。親戚が集まるからね」

「お年玉いっぱい貰えて羨ましいよ。こっちは続けて大掃除です」

「親戚のガキどもの御守り大変なんだよ?じゃあ、またねー」

「おうよー、今年もよろしくー」


別方向へ帰って行く親友に、ボーイッシュ娘は手を振りながら苦笑い浮かべた。

親戚の集まりなどウザくて自分には無理だなと、白い息を吐き、踵を返す。


(おんやぁ?)


少し歩いたボーイッシュ娘の視線の先には、男二人と女一人。

神妙そうな顔つきだが、地味な男はめんどくさそうに眉を顰めている。


(新年早々大変っすねー、御愁傷様です、っと)


雰囲気的に、痴情の縺れ、もしくは浮気したされたの修羅場だろう、と。

ボーイッシュ娘は楽しそうに、三人を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る