隙間録:能登



大晦日。

生憎の曇天で、その名の通り月の無い、晦の夜。


暗闇の中に灯る蝋燭の様に、闇夜に煌々と浮かぶ、畑に囲まれた小さな神社。

初詣の参拝客の為に、境内は明るく照らされている。


とは言え、参拝客は少ない。

時たま訪れる家族連れが、場を賑やかにする程度だ。

お守りや破魔矢を置いて行く人。

自販機でおみくじを買い、樹々に結んで行く人。

境内に神主や巫女はおらず、訪れる人々もそれは承知の様に、粛々と参拝している。



「ここでいいか」



灰色のコートに身を包んだ女性が、白い吐息を漏らす。

女性は燻ぶる焚火跡へ、境内内で拾った木々を投げ込んだ。


少し置いて、灰色の土へオレンジ色が再び灯る。

蘇った焔は、女性の……能登の顔の影を揺らした。


能登はバッグから丁寧に折り畳んだ……そして少し膨らんだ新聞紙を取りだし、火の中へと押し込む。

新聞紙が火力を強め、境内へと燈色が広がった。


パチ、パチ、と。

火は乾いた音を上げながら、自由に揺れる。

能登はそれを網膜へ焼き付かせ、じっと見つめていた。


ふと、焚火の中より、異臭が広がった。

能登は目を見開き、周りに人がいないか……気付いた人がいないかを伺う。

境内に人はいたが、どうやら匂いに反応する人はいないようだ。

匂いは冷たい空気に攪拌され、煙と共に上へ……空へと昇って行く。



時間にして、20分程。

火は消えるも、灰はまだまだ赤い。

能登は長い木の枝で灰をつつき、中から炭化したモノを手繰り寄せた。


「…… …… ……」


合掌。

眼を閉じた能登は小さく言葉を紡いだ後、枝でソレを砕き始める。


ガシガシ。

ガシガシ、と。


小さく砕かれた黒い砂を、能登は灰へと混ぜる。

そして再び、合掌。

その後、白い息を吐きながら立ち上がり、外へ繋がる階段を降り始めた。



ふと、境内からの灯りに影が差す。

能登が振り返ると、階段上から能登を見下ろす、スーツ姿の男性。


「良かったんスか?姐さん」


逆光で顔は見えないが、声と軽薄そうな物言いで誰だか解る。

自分が行った悪事がバレている、と。

能登は吹っ切れた様に、笑みを浮かべた。


「えぇ、今なら引き返せると思ったからね」


能登の声に、男は満足そうに頷いた。


「うんうん、正解ッス。ホント、踏み止まってくれて良かった」


能登が今しがた灰へと還したのは、人肉だ。

人食い人形の二人目の犠牲者である女性の、体の一部。

ほんの、ひとかけら。

能登は現場に落ちていたそれを弁当箱へと入れ、持ち帰ったのだ。


「もし、私がアレを食べたら、貴方が罰したのかしら?」

「……プッ!クハハハハッ!いやいやいや、俺は・・何もしないッスよ」


能登の神妙な物言いに、男は一瞬の間を置いて、噴き出す。

失礼な反応ではあるが、彼らしいと、逆に安心感を抱いた。


「ですが、一度口にすると、歯止めが効かなくなるんスよ。甘美さを求め、満たされない欲求の為に、その手を穢して行く事になる」

「まるで実際に体験したかのような言い方ね」

「そういう輩を何人も見て来たッスからねぇ。まぁ、奴らは例外無しに破滅して畜生道に墜ちたッスけど」

「そう……」


この男が言うのであれば、事実なのだろう、と。

能登は、薄らと上がる白い煙を見つめる。


要は、犯罪者と同じだ。

罪で罪を重ね、最後には破滅する。


思い止まれたのは、偶然だ。

人食い人形の事件に携わり、四十万芽瑠汀の抱える闇を垣間見れたから。

自身もその道を歩もうとしていたのだ、と。

能登の顔に自嘲気味な笑みが浮かんだ。


「……寒っ。じゃあ、私は帰るわね」

「えぇ、お気をつけて。良いお年を」

「貴方も、良いお年を」


最後に男を一瞥し、能登は駐車場への道を進んでいく。

彼女の後姿を見つめながら、男は白い息を吐きだした。


焚火跡に、誰かが木々や枯葉を放り込む。

朽ちたモノは焔を生み、境内を燈色へと彩った。


「墜ちる奴もいれば、止まれる人もいる。いやぁ、やっぱ人間は面白いッスね」


男の影が、音も無く消える。

だが参拝客は、誰も気にしない。

まるで最初から誰もいないかのように、風に身を振るわせるだけだ。


男が消える瞬間。

地面に縫い付けられた、男の影。

その額に、角の様な突起物が生えているのを。

雲から顔を覗かせた月だけが、見ていた。


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