人形 ~エピローグ~
「なんかさぁ~」
「うん?」
「つい先日まで夏だったじゃん?」
「あー、うん、月日が経つの速いよね」
「ホントよー」
寂れた商店街の一角。
店主が趣味で続けている駄菓子屋の軒先で、いつもの二人……眼鏡娘とボーイッシュ娘が、会話に華を咲かせている。
「明日大晦日だよ?もう来年だよ?」
「まぁ大晦日も正月も、塾はあるんだけどね」
豚足味の細長いスナック菓子を頬張りながら、眼鏡娘は気怠そうに空を見上げた。
ボーイッシュ娘は、おしるこドリンクを両掌でゴロゴロと回し、暖を取る。
「この時期のテレビ、面白くないんだよね。あ、でも、夢見羅観香の出る歌番組は見なきゃ」
「加宮嶺衣奈の霊が見えるようになって、しかも一緒に歌って踊るって、異常よぉ」
「海外からも一杯オファー来てるみたいだよ。オカルト系の掲示板も連日大賑い」
元々、夢見羅観香の人気は、高かった。
それが最近では、異常なモノとなっている。
原因は、突如見えるようになった、加宮嶺衣奈の幽霊。
しかも幽霊なのに、まるで人間の様に会話し、歌い、踊り、喜怒哀楽を表現できるのだ。
これに関しては、未だにそっくりさん説や合成説が、有力となっている。
……のだが、ファン達は、加宮嶺衣奈の出現を本物と認め、歓迎。
二人が奏でる歌は、ファンを含めた多くの人々を魅了し始めていた。
「ここ5日間で、ファンクラブ数が3倍近くに膨れ上がったんだってさ。海外からも殺到してるっぽい」
「そりゃそうでしょうね。人間と霊の共存……そっち系が好きな人には、信仰対象だわ」
「お行儀の良い信仰ならいいんだけどさ、一部熱狂的なのがいるっぽい、かな」
「あー……、幽霊になって永遠の若さと命って奴?馬鹿な事しなきゃいいんだけど」
「ねー。将来的にはどうなんだろう。夢見羅観香だけ老いて、死んで……加宮嶺衣奈だけ残される、とかさ」
二人の言う様に、羅観香の周りにはきな臭い影が蠢き始めていた。
だが不思議な事に、しばらくするとそれらの気配が消えているのだ。
この時決まって多くの霊が目撃される事から、霊となった彼女達のファンが……もしくは死してファンとなった霊が、彼女達を守っているのだと噂が広がる。
実際、羅観香達のライヴでは、ヲタ芸の様に動く人魂が目撃されて行く事となる。
風が、吹き抜けた。
二人は一瞬体を震わせるも、マフラー、コート、ストッキングと防寒対策は完璧だ。
店内に並ぶ駄菓子を物色しながらも、会話を続ける。
「そういやさ、あの連続殺人。犯人は私達と同じ年齢らしいよ」
「特定班の動き速かったよね、あれ。10人以上の遺体を解体してたってサイコパスかよ」
「友達の友達に聞いたんだけど、あの人食い人形の飼い主だったって話もあるよ」
「嘘っぽいなぁ。と言うか、人食い人形と痴女人形の話、急に聞かなくなったよね」
「痴女人形の方は、流石に寒くて止めたんでしょ」
「やっぱ中に人が入ってたってオチか。……おばちゃん、これも追加で下さーい」
籠の中に無造作に投げやられる、5円玉型のチョコ、酸っぱいのが混ざったガム、指輪型の飴……。
眼鏡娘がポットを使い、ブタの絵のついた小さなカップ麺へお湯を注ぐ。
ボーイッシュ娘は白く長いお菓子を口に咥え、タバコの様に唇で弄ぶ。
駄菓子の味を楽しみながら、二人はスマフォへと指を伸ばした。
「んー、後は面白い話、ないかなぁ」
「駅前トイレに出るドッペルゲンガー……何で場所限定なのよ」
「鏡ってオチじゃ無いの?んと、ありゃ、なんか削除されてる動画がある」
「あー、それさ、なんか地味な人がマネキン殴ってる動画だったかな?何故か消されるんだよね」
「意味わかんないや……ん、やっぱ夢見羅観香関係で掲示板の流れが圧殺されてるか」
「仕方ないね」
「仕方ないか」
二人の持つ時計が、それぞれ14時を伝える。
昼時なのに、空気はすでに夕方だ。
眼鏡娘は大きく息を吐き、余った駄菓子を鞄の中へ乱暴に仕舞い込んだ。
白い吐息が、空へ溶けていく。
「あーぁ、塾行かなきゃ」
「お疲れ、私は大掃除の手伝い」
「頑張れー、また年明けに」
「おうよー!お互いに良い初夢見れるといいね」
「私は夢の中でも勉強してそうな気がするよ……、あぁ、夢と言えば、夢の中で死ぬ夢、ってあったね」
「そのまま目を覚まさずに死んじゃうって奴?なら誰が言いだしたんだって一時期話題になった都市伝説か」
「そそっ。まぁあんたはどうせ徹夜するんでしょ?じゃあ、良いお年を」
「うぃ、良いお年を―」
眼鏡娘がシャッターの並ぶ道を出ると、途端に人と車が多くなる。
受験に頭を悩ませていない親友を内心恨みつつ、眼鏡娘は人混みへと消えて行った。
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