唯一



女性にしては長身。

細い見た目とは裏腹に、しっかりとした筋肉。

肩甲骨あたりまで伸ばしたあさぎ色の髪の毛。

一見すると儚い美少女である、加宮嶺衣奈。

だがやや釣り目気味の眼には力強い生命力を宿しており、その言動は多くの人を魅せて来た。


夢見羅観香のライバルでありパートナー。

悲惨な死を遂げた、アイドル。

その加宮嶺衣奈が、目の前に存在している。


養老樹グループのパーティーに招かれた客は、あの加宮嶺衣奈が生き返った、などと思うであろう。

同時に、裏の世界に身を置く人間ならば、あの気持ちの悪い存在は何なんだ、などと思うであろう。


そして、ある程度霊力が高い人間であれば、こう思うであろう。

加宮嶺衣奈が、二人いる、と。


片方は、パートナーである夢見羅観香を庇う様に、両手を広げ。

もう片方……四十万芽瑠汀だったモノは、今まさに、両手を広げた加宮嶺衣奈を暴力的な顎で屠ろうとしている。


「嶺衣っきゃあああっ!?」


四十万芽瑠汀だったモノの口が、人間の可動部分を越え、パカリと大きく開いた。

びっしりと生えた、どす黒く染まった爪楊枝の様な歯。

誰もが、羅観香が。

見えている者には、嶺衣奈が。

容易く喰いちぎられる様を幻視してしまう。


絶望が、嶺衣奈の霊の首筋へと、届く。




……前に。

ガギン、と。

硬質な音が、喧騒を上書きし、会場内へと響いた。


「っ痛ぁ!なんて力だ」


四十万芽瑠汀だったモノの口には、伸ばされた智彦の手が収まっていた。

衝撃でスーツは弾けた様に破けるが、硬化された智彦の腕は健在だ。


「疑似ゴーレムか」


智彦は、自身の腕に食い込む歯を、忌々し気に見つめる。

動画内で、一人目の犠牲者を屠った牙。

バイト仲間であった桑島を殺したであろう、凶器。


(芽瑠汀さんの姿をしていたって事はそう言う事だよ、な?)


疑似ゴーレムには、加宮嶺衣奈の姿をした霊が憑いていた。

カニバリズム……疑似ゴーレムは、人を食べ、人間に成ろうとした。

今、目の前の疑似ゴーレムは、まるで本物の人間の様に、見える。

つまり、カニバリズムというふざけた呪いを成し得た、と言う事だ。

智彦の中で、点と点が繋がった。


(恐らく芽瑠汀さんはコイツに……。食べた人間の姿に成れるのか? 冒涜だな)


だが、加宮嶺衣奈の姿はどのように手に入れたのか?

そう考えていると、疑似ゴーレムが、慌てて口を放そうとする。

が、智彦はもう片方の腕で顔面を掴み、動きを封じる為に床へと抑え込んだ。


「見た目が嶺衣奈さんだからやり辛いな。せれん!鏡花さん!コイツ、破壊しても問題ない?」


智彦は、熾天使会の石田の話を思い出す。

疑似ゴーレムは、一応ではあるが貴重なモノだ。

それを今から壊すので、念の為に確認したのだ。


「熾天使会としては問題ないわぁ、そんな穢れた物、思い切りやっちゃっいなさぁい」

「こちらとしては貴重な資材なんだけど、状況が状況だし仕方ないかな!でもできれば壊さないでぇ!」


見ると、養老樹の守護天使が。

符をを手にした鏡花と縣が。

其々、周りの人々に被害が行かぬよう、結界らしきものを貼っていた。

縣と紗季は、逃走経路を塞いでくれている。

《裏》と熾天使会は智彦を最大火力だと認め、任せる事にしたようだ



次に、智彦は羅観香へと目を向ける。


何か言いたげではある。

だが、羅観香は薄らと見える嶺衣奈を見つめ、口をぎゅっと紡ぎ、智彦へ頷いた。



「なら、鏡花さんには悪いけど、遠慮なく!」


これで、桑島の仇が取れる、と。

智彦が握り拳を作り、そのまま疑似ゴーレムの頭部へと叩きつける、……その瞬間。

疑似ゴーレムの首がぐるんと真後ろを向き、その顔を桑島のモノへと作り替えた。


『アイドルに成リたかっタな』

「っ!?」


バイト中によく聞いた声に動揺し、智彦の拳の軌跡がずれた。

疑似ゴーレムの右頭部が砕け、脳漿……いや、腐った肉の様な物が、飛び散る。


「くそっ」


普通であれば致命傷ではあるが、疑似ゴーレムは力の抜けた智彦の体から這い出した。

その姿が、疑似ゴーレム本来の姿……ゴツゴツとした木製のマネキンへと、戻り始める。


『あぁ、邪魔ダ。邪魔だ。この場で、皆の前デ、本物の嶺衣奈に成ろうとしたノに』


黒ずんだ、木製の体。

なのに、躍動する血管。

赤く濁った眼球と、爪楊枝の様な歯が収まったむき出しの歯茎。


一人目の犠牲者の時の様相より、禍々しい姿。

疑似ゴーレムの頭部が蠢き、砕けた部分が修復され始めた。

余りの異様さに、周囲から悲鳴が上がる。


「嶺衣奈さんの姿に成る為に、人を喰ったの?」

『芽瑠汀が言ってタ。嶺衣奈は素晴ラしいと。嶺衣奈はこの世の宝であルト!嶺衣奈と成れば、皆が幸せニナれると!』


意思の疎通。

これには、会場内の《裏》と熾天使会が驚愕した。

先日の石田の件で、人食い人形が疑似ゴーレムであると言う情報は、二つの組織に共有されている。

勿論、疑似ゴーレムがどういう存在なのかも。

人を簡単に殺せる存在が自我を持ち、自身で考え行動している恐怖。

会場内は、一層緊張に包まれる。


『だから私ハ!嶺衣奈にナル!皆の前デ偽物を消シて!私が本物になるの!」


跳躍。

ボグン、と。

裸の嶺衣奈の姿となった疑似ゴーレムはホールの床を穿ち、再び羅観香の方へと襲い掛かった。

目にもとまらぬ速さ。

だがそれも、再び智彦から阻止される。


「キャアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ガァッ!?」


智彦はわざと腕を噛ませ、そのまま疑似ゴーレムの頭部をベギンと床へ叩きつけた。

飛び散る肉片……らしき木片。

身体は嶺衣奈のままだが、糸が切れた人形の様に、疑似ゴーレムは床へと転がる。





静寂。





誰もが、あっけなく勝負がついたと思っていた。

パーティーに紛れ込んだ、得体の知れない存在は、完全に沈黙したと考えていた。

縣や養老樹は、一層智彦へと畏怖……を通り越し、呆れを抱いていた。


そう思いきや、疑似ゴーレムは弾かれたように立ち上がり、頭部が無い状態で智彦から距離を取る。

ボゴボゴと音を立て、喪失した頭部が修復された。


『ぐあァァァぁぁ!』


疑似ゴーレムの顔が、スロットマシンの如く様々な顔へと変化しだす。

それは恐らく、食べた人間の、顔。

やがて思いだすように、再び嶺衣奈の顔を、作り出し、あさぎ色の髪を伸ばした。


『ドウして邪魔をスるの?あンナ霊体より、私ノ方が本物に相応しいのに!」


「嶺衣奈は自身の為に人を犠牲にする娘じゃ無い!」


羅観香の、悲鳴に近い声。

その眼には涙を浮かべ、憤怒の表情を疑似ゴーレムへと向けている。


「嶺衣奈は、そりゃ人に辛辣な事を言うけど!全てその子の為を想ってた!むしろ他人の為に!私の為に!嶺衣奈は自分を犠牲にしてた!」


羅観香は、自分を守るように佇む最愛の女性の。

自分の為にその身を穢し、結果、命を失った加宮嶺衣奈の存在を、なぞる。


「見た目が嶺衣奈でも、中身が全然違う!あんたじゃ嶺衣奈に成れない!あんたは……偽物よ!」


「う……、五月蠅いうるさい五月蠅いうる蠅いぃぃぃぃぃいいいいい!』


感情すら持った疑似ゴーレムが激高し、次は羅観香へと襲い掛かった。

大きく口を開き、数多の牙が錆色に鈍く光る。


「羅観香さん、前に出過ぎ」

「んっ!?あ、ありがと、智彦君」


対して、智彦は迎撃よりも、羅観香を守る事を優先した。

片手で羅観香の体を包み、疑似ゴーレムの強襲からその身をずらす。


目標を見失った疑似ゴーレムの歯は、羅観香が居た後ろの柱を、音も無く抉った。

まるでアイスを抉るディッシャーの様に。

観衆は、その威力に恐怖を抱く。

同様に、それを平然と片手で受け止めていた智彦に、畏怖を抱く。


「お前!邪魔ばかりしデェッ!?』


恐ろしく速い手刀。

だが智彦はそれを軽くいなして、疑似ゴーレムの顔面を殴った。


『げひゃッ!』


殴る。


『ブぎょ!』


殴る。


『待っ!』


殴る。


「いやあぁぁ!助っギャバ!』


逃げようとする脚を砕き、殴る。



「ははは、流石ですぞ八俣氏」

「……一方的」


「おいおいおい、八俣の奴強すぎだろ……」

「幸運だったわぁ。彼が居なければ、二桁は死人が出てたはずよぉ」

「それに関してはあんたに同意するわよ養老樹。警備にも絶対被害出てたと思うわ」


蹂躙と言う名の一方的な試合に、智彦の知人は苦笑いを浮かべる。

そして智彦の活躍を見る観衆は、声を出すのも忘れていた。


最初こそ、あの冴えない男は誰だと、多くの者が智彦を訝し気に見ていた。

智彦をよく知らない裏の世界の住人は、勘違いした餓鬼が調子に乗ったと嘲笑った。


だがどうだ。

眼で追えない速さの敵に対応し。

人ならば簡単に抉られる牙には堅牢で。

人知を超えた化け物相手と素手で渡り合う。


いつしか彼ら彼女らは、智彦と人形の戦いに、魅入ってしまっていた。



『ヒギィッ!?』


智彦の拳は、何度も疑似ゴーレムの頭部を破壊する。

だが、疑似ゴーレムは何度も何度も、頭部を修復する。

頭以外が弱点かと思い色々と試したが、結果は同じだ。

ただすぐに逃走し始めるので、今回は頭部を壊したのち両手両足を潰し、床へと抑え込んでいる。


「こいつ不死身なのかな?キリがないや」


智彦は、養老樹達へ目を向け、尋ねた。

不死身ならば、封印などの知識がある《裏》や熾天使会に任せたいと考えたからだ。


「八俣氏、恐らくですが、食べた人間の数だけ命を持っているのでは?」

「上村の考えが当たりだと思うぜ?頭が戻る度に、顔がコロコロ変わってただろ?」


上村と縣の声に。なるほどと智彦は頷いた。

確かに頭部を破壊する度に変わる顔が減り、今回はすぐさま嶺衣奈の顔が出て来た……つまり、残機はゼロ、なのだろう。


その考えを肯定するように、疑似ゴーレムは嶺衣奈の顔に焦りを貼り付かせ、羅観香へと声を向ける。


『らみ、羅観香!助けてぇ!私なら、その嶺衣奈の代わりに成れる!」


羅観香の体が、ピクリと震えた。

好感触と感じたのか、疑似ゴーレムはさらに嶺衣奈に成り切り、声を上げる。


「私なら触れる事が出来るし!抱き合う事も出来るわ!一緒に歌も踊りもできる!一緒に、生きれるよ!羅観香!」


羅観香は一瞬躊躇いつつ、嶺衣奈の霊を背後に添え、抑え込まれた疑似ゴーレムへと歩み寄った。

決めるのは、羅観香だ。

疑似ゴーレムがやってきた事には色々と問題はあるが、羅観香の選択に委ねようと、智彦は口を閉ざす。


「あぁ、羅観香!ありがとう!愛し」

「嶺衣奈はね、私の事を、唯、と呼ぶの」


羅観香の言葉に、嶺衣奈の霊が頷く。

そして二人は、疑似ゴーレムを冷たく見下す。

疑似ゴーレムの顔がくしゃりと歪み、絶望が張り付き始めた。


「あ、……え?そんな事、芽瑠汀は一言も……」

「嶺衣奈は一人で十分よ!智彦君、……ごめん、やっちゃって!」


疑似ゴーレムは、嶺衣奈の姿のままだ。

羅観香は見届ける覚悟を持ち、喚く疑似ゴーレムをまっすぐと見つめる。


智彦が頷き、四肢の無い疑似ゴーレムを天井へと放り投げた。


「人を食べたりしなきゃ、また違う出会いもあったかも知れないけど……、ごめんな」


右腕を大きく後ろへと引き、力を貯める。


「やだ!やだヤだやだぁ!何かに成りタかったのに!存在シタかったノに!』

「バイバイ!」


智彦の右拳が、疑似ゴーレムを捉える。


『もウあンナ暗い場所はヰやアアアアアアアアアアアア!!!』



炸裂音。

今度こそ、多くの命を冒涜した存在は。

断末魔を残し、虚空へと消えて行った。

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