鈍色の夜
そこは、若い女性の部屋としては、異様に殺風景であった。
12畳程の、フローリング。
壁紙は灰色で統一されており、その色調を邪魔するポスターなどは、一切無い。
窓の位置から逃れるように置かれた、木製のセミシングルベッド。
そこから延びた腕がスイッチを押し、部屋の色彩を黒へと返す。
「お休み、嶺衣奈」
茜色の髪を揺らしたパジャマ姿の美少女……羅観香が、布団の中へと潜る。
目覚ましを設定したスマフォを枕元におくと、横で添い寝する愛しい人と、目が合った。
智彦達に伝えてはいないが、羅観香は嶺衣奈の事が見えるようになっていた。
だが、声はまだ聞こえない。
それでも幸せだと、嶺衣奈の頬に口付けをし、そのまま眼を閉じた。
室内に響く、加湿器の音。
化粧台に置いている時計が、時を刻む音。
羅観香は数回寝返りをうち、深く息を吐いた。
(……やっぱ、眠れないなぁ)
横で眼を瞑る嶺衣奈の髪の輪郭を、指でなぞる。
そして、先日……養老樹グループのパーティーの打ち合わせをしたサンバルテルミ総合病院での事を、思い出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■
目の前に転がる、人間の手、脚、指……。
勿論これらは、人間のモノではない。
「これらで、義手などができるんですね」
まるで本物に見えるそれらを手で弄びながら、羅観香は感嘆を漏らす。
もし街中に転がっていたら、間違いなく警察が駆け付けるレベルだ。
「そうです。これらを霊糸と言う特殊な糸などで繋ぎ合わせて、形を作るんですよ」
羅観香の言葉に、サンバルテルミ総合病院の石田が、朗らかに説明し始めた。
羅観香に向けられるその眼は、歓喜の眼だ。
自身の仕事に興味を持ち、現場を見てくれる存在への、嬉しさ。
そこには劣情などは一切無く、羅観香は石田に対して好感触を抱いていた。
(智彦君や謙介君もだけど、こういう風に接してくれる人、少なくなっちゃったなぁ)
アイドルとして大成したのは、嬉しい。
嬉しいが、人間関係に頭を悩ませる事が増え、羅観香は内心溜息を吐く。
仕事で出会う男性の、羅観香を見る目。
そこにはあからさまに、劣情や野心が滲んでいるのだ。
ソレは羅観香では無く、
嫌では無いが、少なくともそのような異性とはプライベートでは接したくは無いと、羅観香は考える。
(……そろそろ、本題に入っていい、かな?)
羅観香は現在、嶺衣奈の存在を含め、オカルトの世界へその身を置き始めている。
それは、それ系の知識が多く入ってくる、と言う事でもあった。
「まるで本物の様に動く義肢を作る人がいる」
ある日、オカルトが好きなスタッフが、スマフォの画像を見せて来た。
画像に映るそれらは既存の義肢では無く《裏》の人間が愛用する、霊力などを通す事で自分の体の一部の様に使える義肢だ。
羅観香はソレを見た瞬間、閃いた。
コレで嶺衣奈の体を作って貰えば、彼女の霊が体を持つ事が出来るのでは、と。
執念の結果、ソレを作る人物までは、辿り着けた。
だが、オカルトの裏社会に属している人物の為、会う事が絶望的。
智彦を頼りどうにかできないか……。
そう考えていた矢先の、養老樹グループからの仕事の依頼であった。
サンバルテルミ総合病院での打ち合わせが終わった後、羅観香は養老樹せれんへ、ストレートにお願いをぶつけた。
熾天使会の技師である石田さんに会いたい、と。
養老樹は少し思案するも、「彼の知り合いなら問題ないかしらぁ」と、コレを許諾。
丁度智彦からの電話があった事もあり、好印象へと働いたようだ。
そうして、羅観香の願いは叶い現状に至る。
(多分だけど、養老樹さんの言ってた彼って智彦君、だよね?やっぱすごいんだなぁ、彼)
羅観香は、智彦の様な存在と知り合えた嬉しさと心強さを、噛み締めながら。
石田の話が一段落した事を見計らって、羅観香は、意を決して口を開いた。
「あの、石田さん。お尋ねしたい事があります」
「ん、何でしょうか?」
「その、例えば貴方の技術で人形を作って、それに霊が入った場合、人間の様に動く事が……生活する事が出来るんでしょうか?」
石田が、あからさまに動揺し始めた。
汗がブワリと滲み、視線が無秩序に彷徨いだす。
ふと、羅観香の横で、嶺衣奈の存在が大きく成った。
見ると、嶺衣奈の姿が、ぼんやりと浮かび上がる。
それを見た石田は「あの事じゃなかったか」と何故か落ち着きを取り戻し、羅観香の質問の意図を把握した。
目の前の女性は自身の仕事に興味を持って、ココに来たわけでは無かった。
本来であれば、ココは顔を曇らせる場面だ。
それでも石田は今まで以上に、にこやかに。
羅観香が、自身の技術の可能性を評価してくれた事を、石田は嬉しく感じていた。
「結論から言うと、可能です」
「そうなんですか!?」
「ですが、霊体の……霊の消耗が激しいという難点があります」
要は着ぐるみなのだと、石田は語る。
人形を動かし、また、素材によっては自然に口の開閉などは行える。
ただし、その度に霊が疲弊してしまうのだ、と。
結果……霊が消滅してしまう可能性がある、のだと。
「彼女が体を維持する為に、貴女の体力などを奪うかも知れない。そしたら、貴女が持たない可能性が高いのです」
それは、やんわりとした忠告。
ハンドタオルで汗を拭きながら語る石田の眼には。
嘘は、無かった。
■ ■ ■ ■ ■ ■
(なんとかならないかなぁ)
羅観香の願いは、嶺衣奈と共に生きる事だ。
嶺衣奈に、触れたい。
嶺衣奈と、キスしたい。
嶺衣奈と、抱き合いたい。
嶺衣奈と、語りたい。
嶺衣奈と、……。
故に、自身が死んでは、意味が無い。
(……無理にでも寝よ)
眼を閉じる瞬間、鈍い光が見えた。
横には、羅観香に優しく微笑む、嶺衣奈。
そして、羅観香の首元に押し付けられようとされる、カッターの刃。
「……ダメだよ、嶺衣奈」
羅観香も微笑みながら、首を小さく左右に振る。
「死んだら一緒になれるけど、今はまだ駄目。まだ、やらなくちゃいけない事があるから……ね?」
嶺衣奈の手からカッターを取り、刃を収める。
結局、羅観香は電気を付けたまま、眠りについた。
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