昼休み
八俣智彦の学校生活は、孤高であった。
クラス全員からは畏怖され、距離を置かれている。
クラスメイトは智彦へと謝罪をするも、智彦は結局はソレを受け入れなかった。
最低限の会話はするが、全て事務的だ。
一般的にこれらの言動は、大人気無い、と評されるだろう。
だがそれは、仕方のない事だ。
もし。
もし、智彦が力を得る事が出来なかったら。
裏切り者達がばら蒔いた多くの悪意の前に、智彦は自らの命を早々と絶っていたはずだ。
故に、その可能性を成し得たクラスメイトと、智彦は許せない以上に、関わりたくなかった。
一方、クラスメイトは、気が気ではない日々を送っていた。
理由は、藤堂の取り巻きであった、須藤の行方不明。
クラスメイト達は、須藤が居なくなったのは、智彦が仕返しをした結果だと考えている。
そして、次は自分達かも知れない、と。
今は様子を見られていて、少しでも機嫌を損ねれば、二の舞になる、と。
彼らは、馬鹿では無い。
智彦と学校生活を送る過程で、智彦の
同時に、苛立ちもだ。
皆、このストレスの日々をこう考え始めたのだ。
「藤堂、樫村、横山が原因を作ったのだ」と。
彼らを信じ、智彦を徹底的に追い込もうとしたのに、だ。
よって、藤堂と直海の学校生活は、孤立であった。
以前は横山にもヘイトが向かっていたが、先日、何も告げずに転校したのだ。
藤堂はクラスメイトからの無言の非難により苛立ち、癇癪を起す事が増えた。
最初こそ嫌な顔しつつ従っていた取り巻きも、あまりの酷さにすでに離れている。
時たま智彦へと殺気を飛ばすが、本人はどこ吹く風。
最近では後頭部に10円ハゲが生まれ、抜け毛が増えている様だ。
時たま奢ってやるという前置きでクラスメイトを誘うも、全て断られていた。
直海は、もはや藤堂しか話す相手がいない状態だ。
女子からは完全に仲間外れにされ、居ない者とされている。
それどころか、一連の元凶だと罵られる程だ。
だが、直接的な事はされていない。
と言うのも、藤堂が以前より直海を溺愛し、守っているからだ。
一連の出来事で、藤堂の中にある種の歪みが生じた。
それは、智彦から奪った直海を、自身へ依存させる欲求だ。
智彦の目の前で、自分に陶酔する直海を見せつける。
せめてそれぐらいは智彦に勝ちたいという、醜い願望。
直海としては智彦に謝罪し、元の関係に戻したいと願っている。
しかし智彦は、直海に対しては無関心を貫いていた。
直海が智彦に近づくにつれ、藤堂の拘束が強くなって行く。
直海はそれがただただ恐ろしく、未だに妊娠の事は言えないでいた。
とまぁ、以上の事は、智彦にとってはどうでも良い事である。
4時限目の終わりと同時に智彦は教室から出て、弁当箱片手にいつもの場所へと向かった。
教室から湧く、騒音。
周りを包む、賑やかな気配。
窓ガラスの向こうに佇む高く遠い青空を眺め、智彦は生を噛み締める。
(無価値だと思っていたけど……うん、いいな、やっぱ)
富田村を脱した頃の智彦は、ただただ生へと。
そして、母親への恩に執着していた。
それ以外は生きる上で関係なく無価値、意味が無いとも考えていた。
だが、友人が増え、彼ら、彼女らと交流する内に、この何物にも代えられない学生生活。
つまり青春の日々への喜びが、智彦の胸中に芽吹いていた。
智彦が通う学校だが、ココも例に漏れず少子化の煽りを受けている。
生徒が減り、クラス数も減少。
つまり、空き教室が生まれているのだ。
そこは学校側にとっては都合の良い荷物置き場となるが、生徒にとっては都合の良いたまり場となる。
智彦は、建付けが悪いドアをギギギと開いた。
空き教室内から視線が集中するが、皆すぐさま、昼休みの団らんへと興味を戻す。
智彦について話を聞いてる者はそそくさと教室から逃げるが、智彦は特に気にせず友人を探した。
「八俣氏、こっちですぞ!」
「今日はいい席取れたぞ、感謝しろよな」
空き教室の一画。
陽当たりが良好な場所で、上村と縣が手招きする。
智彦は口角を上げ、二人の占領する一画の席へとついた。
縣の言う通り、外からの陽が机上を照らし、温かい。
母親特製の弁当を広げると、好物であるシャウエッセンが入っており、智彦はつい頬を緩めてしまった。
「いやいや、しかし縣氏もすっかり回復した様子。皆、驚いてるでしょうな」
「だよね、骨折が一週間で完治だからね」
「実は捻挫でした、って事にしてるから問題ねぇよ。八俣ももう気にするなよ?」
上村は、紗季手作りの愛情弁当。
縣は、意外にも自炊で鍛えた自作弁当を、広げている。
《裏》の世界にその身を置く縣だが、すっかり智彦達と仲良くなってしまった。
縣自身、そのようなぬるい生活に最初こそ抵抗を見せていたが、今では割と気に入っている様だ。
見た目や言動は粗暴だが、外見は整っており、家事全般をそつなくこなす。
そんな縣は転校して来て間もないが、女子勢からの人気が凄まじいモノとなっていた。
「ところで八俣、田原坂から聞いたぞ?随分面倒なもんに首突っ込んでるみたいじゃないか」
お手製のたこさんウインナーを齧りながら、縣が犬歯を見せ獰猛に笑う。
その顔が意味するのは、俺にも一枚噛ませろという恫喝だ。
「縣が協力してくれるなら心強いよ。人食い人形騒動のせいで、謙介が外出できなくなってるみたいだし」
「・・・危ないからって、紗季氏が外に出してくれんのです。深夜のコンビニでしか取れない栄養素があるのに」
智彦は紗季さんらしいなと、朗らかに笑みを漏らす。
「……だけどさ、縣。《裏》として何かしら行動してるんじゃないの?」
「あー、俺はほら、骨折してたから外されてんだよ。治ったが、療養中扱いでな」
縣が脚をパンと叩くが、その言動に嫌味は無い。
彼の脚を折ったのは智彦ではあるが、縣のサッパリとした物言いに、思わず苦笑を浮かべた。
「ですがお二方、二人目の犠牲者の後、その人形は行方をくらました、と聞きましたぞ」
上村の言葉に、智彦が憂鬱そうに頷く。
人食い人形はあの後……バイト仲間である桑島を殺害後、姿を現さなくなっていた。
正確には、人食い人形による被害者が、出ていないのだ。
若本と連絡を取り合った際も、四十万芽瑠汀含め動きが無い、との事だった。
それは良い事ではあるのだが、桑島の仇を取りたい智彦にとって複雑な現状である。
「残念ですが、MurderDollの被害者、今も出てますデス」
片言の日本語。
だが、耳障りの良い声が、男三人の耳をくすぐった。
「こんにちは
智彦が声を向けた先。
迫浴と呼ばれた女子が、ニコリと微笑む。
舞子=スチュワート=
身長185程の高身長で、セピア色のショートヘア。
名前から解るようにハーフであり、藍色の瞳が綺麗な女性だ。
彼女も縣と同じく、智彦と縁を作るようにと熾天使会から送り込まれ、転校して来た。
ただ縣と違い、ごく普通に接して来て、ごく普通に智彦達の関係へと溶け込んだようだ。
あと、その外見から、校内の男子生徒から絶大な人気を誇りつつある。
なお、彼女の傍らにも守護天使がいて、ダンベルを上下させている女傑が智彦には見えている。
周りから集まる、男子の視線。
迫浴はそれらに片手を振って応える。
「黒板掃除で遅くなりマシタ、隣、失礼しますデス」
迫浴は智彦の隣へと座り、二人分の弁当を広げた。
箸を手に取り「頂きます」と頭を下げるが、縣の問いが、それを邪魔する。
「被害者が今もいるってどういうこった?迫浴、知ってる事話せよ」
「縣はせっかちデス。……そのから揚げと一緒。ゼーンブ食べたら、何も残らない」
あぁ成程と智彦は思ったが、縣と上村は心底嫌そうな顔をする。
二人の様子を見て、迫浴は悪戯っぽく笑い、ごめんネと謝罪した。
「でも迫浴さんの言う事も一理あるか。残った部位が無けりゃ、事件として扱われない、か」
その話を続けるのかと、上村が非難の籠った目を智彦へと向けた。
が、一応大事な話なのだろうと、ため息を漏らす。
何せこの場には、《裏》と熾天使会が居て、情報を交換する事が出来るのだ。
「行方不明者が出た、ってニュースは見てませんぞ?」
「こういうのはラグがあるんだよ、上村。でも、こっちにもそういう情報は来てねぇな」
迫浴が、縣の弁当の卵焼きを奪う。
同時に縣が、迫浴のミートボールを掻っ攫った。
「居ない人扱いされてる子、狙ってるデス。MurderDoll、マジで小癪」
「……成程」
ふと、外から飛行機の音が響いた。
智彦は空の眩しさに目を細めながら、最近巻き込まれた怪異事件を思い出す。
あの事件も、そういう人間を狙っていた。
「家出した人を、食べてるのか」
智彦の言葉に、迫浴は肩を竦める。
だがその眼には、仄暗い怒りが滲んでいる様だ。
「おい迫浴、どうしてわかった?」
「駅前の広場、Hotelある場所。神父様、迷子の羊達導いてるデス」
「確かに、あの場所は、あー……家出少女を拾って如何わしい事する文化があると聞きましたな」
智彦はそういう話に興味が無く知らなかったが、上村の言う通りであった。
家出少女が、男達に拾われ、夜を明かす場所。
熾天使会は活動の一つとして、そういう事をする男女を保護しているそうだ。
「でも、確証ないデス。人の入れ替わり激しい、場所。だけど、血の匂い、するデシタ」
広場の人の入れ替わりは、激しい。
だが、それでも常に姿を見る女性は存在する。
熾天使会はその娘達が日に少なくなっている事に気付いた。
そして、調査。
すると、人がそこで死んだであろう形跡を見る事が出来たそうだ。
「主な場所は、Toilet。何かが軋む音聞いた人、多いデス」
それはおそらく、人形の関節の音……それか、人が砕かれる音だろう、と。
更に駅前のトイレは個室間の上部に壁が無いため、侵入も容易だと。
迫浴は眉を顰め、智彦へと伝える。
「なら決まりだ。丁度明後日から冬休みだし、俺は駅前に張り込むとするか」
弁当箱を仕舞いながら、縣がかんらかんらと笑う。
短い入院生活ではあったが、相当ストレスが溜まっている様だ。
「あぁ、八俣と上村は来るなよ?上村はあぶねーし、八俣はバイトあるだろ」
「何かあったら手伝うから呼んでね、縣。あぁでも、24日は無理かな」
「自分が行っても足手まといですからな。大人しく家でお二人の健闘を祈ってますぞ」
縣の言う様に、明後日からは冬休み。
しかも、24日は養老樹から依頼されたパーティーがある。
ならば、当面は縣に任せ……。
「あら、八俣サン、袖のボタン取れかけデス」
「え?あ、本当だ。何かに引っ掛けたかな」
「ボタン取れてなくてよかったじゃねーか、ほら、付けてやるから腕を前に出せ」
「有難う、器用で助かるよ」
縣が鞄からソーイングセットを取り出し、智彦の服のボタンを付け始めた。
集中する縣を視界に収めながら、智彦は思案を再開する。
歯がゆいが、24日のパーティーで、養老樹の婚約者を演じる事が第一優先だ。
それが終われば、縣に合流し、人食い人形を探して……仇を取る。
その後は……、どうしたものか。
バイト先の桑島の霊を、どうすればいいか、と。
(……ん?)
ふと、智彦は視線を感じ、辺りを見渡した。
数人の女子が、自分……いや、自分と縣を見ている、ように見えた。
視線は、すぐ横、迫浴からもだ。
智彦が目を向けると、何故か慌てて目を逸らす。
その頬は紅潮しており、呼吸も荒い。
何が何だか。
続けて智彦が上村へと視線を向けると、上村は気まずそうに俯いた。
「すまない八俣殿。自分はわが身可愛さで、黙秘させて貰いますぞ」
(……? まぁ、いいか)
外から、サッカーに興じる生徒の声が聞こえた。
昼休みは、まだまだ続く。
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