ゴーレム
のそり、と。
石田が智彦達へと、近付く。
智彦は若本と能登を守るように。
また、ソファー上で停止している人形にも意識を残しながら、石田と相対する。
「石田さ」
「どうか!どうかこの事は皆に言わないで下さいぃぃぃ!」
「ん……えぇ?」
フローリングが、軋む。
石田の巨体が土下座状態となり、三人の前へと滑り込んだ。
話が見えない智彦、若本、能登は、本日数度目となるが互いに顔を見合わせる。
少しの、間。
やがて若本がため息をつき、まるで事情を知っているかのように「話を聞かせて貰おうか」と。
石田の肩に手を置いた。
「最初は、この体へのコンプレックスからだったんです」
先程のフロアに簡易的な椅子が用意され、皆の手には冷たい缶コーヒーが収まっている。
石田はソファーに沈む人形をチラリと見て、憂鬱そうに語り出した。
曰く。
石田は霊力と技術に恵まれ、熾天使会へと所属する事が出来た。
相手を癒す力と、精巧な義肢を作る技術。
これらは上の人間にも一目置かれ、そっちの界隈では有名人に成る事が出来た、と。
「でも、満たされなかったんです」
「なンでだよ、順風満帆じゃねぇか」
「あー、もしかして女性関係かしら?そうでしょ?」
若本と能登の言葉に、石田は声を発しようとして、一旦止めた。
そして三人への視線を忙しなく動かし、汗を滲ませながら再び口を開く。
「おっ……!」
「お?」
「女に、成りたかったんです!私は!」
外から、樹々が揺れる音が響く。
窓から入る外灯の灯りが、揺れた。
智彦が大きく頷き、立ち上がる。
「すみません、明日バイトがあるんで、俺はこの辺で帰」
「待て待て八俣!もう少し居ろ!」
若本が智彦を引き留めてる間にも。
能登が唖然としている間にも。
石田の言葉は、続く。
「見ての通り、私のこの体は醜悪です。何度痩せようとしても、体質らしく痩せる事が出来ませんでした。汗が多い、体臭が酷い、すぐに息が上がるから鼻息も五月蠅い。なので、女性との縁が今まで無かったし、諦めても居ました。でもそこで、お嬢と知り合ったんです」
お嬢、つまり養老樹せれんだ。
能登の眼が、あからさまに輝きを放つ。
「好きになったのね!?さっきのとどう繋がるか解らないけど、そうなんでしょ!?」
「お嬢は、私の流す汗を嫌な顔をせず拭いてくれ、体臭が匂うだろうに表情を変えず、息が荒れていると頑張ったわねぇと褒めてくれました。お嬢は私を馬鹿にもせず、見下しもせず、スタイルが良くて、いい匂いで……」
石田の眼が、憧憬を含み始めた。
能登の顔が、自然とにやけて行く。
「成程!それで好きになっ」
「だから、お嬢みたいな女性に成りたいと思ったんです!」
「なんでよ!?」
能登の大きな声が、家の中に響き、木霊を生み出す。
「そこでふと思ったんです。私の技術を駆使すれば、美女の人形を作り霊体を移せるのでは、と。そしてそれは成功し、私は疑似的に美女になれました。やがてそれは皆に見て貰いたいと言う欲求へと変わり、あの様な事をしてしまったんです……何度も止めようとは思いました。ですが、皆の視線が、気持ちよすぎて……!」
その後に訪れるのは、静寂。
石田の恍惚とした表情に、灯りが揺れる。
智彦は再び大きく頷き、再度立ち上がった。
「時間も遅いですし俺、帰り」
「待て待て待て八俣!抜け駆けは許さン!」
若本に引き留められた智彦はしぶしぶと座り直すが、石田の話である程度の流れは解ったようだ。
つまり、石田は……。
「人食い人形とは、関係ないんですね?」
智彦の言葉に、石田は沈黙で応える。
黙秘ではなく、思案だ。
「八俣君、すまない。その人食い人形と言うのは何なんだい?」
石田の様子を、若本と能登はじっと見つめる。
智彦は二人の動きに気付かず、言葉を続けた。
「ここ数日話題になってる怪異です。えと、人形が人を殺して、食べてるんです」
「……薄らとだけど、そういう話は聞いた覚えがある、かな。でも当事者にならない限り、私達の部署にはそう言うのは事後報告で情報が来るんだよ」
嘘は言っていない。
本当に、知らないのだろうと。
とても紛らわしいが、石田の変態行為と人食い人形の出現が偶然重なっただけだ、と。
若本と能登は、とりあえず、ココは敵地では無いと安堵した。
「先日、貴方が現れた際の出来事です」
能登がスマフォを取り出し、一人目の被害者の動画を再生し、石田へと見せた。
石田はその動画に自身が映っている事に驚き、件の場面でさらに驚愕する。
「疑似ゴーレムじゃないか!」
石田が突然立ち上がり、工房らしき部屋へと駆け込んだ。
バサバサと紙類が落ちる音がしたと思いきや、日焼した大学ノートを片手に戻ってくる。
「ゴーレム云々の蘊蓄は置いておきましょう。ゴーレム、簡単に言うと、人工生命です。普通は土や泥が原料ですが、コレは木が原料だから覚えていました」
石田が大学ノートを広げ、貼りつけられた写真を指差す。
色褪せたポラロイド写真に写っているソレは、確かに、人食い人形だ。
繋がった。
若本はこの妙な縁にブルリと体を震わせ、懐から手帳を取り出す。
「……すまンが、こいつに関して教えてくれないか?」
「疑似ゴーレム。元々は、日本の呪術師が、日本の技術でゴーレムを作ろうとした産物です」
会話はすでに、オカルトの領域へずっぷりと足を踏み入れている。
だが、それに対し違和感を覚える者は、ココにはいない。
「ゴーレムとは、土等の媒体で体を作り、それに命を吹き込みます。つまり、人工生命です」
「AI、みたいなものね?」
「とんでもない!命、つまり自我や感情を作るんですよ!?まぁ、AIもいずれその領域に行くかもしれませんが……」
石田が、饒舌に語る。
ゴーレムとは今や失われた錬金術の産物であり、熾天使会ですら世界に数体しか所持していないらしい。
その特色は、知識と技術の継承。
ゴーレムは体が朽ちたとしても新しく生成し、そこに人工生命を移す事で、永い刻を生きている。
そのお陰で、熾天使会はゴーレムの持つ昔の知識と技術を基に、今の技術等を混ぜ、時代に合わせる事が出来ているらしい。
「何と言うか、戦闘用なイメージが強いんですけど違うんですね」
「ははは、確かにゲーム等ではそういう扱いだね。だけど感情と自我があるから、向かないんだ、八俣君。そっち方面は日本の《裏》が秀でてるんだよ。式神がいい例だね」
とにかく、と。
石田は話を続ける。
熾天使会のゴーレムを見た日本の呪術師が、自分達でも作ろうとした。
呪術はその特異性から、技術や知識の情報量が膨大だ。
また、それらが失わやすい環境でもあった。
なので呪術師達には、呪術の情報の継承の為にゴーレムが必要であった。
熾天使会は無理だと考えたのだが、呪術師達はとんでもないモノを人工生命の代わりに使ったのだ、と。
「それが、赤子の霊です。彼らは霊を一から育て、自分達に忠実な奴隷を作ろうとしました」
若本と能登は、体が冷えるような感覚に陥った。
智彦も、苦虫を噛み潰したように眉を顰める。
「彼らはあらゆる手段で赤子の霊を調達しました。特に問題となったのは、産婦人科側と共謀しワザと赤子を死なせる行為です」
荒い鼻息と共に、石田の顔が怒りで歪む。
若本達もまた、内心怒りが湧いたようだ。
「計画の第一段階は成功しました。赤子の霊の成長に応じ、木の体も成長したようです」
石田が、資料のページを捲る。
すると、先程の写真より明らかに大きく、いや、人間の形に近づいた木の人形が、映っていた。
「材料には神木を使われていました。中の霊が成長したであろう姿に、限りなく近づいて行ったみたいですね。……ですが、彼らに罰が下ります」
再び、石田がページを捲る。
次の写真は、人間が解体され、和室が血の海となっている写真であった。
凄惨ではあるが、皆の顔に表情の変化は無い。
「赤子故に精神が未熟で、よく癇癪を起こしたそうです。だが、体は子供ではない。教育をしていた呪術師達は、おもちゃを壊すように悉く殺されました」
勿論、赤子達にはそのようなつもりは無かったでしょうが、と。
石田は資料を閉じる。
「えと、赤子の霊が全てそうでは無いですよ?有名どころでは、座敷童ですね」
「あれ、妖怪じゃなくて霊なのかよ」
「元は赤子の霊です。彷徨う赤子が、家に飾られた市松人形に憑りつく。普通はそれで気味悪がられ逃げたり祓われたりしますが、子供を失ったばかりの夫婦は、わが子が帰って来たと喜び、その人形を大事にしました。赤子はソレを喜び、応えるように幸運を引き寄せたそうですよ」
ほぉ、と若本達は息を漏らす。
ハサミみたいなもので、結局は
「少し脱線しましたがそれらの理由で、疑似ゴーレムは失敗作の烙印を押されます。中の赤子諸共封印が施され、処理された……筈なんですが」
「鏡、えと、《裏》の田原坂鏡花さんが、先日潰れた会社から出回った、と言ってました」
確か鏡花がそのような事を言っていたなと、智彦は石田へと伝える。
石田は得心したのか、汗を拭いながら大きく頷いた。
「成程、HOKUGAの事だろうね。確かにあそこは金に物を言わせ、投資と言ったバカみたいな理由で色々と曰く付きのを買っていた。それに紛れ込んでたか」
「なぁ、石田さンよ。俺達は人食い人形の凶行を止めたいと考えてる。何か良い案ねぇか?」
今回の事件を、若本は石田へと簡単に伝えた。
今は少しでも情報が欲しい。
能登も同様の想いである為、特に諫めはしなかった。
「人間に成る為に……。疑似ゴーレムには未知の部分が多いですから、あり得ないとは言い切れないですね。であれば、指示してる存在がいると思います」
「やっぱ人食い人形を使っている
「ただ人の味を占めているだけならば、もっと被害が出てるはずなので、自身が殺されない程度にうまく管理しているように見えます。ただ、それを感知する方法は思いつきません。申し訳ありません」
人食い人形の事は解ったが、結論から言うと進展は無かった。
結局は、人食い人形を捕まえ、持ち主を引き摺り出すしかない。
情報と引き換えに、若本は石田の事を、
能登が何も言わなかったのは、面倒に関わりたくないと思ったからだろう。
一方。
智彦は石田へ、凄い技術を持つ人間だと、尊敬の念を抱き始めていた。
人形へ霊体を移し、稼働させる。
コレを使えば、危ない現場を疑似的ではあるが遠隔操作で作業できる。
しかも人形にギミックがあれば、それも駆使する事が可能になるんだろうな、と。
(だけど、もし技術が確立されたら戦争にも使われてしまうか、な)
身体が死んでも、新しい体に霊体を移せば、持続的に戦う事が出来るだろう。
だけどそれは、確実に兵士を殺していく。
死の恐怖。
智彦は何とか生き延びたが、死と隣り合わせだけで、気が狂いそうな程のストレスだった。
では、死を何度も味わってしまったら……?
(まぁでも、麻痺して何も感じなくなる可能性もある、か)
「今日はすまンな、八俣!情報が揃っただけだが、助かった。四十万ってアイドルがやはり関係あるかも知れンな」
「持ち主、ですかね、やはり。……送って行くわ、後ろに乗って」
能登の車に乗せられ、智彦は自宅へと送られていく。
空には、寒々とした光を放つ、月。
この下であの人形が今も嘲笑っている、と。
智彦は、無意識に歯を軋ませていた。
だが、その日から。
人食い人形の仕業に思える被害が、ぷつりと途絶えたのだった。
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