一体目



陽がすっかり落ち、夕闇に染まった空。

だがその下では、人の営みが眩い程に輝いている。


視界は星空から地上へ。

心地よい浮遊感に身を委ね、智彦は指定された場所へと降り立った。


「お待たせしました」

「うーわ!はえぇよ2分も経ってねぇじゃねぇか!」

「貴方その内都市伝説になるんじゃない!?」


急いできたのに失礼な、と言う言葉を飲み込み、智彦は二人が観察していた方を見る。

人混みと、喧騒。

撮影音が瞬く向こうに、人形が一体、歩いていた。

若本が、ぼそりと呟く。


「覚えてるか?あの人食い人形の前に映ってた奴だ」


まるで、パリコレのモデルの様に。

北欧系の美女を模った180センチほどの人形が、自身の体を観衆に見せつけている。

明らかに、怪異。

観衆はその事を知っている者もいるが、中に人間が入って怪異を模したモノと思っている者が殆どだろう。

実際に、怪異に人が殺される様を動画で見ているだろうに、だ。


だが、それは仕方ないと若本は思う。

想像力が足りないとか、危機意識が足りないとか、そういうモノでは無い。

日常生活に怪異が潜み、それが害をなしてくる事を予測できるわけが無いのだ。

実際に、そういう存在を目の当たりにしないと無理なのだ、と。

若本は、人間かどうか怪しい存在に、目を向けた。




一方、目を向けられている智彦は思案していた。


(そう、あの人形が気になるんだよな)


智彦は、人形……パリコレ人形をじっと見つめる。

やはり、中に入っている存在が、良く解らない。

パリコレ人形に対し、若本は周りを警戒している様だ。


「あの人形が囮だと、俺は考えてるンだがな」


若本の考えに、智彦は首肯で返した。

動画を見る限り、確かに皆の意識がパリコレ人形に行っている隙に、人食い人形が行動を起こしていた。

しかし、偶然かも知れない。

無関係なのか。

二体一組で行動しているのか。



「一応有名みたいですよ、アレ。痴女人形って名前で。最近出始めたらしく、ただ見せつける様に歩くだけで害は無いみたいです。でも、逃げ足が速いそうで……」


何つー名前だと考えながら、智彦は思い出す。

そう言えば、そういう名前のスレがましゅまろチャンネルにあったな、と。

とは言え、情報が欲しいが、スレを覗いてる余裕はない。


(……とりあえず、捕まえるか)


解らない事だらけではあるが、その答えが目の前に居る。

もし、痴女人形と人食い人形に関連性があれば、奴が出てくる可能性が高い。


(第六感が働かないから、居ない可能性が高いんだけどね。あとあの……痴女人形からも、嫌な感じはしないし)


あの村で得た異能、第六感。

最初は敵の襲撃などに対して、嫌な予感と言う形で作用していた。

だが、智彦が成長するにつれ……。

何かあるかも知れない。

ナニかいるかも知れない。

あの場所に誰かが居る気がする。

と言う様に、なかなか都合の良い様に作用し始めたのだ。

ただやはり、本能的な直観に近いため、今回の件ではなかなか上手くいかないようだ。


「若本さん、能登さん、ちょっとアレ、確保してきます」

「あー……観客達に姿を見られる可能性が高いが、大丈夫か?」


走り出そうとした智彦だが、若本の言葉で動きを止めた。

だが、顔がぼやける程の速度ならば問題無いだろうと、痴女人形目掛けて……駆ける。


(おっ……?)


瞬間。

痴女人形がグルンと首を捻り、智彦へと顔を向ける。

そして、恐ろしい速度でその場から跳躍し、周りの建物の屋根へと上がった。


痴女人形が居た場所へ辿り着く、智彦。

追うべく、すぐさま跳ねる。


「うぉっ!?」

「きゃあ!」


余りの速さに観衆は、突風と共に痴女人形が消えた様に見えただろう。

遠のく悲鳴を背後に、風となった智彦は痴女人形を追う。


(速い!けど、捕まえさせて貰うよ)


速さでは敵わないと考えたのか、痴女人形は道路へと下り、路地裏へ逃げる選択をしたようだ。

だがその前に、智彦がタックルを決め、痴女人形を抑え込む。


痴女人形は何とか逃れようとするが、智彦の力には到底及ばない。

やがて智彦の連絡を受けた刑事二人が駆け付けた時には、もはや抵抗を諦めてた。


「感謝する、八俣。俺達だけじゃあ、どうしようもなかった」

「でも、その人形、えと、大丈夫なの?中身だけ逃げたってオチじゃないわよね?」


能登の質問に、智彦は大丈夫ですと返す。

確かに、容器だけを残し、中身が逃亡する事はあり得るだろう。

だが目の前の人形には、未だ中身は存在している。


「さて、捕まえて貰ったのはいいが、こいつをどうするかな」

「人食い人形と関係あるか解ればいいんだけど」


「意思疎通ができればいいんですが。えと、こっちの言う事が解る?」


智彦の言葉に、痴女人形がカクンと首肯した。

つい、三人同時に顔を見合わせてしまう。

特に、若本と能登は困惑を色濃く浮かべる。


「ン……、じゃあ俺から。お前さンは人食い人形の仲間か?」


若本が、痴女人形へと近づき、尋ねた。

少しの、間。

痴女人形は一瞬首を傾げた方と思うと、左右に首を振る。


「じゃあ、人食い人形に協力してる?」


続いて、智彦からの質問。

痴女人形は、今度はすぐに、首を左右へ振った。


「……若本さん、この人形の反応、何と言うか……人食い人形の事知らない、のでは?何となくですが」

「っぽいよなぁ。つか、こいつも怪異って奴なンだよな?どう処理すっか……」


智彦にはピンと来なかったが、刑事二人には、この痴女人形は人食い人形とは無関係に思えたようだ。

勘、と言う部分が多いが、まるで人食い人形の事を初めて聞いた様な反応をしたからだ。


「でも、あの人食い人形を別の名前で認識しているのかも知れませんよ?」


と口で言うものの、第六感は働かないし、人食い人形らしき嫌な気配も感じない。

やはりこの人形は無関係なのかと思う智彦の視界の隅で、痴女人形の指が動いた。




 ど い  て


 す べて を はな し ます



ガリリ、ガリリ、と。

自身の指先をアスファルトへこすり付け、摩耗により薄らと文字ができた。


若本と能登は再び困惑した表情を浮かべ、智彦へと目を向ける。

二人の視線を受け止める、智彦。

結局、智彦はその文字を信じ、痴女人形を解放した。



『…… …… ……』



関節を軋ませながら立ち上がった痴女人形は、三人を一瞥し、歩き出す。

付いて来い。

つまりそう言う事だろうと、三人は後を追う。

途中、すれ違う人が驚愕するが、三人と一体は突き進んでいく。


「あの、これ、誘い出されてるんじゃないですか?」

「その可能性もあるが、八俣が居れば大丈夫だろうよ」

「数次第では、お二人を守りながらだと厳しいですけどね」


だがそんな事態も起きずに、痴女人形が案内したのは、閑静な住宅街であった。

辿り着いたのは、緑に囲まれた、小さな一軒家。

痴女人形が左手首の関節を外し、そこから取り出した鍵で、その家へと入る。


「……えと、お邪魔します」


智彦は、煌々と明かりがついた玄関へ足を踏み入れた。

周りを注視するが、特に悪意を感じる物は無い。


「大丈夫みたいです」


「表札は無し、全体的に生活感が無ぇな」

「別荘、じゃなくどう言うのかしら……、油臭いし……ガレージ?」


智彦が安全性に太鼓判を押し、全員靴を脱ぎ、中を進んでいく。

と、そこで。

先導していた痴女人形がカクンと崩れ、ロビーのソファーへと倒れ込んだ。


急に生まれる、人の気配。

智彦が振り向くと、ドアが軋みながら、開いて行く。



「やぁ、こんばんは、八俣君。やはり、お嬢が認めただけはある」


「……石田、さん?」



鉄の匂いが広がるドアの向こうから現れた、肥満漢。

三人を前に、汗だくの顔でニチャリと笑顔を浮かべる。


その人は……。

サンバルテルミ病院で出会った、石田であった。

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