ましゅまろチャンネル
昏い夕暮れを背景としたスピーカーより、夕方五時を知らせる音楽が鳴り始める。
富田村のソレとは違った歪みのない音を聞きながら、智彦は新しい我が家の玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり、大丈夫だった?」
「うん、……葬儀には主任や代表の人が行くから」
智彦が帰宅すると、心配そうな顔をした母親に迎えられた。
桑島の件が早速ニュースになり、バイト先としてニューワンスタープロダクションが紹介されていたからだ。
桑島の死に関しては、通り魔に殺害されたような報道をされている。
……が、野次馬から漏れたのか、第一被害者を食い殺した人形が犯人だ、と言う話もすでに広がっていた。
明日以降も、バイトは続く。
だがそこには桑島の霊が居るので、智彦は暗い気持ちとなっていた。
いっそ消す、と言う事も考えたが、その場合輪廻の輪と言う存在から外れるのでは、と。
結局、何もできなかったようだ。
智彦の母親は、今から買い物に行くという。
人形に襲われないか不安を覚えたが、アガレスが守っているだろうと見送った。
そのアガレスだが……。
『やぁおかえり、智彦。大変な事が起こっている様だな』
智彦の部屋に響く、中性的な声。
開いた貴族鼠色の本から上半身を生やした、パソコンに向かう褐色の美男子。
人間の姿となった悪魔が、銀色の長い髪を靡かせ、部屋の主を迎え入れた。
本の虫であったアガレスだが、最近ではパソコンの前に居座っている。
彼にとってパソコンは、知識欲を満たせる至上の宝物庫、らしい。
いつの間にか様々なオンライン講義を契約し、人間状態で参加する事が趣味と化しているようだ。
「ただいま。亡くなったのはバイト仲間だよ……」
『それはまた……。しかし、智彦もそういう顔をするんだな。安心したよ』
荷物を置き着替える智彦だが、アガレスの言葉に首を傾げる。
「そういう顔?」
『悲痛さが表れている。以前までの君なら他人の死に感情を揺さぶられはしなかっただろう』
「いや、流石に知り合いが死んだら悲しいよ?」
自覚は無いが、アガレスの言う通り、智彦は変わって、いや、元に戻りつつある。
以前であれば、桑島の死も「あぁ、死んだのか」程度で済ませていただろう。
智彦にとっては……富田村において死体、そして人の死は『記号』であった。
死体とその生前の痕跡から、生き伸びる為の知識を得る。
最初こそ忌避感や嫌悪感があったが、いつの日にかそれらは無くなっていた。
自分以外の生者が居なかったあの場では、それが当たり前となって行ったのだ。
相変わらず、怪異は存在する現実。
だが、戻って来た日常と上村や羅観香と言った友人の存在は、智彦を確実に変化させているようだ。
「そういうアガレスも変わったよね。前は何と言うか、エラそうな言動だった」
『くくく、アレはまぁ、そういうキャラを作ってたんだ。ココではそう言うのが不要だからな』
悪魔は舐められたら終わり、では無いが、初対面時にての威厳は大事だ。
とは言え、アガレスがどのような言動でも、彼の魔力の前には殆どの者が跪き、頭を垂れ、どちらが上か瞬時に理解するだろう。
そう言う意味でも、アガレスにとって智彦は得難い友人となっている。
「ちょっと調べたい事があるんだ、パソコン借りるよ」
『構わんよ。出回ってる動画について調べるのか?なら、ココがいいだろう』
パソコンを少し操作した後、アガレスは電子書籍を楽しむと本の姿へと戻った。
智彦はソレを机の上に置き、パソコンの前へと座る。
(あぁ、ここ、謙介が言ってた奴か)
『ましゅまろチャンネル』。
その方面では有名な、オカルトを専門に扱うサイトである。
管理人であるましゅまろ氏が、その日に広がっているオカルト話を紹介するブログ。
そして、スレッド方式の掲示板が併設した、規模の大きい場所だ。
(やっぱ上位に来てるか)
この手の掲示板は、更新頻度が高いスレッドが上へと来る。
『人食い人形』『夢見羅観香』『痴女マネキン』『彼岸花の迷宮』『夢の中で死んだらどうなる』『上半身無しライダー』……。
やはり、件の人形は、話題沸騰中のようだ。
(羅観香さんのスレもあるのか。……っと、鏡花さんに連絡しておかないと)
今日、刑事二人で考察した件を、《裏》へ伝え、何らかの形で抑止力となって貰うべきだ、と。
智彦は各スレッドを見ながら、鏡花へと電話を繋ぐ。
『ごきげんよう八俣様。申し訳ありませんが、私少し立て込んでいまして……、急ぎの要件でしょうか?』
聞き慣れない、お嬢様言葉。
電話越しに、黄色い声が聞こえる。
どうやら鏡花は、学校に居るようだ。
「忙しい所すいません、少し、今広がっている人形の件について話がしたくて」
話が、途切れた。
どうやら鏡花が周りの生徒に断りを入れ、席を外したようだ。
『おまたせ、って八俣君、また早速関わってるの!?』
「言い方!いや、関わってるというか、巻き込まれたというか……」
智彦は、今朝からの一連の流れを、鏡花へと伝えた。
特に、まだまだ被害者が出るかも知れないという点を強調して。
『あぁ、その件ね。昼頃に警察の方から、抑止力と成るよう正式に依頼があったわよ』
智彦の脳裏に、あの胡散臭い男が浮かんだ。
どうやらちゃんと仕事はしている様だと失礼な事を考えながら、気になる点を鏡花へと尋ねる。
「人形が人を食べて人間に成ろうとする事って、前例あります?」
『人形に関する怪異は多いけど、それに関してはちょっと解らないかな。でも、上の方でちょっとした騒ぎがあってるようなの』
鏡花が言うには、《裏》が探していた曰く付きの人形が、世間に出回ったそうだ。
それは動画でもあったような、何の変哲もない木彫りの人形。
だが、その中に宿る魂が、色々と問題があるらしい。
『先日潰れたHOKUGAが所有してた家の蔵に眠ってたらしくてね、気付いた時には誰かが買って行ったようなのよ』
「それが、今回の人形かも知れない、って事ですか」
『可能性は高いと思う。私も動画を見たんだけど、かなり上位の霊、見える人が言うには女性の霊が憑いてるそうよ』
智彦には嶺衣奈の姿がはっきりと見えたが、それは智彦だから見えるようだ。
少し躊躇ったが、智彦はその件をも鏡花へと正直に伝える。
『んー、でも、そのアイドルの霊って、夢見羅観香に憑いてるんだよね?』
「しかも、その時間帯、彼女達はサンバルテルミ病院にいたみたいです」
『げっ、養老樹の所か。ならそのアイドルを模した別モノだと思うわ。熾天使会が見逃すなんてありえないだろうし』
嶺衣奈の姿をした別モノ。
まだまだ可能性の話ではあるが、鏡花の言葉に智彦は胸に抱えていた物が霧散した気分となる。
「鏡花さん、ありがとう」
『な、何が?とにかく、こっちも……多分熾天使会も優先順位上位で対応はしてるから、君も気を付けて』
鏡花に礼を言い、智彦は通話終了をタップすると、息を深く吐いた。
目に映るスレッド内の情報は、あの人形に対しての憶測が続いている。
しかも、被害者を辱めようとする書き込みもある。
だがその都度、掲示板の管理人が適切に対応し、話を行き過ぎない様に調整しているように見えた。
(でも、意外と人形に関する怖い話は多いんだな)
可愛さ、恐怖、温もり……、人形に対して人が抱く思いは異なる。
智彦が人形に抱く感情は、懐かしい、だ。
昔、九州にある母親の実家に遊びに行く度、応接間に並べられた人形を眺めていた。
日本人形、眼の細いフランス人形、ガラスのケースに入った五月人形……。
流石に夜は怖かったが、智彦はそこに彼らが存在する事に、一人では無いと安心感を抱いていた。
スレッド内では、人形に対して恐怖を抱く人が多いようだ。
それに付随して、様々な話が展開されている。
「ある高校では、校長が死んだ自分の息子を蘇らせるために、息子に似せて作った人形に毎年生徒を生贄として捧げていた」
「ある町では、死んだ人間が人形に魂を宿し、いじめで自殺した娘の無念を晴らす為に、いじめっ子を殺害した」
「ある廃墟では、精巧な女の人形が呪いをまき散らし、何とかしようと右往左往する人間を見て楽しんでいる」
以前ならば、あり得ないと鼻で笑っていたような話ばかりだ。
だが現実に起きているんだろうなと、智彦は目を細め、マウスを動かす。
(双子の人形、かぁ)
智彦が興味を抱いた話、双子の人形。
内容は、とある双子の一方が死んだので、それを模した人形を作ったら、それに魂が乗り移ったという話だ。
内容自体はその後特に何も無く、幸せに暮らしましたという話。
それ故に、スレの中では怖くないと一蹴されてしまっている様だ。
(いや、片方が生身ならそっちだけ年老いていくでしょ。これ、結果的にハッピーエンドとは言い難……あっ)
と、そこで智彦の中に、嫌な考えが浮かぶ。
桑島を殺したのは、本当に動画に映っていた人形なのか、と。
(動画の被害者の時、羅観香さんが何をしていたのか聞いてない)
完全に想像だが、人形が一体とは限らない。
仮に、人形が二体居るとする。
桑島が殺された時は、本人が言う様に二人ともサンバルテルミ病院に居たのだろう。
だが、最初の被害者が殺された時は……?
最初の被害者を殺したのは、見えた通りに嶺衣奈だったとしたら。
羅観香はそれを知っているのか、知らないのか。
知っていた場合、カニバリズムと言う儀式で、人間にしようとしているのか。
(あぁダメだ。こう、知的に考えるのは苦手だな、相変わらず)
一度考えると、嫌な考えが次々と浮かんで行く。
ただ本能で生きていたあの頃とは違う、煩わしさ。
同時に、友人を疑った自己嫌悪。
そう言えば、人を喰った人形とは別に、確かにもう一体人形が居たな、と。
智彦がそう考えると同時に、スマフォが鳴った。
『八俣すまん!人形が出たんだが、来てくれるか?場所は……』
若本からの、逼迫した声。
智彦はアガレスに外出を伝え、そのまま家から飛び出した。
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