二体の人形


人が出入りする度に流れてくる冷たい風を背で受け、智彦は首を傾げた。

本日オーディションを受けるはずの桑島が、黙々と仕事しているのだ。


オーディションの事を知らないのか。

はたまた、事情を知ってるのか。

周りのバイト仲間は、桑島を気にしていない様子だ。

智彦は何かあったのかと尋ねるために、桑島へと近づく。


「桑島さん、今日はオーディションじゃなかった?」


声もかけるも反応は無く、桑島は黙ったままだ。

その顔には表情が消えており、届いた郵便物を仕分け……。



(桑島さんの、霊!?)



桑島の手が、荷物をすり抜けている。

智彦は焦る思考を何とか抑え込み、桑島の霊を観察し始めた。


表情は無い。

セピア色の髪を揺らし、いつもの仕事をするように、動いている。


(……この後レッスンに行くんだろうな、彼女)


桑島陽夜は、もはや生きてはいないだろう。

バイトして、レッスンして……アイドルになる為の日々を、繰り返すだけの存在となってしまった。

執着、してしまったのだ。


智彦は沸き起こる行き場のないイラつきに、拳をぎゅっと握る。

桑島に何が起こったのか。

何の騒動にもなっていない事から、ココに居る仲間は彼女の死を未だ知らないと、智彦は考えた。


どう、するか。

悩む智彦が、第六感による外からの異様な気配を感じ取る。



「主任!すみません、ちょっと出てきます!」


許可を取り、智彦は外へと飛び出した。

遠くからサイレンが鳴り響いているのが聞こえ、予感を確信へと変える。

気配がするのは、北の方向だ。

すぐさま跳躍し、屋根の上を走り出した。


(何か事故に巻き込まれたのか?)


近付くにつれ増える、人、人、人。

バリケードの様に人の波を抑えるパトカーの群れの先には、小さな空き地が見えた。

智彦の網膜に、赤く灯るサイレンが五月蠅く映る。


(……あそこからなら、見下ろせるか)


ココからでは見えない、と。

智彦は空き地横の低層ビルの屋上へと、飛ぶ。


屋上に人はおらず、ドアは施錠されている様だ。

これなら安心だと、智彦は空き地を覗き込んだ。


大きさとしては、80坪程の広さ。

廃車置き場として利用されているのか、形の崩れた車両が積み上げられていた。

空き地の中心……、積まれた車により車道からは死角となっている場所で、警察が小さいブルーシートを囲んでいる。

ブルーシートの周りに散らばる、小物。


(……桑島さん、か)


小物には、見覚えのある物が多々あった。

何より、地面に置いてある小型のCDプレイヤーは、桑島が、休憩時間にダンスの練習で使っていた物に間違いなかった。

喪失感が、智彦を襲う。


(死体はどこだ?)


それらしきものは、あのブルーシート。

だが、大きさは風呂敷程で、とても人のサイズでは……。

ふと、何かの気配を感じ、智彦は緩慢に振り向く。


「……ッ!っどろいた。バレてないと思ったんスけどねぇ」


背後に居たのは、スーツを着崩した、だらしなく胡散臭い男性であった。

男性は驚いた顔を一瞬だけ貼り付け、ニヤニヤとした笑みを浮かべ直す。


男性を見た智彦の第一印象は、得体の知れない存在、であった。

人間の姿ではあるが、人間でない。

例えるなら、人の型をした容器に無理やり収まったナニか。

だが、特に敵意や害意は感じなかったため、智彦は警戒を解いた。


「えと、どなたですか?」


男性はポカンとし、次こそ表情を戻さなかった。

少しの間を置き、心底おかしそうに笑い始める。


「くくくっ、あー、いや、すまないッス。まさかここまでとは思わなかったんで、くはっ!」


恐らく、怪異の類だろう。

とは言え、力が制限されるであろうに、わざわざ人間の器に収まっている存在だ。

今は・・悪いモノでは無いだろう。

下の捜査が気にはなるが……智彦は、男性からの言葉を待つ事にした。


「あー……いや、失礼したっス。俺は道明堂って言う、まぁ、刑事っスね」


道明堂と名乗る刑事が、警察手帳を見せた。

何やら変な名前の部署が書いてあるが、そういうのもあるのか、と智彦は視線を戻す。

刑事がココに来た理由。

立ち入り禁止の場所に入り込んだ子供を追い出しに来たのだろうと、智彦は考えた。


「すみません、もう少ししたら出ていくんで、ちょっとだけ時間を頂けませんか?」


せめて桑島がどうなっているか。

智彦はどうしてもそれだけが知りたかった。


「いやいやいや、違うっスよ。追い出す為に来たんじゃないっス」


道明堂が手招きし、空き地から離れた場所を指さす。

智彦がその先を視線で追うと、見知った刑事がワンボックスカー横で佇んでいた。


「被害者である桑島さんの情報、あの人達から聞けるんで、どうぞ」


智彦が振り向くと、道明堂は声だけを残し、消えていた。

色々と考えたいが、今は話を聞こうと。

智彦は人目につかぬよう、ビルから飛び降り、走る。


「若本さん!能登さん!」


「っ!?八俣か!」

「なんて偶然……じゃないわね」


智彦の登場に、若本と能登が、驚く。

今まさに今回の事件の件で、智彦に協力をどう頼もうかと考えていたからだ。

だが、この出会いは何者か・・・の介入があったのだろうと、二人は気を取り直した。


「……アイツに、会ったか?」

「はい、ココを案内されました」


智彦の言葉に、若本は電子タバコを口から離し、頭を軽く掻いた。

その横では、能登が齧りかけの柘榴を仕舞い、タブレットを準備し始める。


「どこから説明するか。今朝、そこの空き地でな、死体が発見された」


能登の持つタブレットの画面に映し出された、財布、カード、学生証。

それらはやはり間違いなく、桑島の物であった。

智彦の中に、怒り……そして後悔が、沸き起こる。


「……知り合いか?」

「はい。同じ年齢で、バイト仲間で……何故わかりました?」

「解るンだよ。怒りや悲しみ、そして、あの時引き留めておけば……みたいな後悔の念が、匂ってくる」


さすが刑事だなと、智彦は改めてタブレットを見た。

恐らくだが、オーディション前にダンスの復習などをしていたのだろう。

もっと早く第六感が発動すれば、彼女を救えていたかも知れないと、智彦は歯を食いしばる。

そして、せめて桑島の最後の姿を記憶に収めておこうと、若本を見た。


「……死体は、見せて貰えますか?」

「あぁ。だが、条件がある」


智彦自身、捜査資料などを簡単に見せて貰えるとは思っていない。

むしろ、この状況がおかしいという自覚はある。

自身にできる事なら喜んで協力しようと、智彦は若本の言葉に首肯で返した。


「俺達の捜査に協力して欲しい。勿論、報酬も別に用意する」

「え、それは……いいんですか?一般人ですけど」

「あぁ。今回のはどうも、アッチの奴が絡んでいやがってな」


アッチ。

つまり怪異だろう、と。

ならば、桑島の仇がうてる、と。

智彦は、喜んで協力を申し出た。


「感謝する。の前に、俺達は他の刑事とは違い、独自に動いてる」

「だから、警察としての権力が使えない場面が出てくるから、そこは許してね」

「えぇ……改めて聞きますが、いいんですか?それで」


そこで、智彦の脳裏に、あの胡散臭い男の顔がよぎった。

あの男ならば、二人を何の御咎め無しに自由に動かせるだろうと、妙な信頼を感じてしまう。


「ところで、いつの間に引越したのよ。貴方の協力得たくてアパートまで行ったのに」

「あー、まぁ色々ありまして。住所と電話番号、後で教えますね」


引越していなければ、早めに情報共有をして、桑島を救えたかもしれない。

その事実が再び心がざわつくが、智彦は浅く息を吐き、タブレットへと手を伸ばした。


展開される、桑島の画像。

しかしそれは、一目では彼女だと解るような姿では、無かった。

肉食獣が餌を喰い、雑に食い散らかした後……そう言える、惨状であった。


「今、下顎……残った部位の治療痕等を確認はしているが、……彼女で間違いは無いだろう」

「そう、ですね。桑島さんの髪の毛の色ですし、こういう爪、付けてました」


無表情で画面を見る智彦に、刑事二人は何とも言えない表情を作る。

多くの警察官が戻し・・、ある種のトラウマとなった肉片を見ても、智彦にそのような反応が無いからだ。

これ以上の何かを、見ている。

二人はすぐさまその結論にたどり着いたが、それを聞く勇気は湧かなかった。


「次はコレを見て?最初の犠牲者が、殺される場面よ。日付は、二日前」

「動画、あったんですね。あまり動画サイトやSNSは見ないもので」

「ネットじゃ話題になってるらしいがなぁ。皆、面白半分みてぇだ……ったく」


上村から中古のパソコンを貰った智彦ではあったが、実はあまり使っていない。

スマフォはいいが、パソコンがどうも苦手だからだ。

最近はアガレスが、知識の倉庫として愛用しているようだ。


能登がタブレットへと手を伸ばし、動画を再生する。

まずは、ヌードモデルの様な人形が、歩いている場面。

次に、被害者の女性が、それを追う場面。

最後に、ナニかが、女性を屠る場面。


「八俣、最後の奴、お前にはどう見えた?」


動画が最後まで終わるのを待たず、若本は尋ねる。

が、智彦の眼は画面を凝視していた。

動画を巻き戻し、自販機の間に佇むナニかを、唖然として見つめる。


若本と能登はただならぬ気配を感じたが、口を噤み、智彦の言葉を待った。

しばしの間、智彦は視線はそのままで、深く息を吐く。


「……一見すると両方とも人形ですが、中身がありました」


まず一つ目の艶やかな人形。

これには人の霊が入り込み、人形を動かしている。

ただ、どういう訳か霊の輪郭が掴めず、大人だというのは解るが性別が解らない、と。

智彦は刑事二人へと説明する。


「それで、もう一体の方は?」

「最後のは……、女性を殺した方も、人形だと思います」


木片を組み合わせてただけに見える、お粗末な人形。

いや、人形ではなく、大きな木彫りの民芸品にも、見えた。

そして、それを動かしているのも、霊だった。


ただ、問題は……。




「なんで……、嶺衣奈さんが?」




問題はその霊が。

夢見羅観香に憑いているはずの、加宮嶺衣奈であった事だろう。

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