カニバリズム
普通であれば、木片で出来た人形が動いてるだけにしか、見えないだろう。
だが智彦には、裸の加宮嶺衣奈が人形に憑りつき、それを動かしているのが視えていた。
「すみません、少し時間下さい」
若本と能登に断りを入れ、智彦はスマフォを取り出し、電話をかけた。
数コールの後、聞き慣れた明るい声が、鼓膜を震わせる。
『はいはーい、どうしたのー、智彦君』
「忙しい時にごめん、羅観香さん。ちょっと聞きたい事があって」
どう、切り出すか。
だが、こういう時にハッキリ尋ねないと後々面倒になると考え、智彦は正直に切り出す。
「実はとある事件で、嶺衣奈さんに似た霊が人を襲っているんだ」
『……え?ちょ、ちょっと智彦君?どういう事!?』
焦る、羅観香の声。
それはそうだ。
知霊、しかも常日頃一緒に居る最愛の存在が凶行に及んでいる。
そのような事を言われて、驚かないわけが無い。
そして、嶺衣奈がそのような事をするわけが無い。
短い間ではあるが嶺衣奈と言う幽霊像を、智彦はある程度解っているつもりだ。
智彦はそれを念頭において、羅観香を落ち着かせ、尋ねる。
「俺も嶺衣奈さんの仕業だとは考えていない。けど、それを確定する為にいくつか聞かせて欲しいんだ」
『……解った。今、嶺衣奈もね、かなり戸惑ってるみたい』
だろうな、と。
智彦は眉を顰める。
霊相手に、アリバイ確認なんて無意味だ。
障害物関係無しに、目的の場所へ直行できてしまうからだ。
(それ以前に、嶺衣奈さんは羅観香さんから離れられないだろうし)
一定距離の間で一緒に踊る事などは可能だが、嶺衣奈は地縛霊として、羅観香に執着している。
なので、羅観香から離れて凶行を成す事は、不可能だ。
と、そこで智彦の中に、嫌な考えがよぎってしまう。
もし、現場に羅観香が居たら可能だ、と。
嶺衣奈を使って人を殺す理由は、解らない。
だが、確認すべきだと、当初の質問を変え、尋ねた。
「……羅観香さん、今朝は何処に居た?」
『アリバイって奴だね?今日は星社長と朝からずっと、なんだっけ……サンバルテルミ病院、って所に居るよ?』
「え、なんでそこに」
聖サンバルテルミ総合病院。
養老樹せれんのいる『熾天使会』に属する、病院だ。
『えと、今月の24日に開かれるパーティーで、ゲストとして歌うの。その打ち合わせ』
「大きいパーティーとは聞いてたけど、この時期に羅観香さんを呼べる程かぁ」
『最大レベルの警備がされるから安心、って聞いたけど、もしかして……?』
「うん、俺もパーティーに参加する予定だよ」
最大レベルの警備とはなんぞやと、こんな状況だが智彦は吹き出しそうになった。
養老樹グループ総裁の孫娘である養老樹せれんの婚約者(嘘)としての参加だが、そういう側面もあるのかと納得する。
だがそこまで言う必要は無いし、他言してはいけない事だろう。
(良かった、嶺衣奈さんじゃ無いようだ)
仮に、嶺衣奈があのような凶行に及んでいれば、病院内の『熾天使会』が、反応したはずだ。
そうなっていれば、今このように電話できる状況では無かったであろう。
智彦は内心安堵の息を吐き、念のために、尋ねる。
「変な事聞くけど、例えば嶺衣奈さんの体に特徴的なモノは無いかな?」
『んー……右側のおっぱいにホクロがあった、かな』
智彦はタブレット上の動画を、見直す。
裸状態の嶺衣奈。
その右側の乳房……乳輪に、薄いホクロが映っていた。
どう言う事だ?
智彦はさらに尋ねる。
「他に、ないかな?できれば羅観香さんしか知らないような」
『他?えっと……、何があるかなぁ』
その後も羅観香は色々と特徴を伝えたが、映像で見える範囲はすべて一致していた。
どう見ても、羅観香の記憶にある嶺衣奈と、同じだ。
だが、間違いなく映像の方のが偽物……。
(…あっ)
と、そこで。
嶺衣奈の事を詳しく知っているであろう人物を思い出す。
「……四十万芽瑠汀」
『もしかして、芽瑠汀ちゃん……?』
二人の予想が、同じ人物に辿り着いた。
芽瑠汀があの時発した「羅観香に憑いている嶺衣奈が偽物」と言う言葉。
つまり、自分にも嶺衣奈の霊が居る……と言う意味だったのではなかろうか?
『でも、そうしたら嶺衣奈が二人いる事になる、よね?』
「……訳が分からなくなってきた。羅観香さん、少しこっちで調べてみるよ」
『ううん、昨日言ったように、私が直接』
「ダメだ。嶺衣奈さんが憑いているとはいえ、今回は人が死んでる。危険すぎる」
智彦の、圧のある言葉。
電話の向こうから羅観香の息を呑む声が聞こえた。
『……わかったよ。嶺衣奈も駄目だって首を振ってるから、今回は大人しくしておくよ』
「うん。何か解ったらすぐに教えるから。嶺衣奈さん、羅観香さんをよろしくお願いします」
『あはは、解ったってサムズアップしてる。智彦君も気をつけてね?』
とりあえず、情報を整理しようと、智彦は息を吐いた。
後日詳しく話す事を約束し、一旦、羅観香との通話を終える。
気付くと近くから聞こえるサイレンの音が、減っていた。
ただやはり人は多いようで、閑静な住宅街を喧騒が侵食していく。
喧騒だけじゃない、非日常への不安と恐怖もだ。
智彦はスマフォを仕舞いながら、二人へと向き直す。
「……八俣、おめぇすごい奴と知り合いなンだな。よければサイ」
「若本さん、ミーハー心出しちゃダメですからね?……で、説明してくれるわよね?」
「さっきも言ったように、被害者を殺した人形には、加宮嶺衣奈に見える霊が憑いていたんです」
智彦は、一連の会話を二人に説明した。
人形についている霊は、夢見羅観香に憑いている霊、と言う事。
だが、諸事情で、夢見羅観香に憑いている霊とは別人……別霊であるという事。
なのに、まるで本物の様に、特徴が一致している事。
そして、四十万芽瑠汀というアイドルが、その別霊を知ってる事をほのめかしていた事。
「そもそも、四十万芽瑠汀がどのように嶺衣奈さんの霊を手に入れたのかが、解らないんですよ」
しかも偽物とは言い難い、本物との差異の無さ。
智彦自身、実は霊体が分裂したのではと思い始めている程だ。
「それに、どうして人を殺しているのかも……」
最初は、快楽的に殺し、捕食しているように思えた。
が、智彦の眼には、嶺衣奈……人形が何かの儀式を行っているように見えたのだ。
冒涜ではあるのだが、殺す相手の死を尊重する、歪さを。
「カニバリズム、か……」
若本が、ぼそりと呟く。
一瞬、能登の体が揺れた。
「カニバリズム……?」
「
智彦は、その言葉の意味は知っていた。
何せ、先日ココに居る三人で実際に『視て』しまったからだ。
その時は人を食べるという禁忌だったが、若本の声から、今回のは別の意味を持っていると、感じる。
同時に若本の話を聞いて、成程と思った。
思い出すのは、富田村での地獄。
敵を殺し、魂を得て、自身を強化して行った日々。
あの時確かに、殺した敵の魂が自身の血肉となって行く軋みがあった、と。
「この人形は人間になりたくて、人を襲い食べてる……?」
人間に成る為に。
髪を、皮膚を、臓器を、顔を、四肢を、……魂を。
この人形は体に取り組んでいるのか。
勿論可能性の話ではあるが間違いないだろうと、智彦は答えを導き出す。
若本も同じように考えているようで、不愉快そうに顔を歪め、電子タバコを取り出した。
紫煙が、遠く青い空へ吸い込まれていく。
「そんな!だ、だったらまだまだ犠牲者が出る……って事、ですよね?」
「だろうな。俺達だけじゃ手が回らねえ。全員に協力して貰わねーと無理だな、こりゃ」
「人形が人間になる為に人を襲ってる~って言うんですか?信じるわけないじゃないですか」
「そっちの方は、
刑事二人が、荷物を仕舞いながら立ち上がった。
智彦も、バイトへと戻る準備をし始める。
「よし、じゃあそのキラキラネームの嬢ちゃンをどうにかすればいいンだな?」
「アイドルってんなら、情報入手も容易ね。まずは自宅から、かな」
打ち合わせを始める刑事二人。
こういう時は個人の力はあまり意味をなさず、やはり大きな組織と権力がモノを言う。
智彦は改めてそう思い、二人に頭を下げた。
「俺の力が必要な時は連絡下さい、こちらもそう言うのに詳しい人達に伝えておきます」
「おう、任せたぞ!」
今の会話を《裏》の鏡花へ伝え、後は専門に任せよう。
あと、知識は必要だ。
バイトが終わったら、家のパソコンで色々調べてみようと、
智彦は二人が見ている前で跳躍し、バイトへと戻って行った。
「……やっぱアイツ化け物だわ」
「それに関しては完全に同意しますよ」
すぐさま遠くなっていく智彦を見て、若本と能登は無表情となる。
だが、だからこそ、頼もしいとも。
「無差別かも知れンが、四十万芽瑠汀と被害者の関係を洗うか。あと八俣には悪いが、夢見羅観香も見張らなきゃいかンな」
「可能性がゼロでは無いですからね、っと、ああっ!?」
能登のバッグから、小さいタッパーが転げ落ちた。
中に入っていた食い残しの様な肉片を見て、若本は顔を顰める。
「何落としてンだよ、弁当か?おい、道明堂!どっかで聞いてるンだろ?いろいろ手配しろよな!」
やる事が山積みだ。
だが、これ以上被害者を出すわけないはいかない。
(犯人が人間なら、まだいい。だが、幽霊とかそンなのだと、遺族が報われねぇンだよ)
若本と能登は、過去にも怪異が関わる事件を経験している。
その都度、犯人という感情の矛先が存在しない事に絶望する被害者の遺族を、見て来た。
今回の事件が終わっても、被害者を殺したのは霊が憑りついた人形だ。
それを犯人として逮捕し、裁判を行い、実刑を受けさせる事など、できやしない。
四十万と言うアイドルが人形を使っていたとしても、それで逮捕もできない。
司法において、オカルトを証拠に使えない。
立証も……。
(……不可能だろうな。あぁ、くそっ!)
出来るのは、これ以上被害者を増やさない事だ。
道明堂がどこまで権力を使っているかは解らないが、上司に色々と無理を言わねばならない。
まだまだ集まる野次馬に目を向け、若本は不機嫌さを浮かべたまま首をコキリと鳴らした。
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