お見舞い
智彦の日常は、徐々にではあるが変化していった。
「それじゃあ行ってくるね、母さん」
「行ってらっしゃい、智彦」
いつもの朝、いつもの挨拶。
だが以前と違うのは、言葉が交わされた玄関が広くて綺麗、と言う事だろう。
智彦は母親に見送られ、家を出て……振り向いた。
ニューワンスタープロダクションの星社長と交わした契約の元、住み始めた我が家。
元々はアイドルの合宿用に作られた家は、部屋が広く、しかも多い。
冷暖房完備、トイレは洋式でウォシュレット、お風呂は足が延ばせる程の快適さ。
賃貸ではあるが、隣人への生活音の配慮を考えないで良い生活に、八俣親子は大変満足していた。
(星社長には頭が上がらないな……、道理に反していない限り、力になろう)
智彦自身、星社長に囲われ始めている事は、何となく理解していた。
とは言え、理不尽な事をされる訳もなく、ちゃんとした対価を与えてくれる。
また、羅観香を始めとした知人がプロダクション内にでき、居心地も悪くない。
しかも、母親にはプロダクション内の売店勤務、智彦には機材搬入等のバイトを紹介してくれた。
上記の理由で、智彦は拒む理由が無い状態だ。
一方、星社長としては、智彦との縁は僥倖であった。
ニューワンスタープロダクションは、急成長した会社だ。
《裏》……通称裏の世界の存在の力を借りたい事態があっても、伝手が無く、苦慮する事が多かった。
そこに現れたのが、智彦だ。
羅観香の心を救い芸能界での躍進を手助けしただけは無く、霊的な現象に強い逸材。
《裏》の伝手が無かった星社長は、智彦を専属して……勿論ちゃんと対価を用意して、助けて貰おうと考えた。
なお、このような場合、まずは《裏》から接触してくるという。
今回は《裏》がメンツを潰された事となるも、智彦をニューワンスタープロダクションに縛り付けておけば、ある意味やりやすい、と。
《裏》の話し合いの結果、波風立てない様に、また、智彦……ニューワンスタープロダクションへ害ある事をしない、と纏まった。
(よし、行くか)
智彦はトントントンと、三回程その場で軽く跳ね、そのまま走り出した。
人の眼がある所は適度に、無い所では全速力で駆け抜ける。
そして約二分。
智彦は、目的地であるサンバルテルミ総合病院へと到着した。
朝早いのに、外来はすでに多い。
タクシーも頻繁に発着しており、如何にこの病院が人気なのかが伺える。
受付で手続きを済ませ、病棟内を進む智彦。
普通であれば、この様な病院には多くの『人ならざる者』が彷徨っている。
自分が死んだと気付かぬ者、道連れを探す者、弱った魂を屠ろうとするモノ……。
だが、熾天使会と言う《裏》に属するこの病院では、そのような存在は排除されている様だ。
(大企業だけじゃなく、病院もお得意さんなんだろうな、《裏》には)
結局は、光と影のような関係なのだな、と。
智彦は賑やかな声が零れる病室をノックし、そのまま扉を開けた。
「おはよう、二人とも」
「おはようですぞ、八俣氏」
「おう、八俣。……別に毎日来なくても良いんだぞ」
中では上村と目付きの鋭い男子が、雑誌を見ながら談笑していた。
男子はベッドに横になっており、ベッドに張られた名札には「
「そういう訳にもいかないよ。俺のせいでそうなっちゃったんだから」
「元はと言えば俺が挑んだからだろ。むしろこの程度で済んで良かったと《裏》の連中は笑ってたぞ」
彼は、以前口裂け女……紗季の件で、上村を傷つけた《裏》の人間だ。
智彦と言う異常な存在と交友関係を築くという名目で、智彦の学校へと転校して来た。
智彦の親友である上村を傷つけた件から、縁を結ぶのは絶望的……と思われたが、上村は気にしてないと、和解。
しかも人気特撮番組「アーメンライダー」のファンと言う事で、意気投合してしまった。
紗季からは逆に、上村と出会うきっかけと作ってくれてありがとう、と感謝されてしまう。
上村と和解したのならば、次は智彦とだ。
縣はまず、智彦に力比べをして欲しいとお願いした。
最初こそ迷ったが、自身の力をどの位制御できるかと言う考えの下、智彦は了承。
結果、縣が片手片足骨折で入院してしまったのだ。
そのお陰か、そして縣の裏の無い性格故にか、智彦と縣も仲の良い関係と成った。
「しかし自分のイメージだと、《裏》の世界であれば、こういうケガをすぐに治す手段があると思いましたぞ」
「あー、あるにはあるんだけどよぉ」
「あるんだ?」
智彦はつい、興味を示してしまう。
自動回復と言う異能を身に付けてはいるが、そのような魔法みたいなモノがある事に驚いたようだ。
二人の反応に、縣は困ったように首を振る。
「体の治癒力を急激に高める薬はあるが、副作用が酷くてな。寿命も縮むっても言われてるし、使いたくねーんだよ」
やはり、そんな美味しい話は無いようだ。
智彦と上村は心なしか落胆し、それを見た縣が笑い声をあげる。
ふと、ドアの向こうに気配がした。
「話が聞こえたんでね。そこで、私達の出番って訳さ」
「お早うございます、調子はどうかしらぁ~?縣さん、って、あらあらあら~、お二人も」
熾天使会に属する養老樹せれんと、体重が120はありそうな肥満漢が、部屋へと入ってくる。
以前と同じく、金色の髪を揺らす養老樹の後ろには、守護天使なるマッチョが健在だ。
守護天使は智彦に気付くとニカリと笑い、ますます磨きのかかった上半身の筋肉を披露した。
「さて、少し見せて貰うよ、縣君」
「お願いします、石田さん」
石田と呼ばれた肥満漢が、縣の患部へと手を当てた。
一見すると変化は無いが、智彦は目を見張る。
「霊力、って奴ですか?縣の体に吸い込まれてる……」
「ほぉ、解るかい?流石、お嬢が認めただけはある。まぁ治癒を早めるだけなんだけどね」
智彦が養老樹に目を向けると、何故か得意気だ。
一方、消耗はすごいようで、石田の顔には大粒の汗が流れ出す。
「このように、熾天使会では医療分野にも能力を使ってるのよぉ~?」
嫌な顔もせず、養老樹が石田の汗を拭く。
そうしている間に、治療は終わった様だ。
「この後レントゲンを撮って、接骨していたらリハビリかな?二日後には退院できるはずだよ」
「は、早すぎますぞ!?」
「骨折して一週間経ってないのに……、これ、医療界のバランス崩しませんか?」
智彦の言葉に、部屋内の全員が「お前が言うのか」な表情となる。
石田はポケットからハンカチを取り出し、苦笑を浮かべて説明し始めた。
「一般にはしていないよ。あくまで、私達の様な職業の人だけ、になんだよ」
やはり、と言うか。
この様な特別な治療は、《裏》に関する人達向け、らしい。
治療費は、通常の二倍程だそうだ。
時たま話を聞いて、政治家等のお偉いさんが依頼する事もあるらしいが、巨額の金が動くとの事。
「医療班に糸使いがいれば切断された部位も結合できるし、昔と比べ互いの医療環境は整っているんだよ」
「この業界は常に人手不足なのよぉ。昔はそれこそ使い捨てな扱いだったらしいけど、愚かよねぇ~」
「体を欠損した人も以前はリタイヤだったけど、特殊な義手等を付けて復帰する人も多いんだよ」
「ちなみにこの石田は、そういう義手作成も受け持っているのよ」
一見太った中年男性である石田だが、かなり有能のようだ。
そんな裏事情をバラしてよいのか?
そう、智彦は思うも、上村含めてすでにそっちの世界に足を踏み入れてる故の情報共有なのだと、納得した。
「今更ですけど、その、《裏》と熾天使会って、対立してるわけじゃ無かったんですね」
「当り前よぉ。昔はそうだったらしいけど、今はある程度は協力してるわぁ」
「だよね、せれんと鏡花さん、仲が良いし」
「なっ!?ばっ、ちょ、八俣智彦!撤回しなさぁい!田原坂鏡花とは、ライバ、いや、仲なんて良くないわよぉ!」
養老樹がぷんすかと怒り出すが、そこに覇気は無い。
縣は二人の関係を知っているだけに、声を上げて笑い出した。
「ふむ、となると、死者を生き返らせる術もあるんでしょうなぁ」
ふとした上村の一言に、縣、石田、養老樹の顔が曇った。
智彦自身も何気にそう思っていたのだが、どうやら違うようだと感じ始める。
「ねぇな」
「無いですね」
「無いわよぉ」
死者の蘇生。
それは『禁忌』の領域なのだ、と。
養老樹は言い聞かせるように語る。
「過去に成功例はあるみたいなのよぉ、でも、体が腐り落ちたとか、そんなのばかりなのよねぇ」
「基本的に身体と魂が離れれば、そこまでなのですよ。万が一に魂を戻しても、入れ物である身体は朽ちるだけなのです」
「代わりに別の入れ物に魂を入れる、外国語で言うゴーレムって技術はあるんだぜ?日本じゃ失伝してるっぽいけどな」
そういうものか、と智彦は思ってしまう。
ゲームでは、死んだ人間を簡単に生き返らせる事が出来る。
自身もゲームの様な世界に居た事から、蘇生と言うモノが身近にあると信じ込んでいたようだ。
「だからこそ、不老不死を皆、求めてしまうのでしょうね」
「あら~?それこそ禁忌よぉ。まぁ、日本には一人、存在してるけど」
「あの婆さんなら大丈夫だろ、趣味の世界に生きて本当に楽しそうだったからな」
死者を復活させる術は無くても、不老不死は存在している様だ。
と、智彦は室内の時計を見る。
「話の途中すみません、バイトがあるんで、今日はこの辺で帰らせて頂きますね」
「おっと、今日はプロダクションでバイトでしたな。羅観香氏によろしくですぞ」
「見舞いありがとうな、八俣。また学校で会おうぜ!」
其々に頭を下げ、病室を出た智彦。
星社長から勧められたニューワンスタープロダクションでのバイトは、給料が良い。
勿論それ相応の肉体労働なのだが、今の智彦には楽であった。
走れば三分で着くだろう、と。
智彦は病院出口へと向かう。
一歩踏み出した瞬間、ガララと音が響いた。
「八俣智彦、少しだけ時間を頂けるかしらぁ~?」
後ろでドアが開き、養老樹が智彦を追いかけて来たのだ。
まだ時間は余裕があるため、智彦は足を止め振り返る。
「大丈夫だよ、何かな?せれん」
「貴方、12月24日……イブの日だけど、何か予定はあるかしらぁ?」
智彦は、視線を上に向け、思い出す。
裏切り者達との格差を思い知らされていたクリスマスデートは、もはや存在しない。
バイトは、何かしら大きなイベントがあるのか、搬出の仕事が午前中に入っている、だけだ。
「午後からなら大丈夫だよ」
まさかデートのお誘いでは無いだろうから、仕事の依頼かな?。
自身の外見を自覚しているからこそ、智彦は気楽に対応する。
……だからこそ。
「あら~?だったらその日に、私の婚約者になってくれないかしらぁ?」
養老樹のお願いに、智彦は言葉を失ってしまった。
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