人形

人形 ~プロローグ~



闇夜に揺れる、赤、赤、赤。

けたたましいサイレンは誘蛾灯の様に人を呼び寄せ、月明かりが降り注ぐ中、堅牢な人垣を築いていた。


場所は、駅近くの高架線下。

普段、夜でも人通りが多く、週末は酔っ払いの声が楽しそうに響く、賑やかな所である。

そこで、悲劇が起こった。


男性と女性、二人組の刑事が、関係者に頭を下げ、現場へと入る。

静謐な月の光の下に漂う、血の匂い。



「……で、これがガイシャ?」

「は、はい」



何かを必死に我慢する警察官。

ベテランの風格を醸し出す刑事……若本が、彼の視線の先を見て、片眉を上げた。


血の海の上にそっと被された、風呂敷ほどのブルーシート。

若本は両手を合わせ、そっと言葉を呟いた後、ブルーシートを捲った。

濁った瞳と、眼が合う。


「……言い方を変えるか。ガイシャは、コレだけ?」

「……はい」


警察官の頷きに、若本はブルーシートを戻しながら、鼻で深く息を吐く。

タバコを取り出そうとする手が止まり、そのまま白髪の混ざった髪をボリボリと掻いた。


後ろでは、若本の部下……能登が、口元をハンカチで抑えていた。

心なしか呼吸が荒く、黒く綺麗な髪が、上下に揺れる。


「部分的に、頭の上部分だけ。四肢含めた他の部分は、どこに……」

「切断された、ってな断面じゃねぇな」

「はい。まるで……」

「あぁ。能登、動物園から猛獣が逃げたって話は無いよな?」

「ありませんね。あと、ペット関係もそういうのは聞いてないです」


ふと、罵声が響いた。

若本が声の主に目を向けると、顔見知りの刑事が二人を指さし怒鳴っている。


(おいおい、現場に根回しぐらいしとけよ)


本来、二人はこの場に居てはいけない立場だ。

だが、とある人物から現場に呼ばれ、ここに来たのだ。


「はいはい、ちょっとすまねーっス。いやぁ、先輩、姐さん、早かったっスね!」


ヌルリ、と。

何処からか中肉中背の刑事が現れ、若本達に手を振る。

彼は騒ぐ刑事達を諫め、近くにあるワンボックスカーへと、二人を誘導した。


「通達が遅れてたみたいで迷惑かけたっス。すみませんね」

「ホントよ!私達、ただでさえ肩身が狭いって言うのに」

「そンだけ色々と混乱してンだろ?話す気はあるンだろうな?道明堂」


若本と能登が後ろの席へ、道明堂と呼ばれた男は、運転席へと座った。

車のエンジンがかかる気配は、無い。

代わりに、道明堂はタブレットを二人へ渡してきた。


まずは見ろ、と言う事らしい。

道明堂のにやけた顔に舌打ちし、若本はタブレットで再生される動画を見始めた。

能登が横から覗き込み、顔を曇らせる。




『じゃあ今日はここで、動く美女人形を待ち伏せしたいと思います!』


所謂、配信と言う奴だろう。

ブルーシートの下で眼が合った若い女性が、画面の中で、元気な声を張り上げていた。


「被害者は、久住悠くじゅう ゆう 、付近の高校に通う17歳っス。く~ゆって名前で活動してる、中堅動画配信者っスね」


ポニーテールを元気に揺らし、チャームポイントだろう犬歯を覗かせる、少女。

あの骸は、少し前までは当たり前のように生きていた。

未だ慣れる事のない喪失感に、二人は眉を顰める。


『人形は人がいる場所に出るそうです、だから、今日は週末だからココが狙い目かなーって』


動画の中の少女は、動く美女人形、と言う単語をよく使い、街中を歩いていた。

画面には、彼女への反応が文字となって、横から流れ消えて行く。


「能登、動く美女人形って、なンだ?」

「今話題の都市伝説、ですね。なんでも、裸の美女を模した人形が、体を見せつける様に夜道に現れるそうです」

「それ、痴女じゃねーのか?」

「残念ながら、人形、みたいなんですよ。人形の関節があり、手や首も外れるそうです」


誰かのコスプレなんじゃないか?

若本が道明堂へ目を向けると、相変わらずにやにやと笑っていた。

ココで否定してこないという事は、能登の言う通りなのだろうと、再び動画に目を戻す。


外では、相も変わらず喧騒が続いてる。

だが二人は動画に集中していた。


動画が始まって、10分程。

被害者の周りで、歓声が響いた。


『え?何?もしかして出、あ、いたぁ!皆、人形がいたよ!歩いてる歩いてる!』


画面が切り替わる。

すると、欧州人の美女が、丸裸で歩いているのだ。

一見すると人間だが、なるほどと、若本は鼻を鳴らした。

首、肩、脚の付け根は間違いなく無機物の関節であり、動く度にコキリコキリと異音を放っている。


「こいつか。……詳しくは後で聞こう、そろそろか?」

「そう、ですね」


人形を追いかけ始める人々。

被害者の少女も、同じように追いかけようとし始める。

場所は、被害者が骸となっていた、先程の場所だ。




『え?何?』



何かを感じ取ったのか、少女のカメラが自販機と自販機の間へと向く。

画面の向こうのソレと、目が合った。


「っ!?」

「あ」


『だれで』


ソレが、つぶらな瞳のまま、口をカクンと開く。

中には爪楊枝状のモノがびっしりと詰まった、歯。


木でできた、小さな子供程の……黒く丸い目が付いたデッサン人形の様なソレは。

大きく開いた口で、少女の体を抉った。


口部分を狙われたからか、少女の声は聞こえない。

地面に落ちたカメラが、煌々と輝く自販機だけを映している。


無機物の奏でる、歪な音。

有機物が失われていく、咀嚼音。

画面にびっしりと流れる文字の向こうで悲鳴が聞こえ、耳を塞ぎたくなるような音が止まった。


そこで、映像が終わった。

若本と能登は汗ばむ手で、黒くなった画像をじっと見つめる。


「道明堂」

「なんスか?」

「コレは、なンだ」


自身の顔が映った黒い画面を見ながら、若本は道明堂へと尋ねた。

横では、能登が道明堂を睨んでいる。


「人形っスね」


どうせ胡散臭さを増した顔で、のらりくらりと躱される。

若本は半ば諦めていたが、道明堂はすんなりと答えた。


「お前のとこにある資料、全て渡せ」

「さっすが先輩!そう言うと思ってましたよ!これっス」


「ちょ、ちょっと若本さん!首、突っ込むんですか!?明らかにアレですよ!?」

「人が、しかも若い命を奪われたンだ。やるしかないだろう」

「それは、そうですけど!コレ、下手したら死んじゃいますって!」



能登の不安を流しながら、若本は道明堂から資料の入った紙袋を預かる。

ソフトケースが上にあるのを見て、タブレットも資料なのだと、袋へと押し込んだ。


「姐さん大丈夫っス!こういう時の為に、警察手帳には魔除けや結界の加護があるッスよ」

「それは以前聞いたけど、大丈夫なの?かなり性質が悪そうよコレ!」


騒ぐ能登を一瞥し、若本は大きく息を吐いた。

能登へじゃなく、自身の境遇にだ。


「人を喰う人形、か。この間そンな事件扱ったばかりなのにな」

「……っ!」


若本の無表情な言葉。

能登の脳裏に、友人とその家族が起こした事件が蘇った。

日々の仕事に忙殺され思い出す事も少なくなっていた時へ不意打ちで、動きが止まる。


「あんなのと一緒にしちゃダメっスよ、先輩」


初めて聞く、道明堂のまじめな声。

若本と能登は弾かれたように、顔を上げ、道明堂を見る。


「この人形は、カニバリズムを成そうとしてるんじゃないっスかね」

「カニバリズムって、人を食べる事、よね?」

「それもっスけど違うンスよ、姐さん。カニバリズムってのは畏怖する奴、成りたい奴の体の一部を取り込む、言わば儀式なんスよ」


道明堂が前を向き、後方席のドアを開けた。

冷えた空気が、室内を侵食し始める。

話は、以上だ。

そう言う事なのだろうと、若本と能登は、車から降り始める。


現場は、未だ騒然としていた。

野次馬も増え、各々がまるで義務かの様に、スマフォで撮影している。



「先輩、姐さん。今回は、に協力をお願いした方がいいかも知れないッス」


「……かも、知れンな」

「……やっぱ、それほどの化け物、って事よね。うぅ……」


「勿論、俺達も別方面で捜査とフォローするっス。お互い死なない程度に頑張るっスよ」


道明堂が、人垣の中へと消えて行く。

どうも今回も、面倒なモノに巻き込まれたなと、二人は顔を見合わせた。


「さて、と」

「とりあえず、資料から見ますか」


まずは何処から手を付けるか。

そういえば、人形と言えばもう一体いたなぁ、と。


若本はポケットから電子タバコを。

能登はバッグから袋に包まれたザクロを。

それぞれ、取り出した。

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