隙間録:発覚
横山愛は、某テレビ局内を駆けずり回っていた。
「横山さん、南方、二キロメートル内の霊障数値を一時間毎にお願いします」
「は、はい!じゃあ夕方まで測定地点で待機します!」
「いえ、測定後、戻って来て下さい。迷宮内のバランス調整の会議に参加して欲しいそうです」
「え、私がですか?でも、そ、それを繰り返すんですか?二キロも離れてる、のに?」
「はい。……勿論、して頂けますよね?」
「ひゃ、はい!」
したくない。
そんな苦行できる訳がない。
だが相手の格が上なので、そんな事言えるわけがない。
《裏》の序列は、自身の失態一つで家族全員に迷惑が掛かってしまう。
愛は不平不満を何とか飲み込み、テレビ局から自転車に乗り飛び出した。
「自業自得、だけどさ、この扱い、いい加減、キツいんだけど?」
ペダルをこぐ力をつけるため、あえて、言葉に出す。
額から流れる汗が目に入らぬように上を見ると、ここ最近意識して見ていなかった青い空が、広がった。
彼岸花の社に挑むも、そのまま囚われ、救助されたあの日。
愛は家長に呼び出され、叱責された。
家に保管してある祭具を無断で使用し、しかも第三者に救助される。
この事は《裏》の世界に広がり、横山家はさらに馬鹿にされる事態となった。
事態を重く見た家長は、愛を鍛え直す為に、罰を含め『分家』の仕事を手伝わせる事を決定。
以上の理由で、愛はあの日から、学校が終わってはタダ働きさせられる日々が続いている。
(あの日以来、光樹も元気がないし、直海も静かになるし、クラスの連中からは、変に恨まれてるし)
これもすべて、八俣智彦のせいだ。
そう考えると同時に、体がブルッと震える。
あの社で、能面の巫女を容易くあしらう智彦の姿が、ある種のトラウマとなっていたからだ。
(やっぱアイツ、化け物よ!……須藤の奴も多分、殺されたんだ)
須藤が行方不明と聞いて、愛は真っ先にそう考えた。
須藤だけじゃない、その悪友達も一斉に消えている事が、愛には唯々恐怖であった。
(もう絶対アイツとは関わらない!いっそアイツのいない学校に引っ越ししよう!光樹は惜しいけどさ!)
力を持ってしまっている故、愛は《裏》からは逃れられない。
命を張るため一般の仕事よりかははるかに金入りも多いため、愛自身も抜けようとは思っていない。
ならば問題は簡単だ。
今度こそ智彦と関わらぬよう物理的に距離を置こうと。
直海や光樹のバカに巻き込まれぬようにしようと。
愛は決心した。
(逃げるようで癪だけど、相手が相手だし仕方ない、よね!)
目的地に着き、彼岸花の社が周囲の霊に悪影響を及ぼさないかの調査をし始めた、愛。
霊達はチラホラとテレビ局を意識するものの、狂乱したりする悪影響はないように見えた。
(あの場合、彼岸花の迷宮がテレビ局に取り憑くって認識、なのかな……ん?)
データをまとめ、喉を潤す暇すらなく、愛は自転車にまたがる。
そこで、スマフォが鳴った。
「相談に乗って欲しい」
直海からその一文を受け取った愛は、馴染みの喫茶店へと向かう。
仕事が終わって疲労困憊だが、なんとなく無視できないような空気を感じた。
今までは、甘言に乗り恋人を裏切った愚かな女だと内心馬鹿にしていた。
だが、智彦という共通の敵を前に一致団結した期間があり、戦友…のような気持ちを、愛は抱いてしまっていた。
光樹との関係を焚き付けた身ではあるが、結局は本人が選んだことなので、愛に罪悪感は無いようだ。
(どうせ八俣とやり直したいから力を貸して欲しい、とかなんでしょうね)
あの日以来、狂気的に智彦をバカにしていた直海は、愛から見てとても静かになっていた。
そして事ある毎に、視線は智彦へと向いていた。
あの極限の中助けられれば惚れ直すのも仕方がない。
(でも流石に無理なんじゃないの?直海)
目の前で繋がっている場面を見られ、不貞を暴露した。
それだけでも絶望的なのに、強姦されたと嘘を言いふらし、警察沙汰にもなったのだ。
カランと喫茶店のドアを鳴らし、暖房が効いた店内へと入った。
直海の姿を認めるも、その余裕の無い焦燥しきった表情に、愛はどうしたものかと考え出す。
(変に慰めや応援は止めとこうかな。無理。この一言しかないよ、直海)
愛が直海の向かいへ座ると、この時初めて、直海は愛の存在に気付いたようだ。
まずミックスジュースを頼もう。
愛がウェイターへと手を上げ……ようとした瞬間。
直海が愛の腕を、掴んできた。
「ど、どうしよう愛!私、妊娠、してるみたいなの!」
「…… …… ……はぁ?」
誰の?
いや、答えは出ている。
またこの二人のバカに巻き込まれるのか、と。
私を巻き込んで、そんなにあの化け物と関わらせたいのか、と。
愛の直海を見る目が、以前のモノへと戻った。
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