彼岸花 ~エピローグ~


行方不明であったHOKUGAの会長、来根来北牙が重傷を負うも一命を取り留めたというニュースから、一ヵ月。

HOKUGAのまわりで起こる様々な怪奇現象はもはや噂に留まらず、様々な映像を元に世間からは『祟り』と認識されていた。


「すごい事になってるねー」


クリスマスの雰囲気がチラホラ見え隠れする、休日昼間のファストフード店。

いつもの席に座る二人組の女性が、互いのスマフォを見ながら呟いた。


「社員が事実上全員退職、だって。そりゃ祟られたくないから皆辞めちゃうよね」

「日本有数の大企業がこんなだから、海外にも紹介されて大変な事になってるみたいよ」


ボーイッシュ娘の言葉に頷きながら、眼鏡娘がスゾゾとシェイクを啜る。


「いろんな違約金で、倒産しても巨額の借金が残るってニュースで言ってたわね」

「お金で済めばいい方なんじゃない?これ、祟りずっと残っちゃうでしょ」


二人組が言うように、HOKUGAを経営していた来根来一族は、今や悪い意味で『時の人』だ。

日本有数であった・・・総合総社HOKUGAを倒産をさせ、巨額の借金を背負い、栄華を誇った来根来一族は、もはや見る影もなくなっている。


北牙は、下半身を失い車椅子生活だ。

その妻である砂緒は、彼の介護を強いられている。

その為、その息子夫婦達にあらゆる責務が伸し掛かり、その顔から笑顔が消えて久しい。

とある事情で夫婦関係と家族関係が壊れた為、一族は地獄の様な日々を送っている状態だ。

元々人間性に難ありと評判が悪く、彼らに手を差し伸べる存在は皆無であった。


「会長がコレじゃあ、未来なんて無いね」

「近所のお姉さん、HOKUGAに就職してたんだけどさぁ」

「うわっ、大丈夫だった?」

「何とか回復してるみたいだけどね、精神ボロボロっぽいかな」

「HOKUGAの元役員もそんな感じみたいだし、怖いわねぇ祟りは」


ボーイッシュ娘がこの時期の名物である炭水化物の暴力を具現化したバーガーを、屠る。

眼鏡娘は若干呆れながら、何気なしに周りを見渡した。


「……最近、さ。霊とか怪奇現象とか、当たり前のようになってない?」

「……かもね。夢見羅観香なんか、もう普通に番組で嶺衣奈ちゃん見えてるし」

「今まではさ、作り物と怪奇現象の違いが解り辛い、だったのに、全部本物に見えちゃうのよね」

「だねー。この間始まったタカモリの新番組、あれ絶対本物だよ、ネットでも皆言ってるし」

「うん。何と言うかねー、こうも多いとありがたみが無いんだよね」

「あはは、何よありがたみって!あ、そういやさ、聞いた?人形の話」

「あー、動くマネキン?あれ不思議と動画が出回って無いんだよねー」


話に熱中する女子二人組の横を、女性一人、男性二人の三人組が歩いて行く。

特に注目を浴びないまま、三人はいつもの席へと座り、トレー上のジャンクフードを分けだした。



「いやぁ、八俣氏の引っ越しも無事終わって、安心ですぞ」

「だね!言っちゃ悪いけど、荷物が少なくて思ったより楽だったかな」

「私物少ないからね、でも、二人とも手伝ってくれてありがとう。今日は細やかではあるけど、奢りって事で」


三人組は、智彦、上村、変装した羅観香だ。

今日は、ニューワンスタープロダクションの星社長と交わした約束の下、使わなくなった一軒家への引っ越しの日であった。


荷物は少ないものの、星社長が手配したトラックで、引っ越しの作業は滞りなく終わった。

既にインフラ等の居住環境も整い、今日の夜から、さっそく新しい家で智彦達は生活する。

ボロアパートから去る際に、母親の顔には何かを惜しむものが一切無かった事が、智彦には印象的だった。


「羅観香さん、ありがとうね。何から何まで……星社長にも、有難う御座いましたと伝えておいてくれるかな?」

「ううん、こっちこそだよ!タカモリさんと共演できるようになって、星社長も喜んでいたからね」



彼岸花の社を脱出した、あの後。

羅観香は正式に、タカモリの番組『オカルトタカモリ』の共演者となった。

いや、正確には、羅観香と嶺衣奈の、二人だ。


最初こそ、特殊な撮影器具でしか映らなかった嶺衣奈だが、ネット等で『言葉無き言霊』の力を得て、今や所々で姿が見えるようになっている。

そのオカルト性が話題を呼び、オカルトタカモリの視聴率は上々のようだ。

知性的なイメージも持たれるようになり、羅観香自身の話題性も上がっている。


「本当に、今にも話しそうですからな、嶺衣奈氏は」

「あれ?謙介君、見えるの?」

「恐らく紗季……氏の影響でしょうな。街中でも見る機会が増えましたぞ」

「視えるようになるのはいい事だけではないから、気を付けてね、謙介」

「たはは……、紗季が追い払ってるから心配は無用ですぞ」


ふと、羅観香のスマフォが鳴った。

楽しい時間を邪魔された事に眉を顰めるも、画面を見て慌てて起ち上る。


「ごめん、二人とも!ちょっと席外すね!」


仕事の電話だろうか?

智彦はどうぞと手で促し、話を極力聞かないように、意識を上村との会話に回す。


「謙介、パソコン、ありがとうね」

「いやいや、型落ちの中古ですので遠慮なくどうぞですぞ。タカモリさんのサインも貰えましたからな!」

「良ければ、オカルト関係の情報収集に役立つサイトを教えて欲しいんだ」


積極的に、怪異と関わる気は無い。

だが、どのような事が話題となっているか知っておくのは、必要かも知れない。

力を持つ身として、智彦の考えに少しではあるが変化が起こっていた。


「なら、ましゅまろ氏のブログですかな」

「有名なの?」

「ですぞ。あと、立ち位置がオカルトを面白おかしく扱うのではなく、なんというか……拡大しないように諫める、理性的な感じですな」

「あー、そこがいいかも。家に帰ったら見てみるよ」


店内BGMが、羅観香の新曲へと変わった。

耳を傾ける客を見ながら、まさか本人がココに居るとは思わないだろうなと、智彦は口角を上げる。


「これ、タカモリ氏の新番組の主題歌ですな」

「だね。まさかアレを番組にそのまま持ってくるなんて……行動力が凄いというか」

「やっぱアレ本物なんですな。そのお陰か、視聴率はすごいみたいですぞ」


先日から始まった、タカモリの新番組『迷っていいですとも!』

日曜のお昼に放送され始めたこの番組は、今や話題沸騰中だ。

生放送である番組の内容は、毎回ゲストが『迷宮』に挑み、クリア出来たら100万円と言うモノだ。


作り物とは思えない、内部構造。

まるで本物みたいな、巫女の霊。

ヤラセじゃないとあり得ない、だがヤラセには見えないカメラアングル。

ゲームの中に迷い込んだと錯覚する、没入感。

上記の理由で、今や他のテレビ局が真似番組を作るくらいの人気なのだ。


(本物が監修してるんなら、怖さは本物だよな)


東矢と寿々は、タカモリと生きる道を選んだ。

しかも、彼の為に、あの彼岸花の社を使っている。

その事を、智彦は嬉しく思っていた。


羅観香と嶺衣奈。

謙介と紗季。

自身と、アガレス

理不尽な事が多い世界だが、そうじゃない事もあるんだと。

智彦はズゾゾと炭酸飲料で喉を潤す。


「あぁ、そういえば今日、ってか今放送してますな」

「引っ越しばかり考えてて失念してたね、見たかった?」

「録画してるから問題ないですぞ、明日にでも見ますかな?」

「うん。ゲストが誰か知りたいからね」


『迷っていいですとも!』の売りの一つに、次回のゲストをその日のゲストが呼ぶ、と言うのがある。

番組の終わり。

その日のゲストが、知り合いに電話する。

その知り合いとタカモリが、談笑する。

最後にタカモリが「来週迷ってくれるかな?」と言う。

電話の相手の「いいですとも!」の声で、次回のゲストが決まるのだ。


「この芸能人が、あの人と仲が良かっただなんて、って部分が面白いらしいですぞ」

「早速流行語にノミネートされてるみたいだからね……んー」


羅観香の電話が長いな、と。

智彦と謙介は、視線を向けた。

どうやら目上の人と話してるらしく、専門用語が飛び交っている。

彼女はその身故、多忙だ。

もしかして無理して時間を作ってるのではと、智彦は不安になった。


「羅観香さん、やっぱり忙しい、のかな」

「それはそうですぞ。本来、雲の上の立場ですからな。年末年始も仕事漬けでしょうし」

「だよねぇ。……羅観香さんの電話が終わったら、解散しようか」

「それが良さそうですな。じゃあこの後、録画を見に来ますかな?」

「なら、紗季さんにお土産持って行かないとね」


遊ぶ機会は、いくらでもある。

星社長に紹介されたニューワンスタープロダクション内のバイトで、会う事も多い。

智彦と上村が、羅観香を温かく見守る。


そこで羅観香と目が合う。

彼女はスマフォを耳に付けたまま、二人を見てにんまりと笑い、口を開いた。



「いいですともー!」


「えぇー」

「えぇー!」



有名アイドルの大きな声に、騒然とし始める店内。

羅観香は心底愉快そうに、嶺衣奈と共に笑顔を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る