親死ね子死ね



「……はっ!?」


来根来北牙が目覚めると、そこはもはや見慣れた場所であった。

彼岸花の社の玄関。

だが智彦達が訪れた時と違い、そこは大ホール並みの広さとなっていた。


北牙は、再び・・多くの視線を感じ取り、周りを見渡した。

妻である、砂緒。

息子夫婦である、西仁と紬。

孫の、牙王と南葉。

そして、見知った……会社乗っ取りの際から付き合いのある社員達。

彼らが、彼女らが、息も絶え絶えに北牙を恨めしそうに見つめているのだ。



『あははは、兄さんのせいでまた最初からだよ。そろそろ一層は越えないと』



北牙の前に現れた、来根来東矢。

なんとも可笑しそうに、北牙を嘲笑う。


今、この場に集められているのは、東矢と寿々の復讐対象だ。

主な復讐対象である、来根来北牙とその家族。

当時裏切った、元会社の役員達。

併せて、協力者。

一同は日常生活を送っている所を拉致られ、ココを抜けたくばと、彼岸花の社の攻略を強いられていた。


智彦の力を得て、東矢は絶大な力を手に入れる事ができた。

復讐対象者一人一人に、同じ迷宮を用意したのだ。


併せて、制約を一つ。

それは、攻略中誰かが失敗した場合、全員強制的に最初からと言う、クソゲー的なモノだった。

そうしてすでに、この社内では現実世界換算で7日の日数が経っている。


死ぬ事も、飢える事も、睡眠欲も無い。

ケガしても、最初に戻れば元に戻っている。

だが精神は確実に摩耗するも狂えない、文字通りの地獄だ。



「ううう煩い!この化け物めが!だいたいあの状態で何故見つかるんだ!」

『そりゃ、寿々の見てる前でロッカーに隠れれば見つかるのは当たり前だろう?』

「黙れ!貴様ズルをしてるだろう?そうじゃなければあの女を出会うはずがない!」

『何も考えずにライターつけっぱなしでズカズカ進んで、無計画に彼岸花に光を灯せばそうなるよ、それに……』


そういう理不尽な難易度になるのは五層からだよ、と。

東矢は口を歪める。


『五層には隠れている場所を看破する化け物が徘徊してるから、逃げ惑いながら探索するしかないよ』

『六層は刃の付いたギミックを避けながら逃げるんだ、勿論触れたら即最初からだね』

『七層は一層と同じだけどアイテムが一切拾えないし、使えないんだ』

『十層からは2階構造になって立体的に考えて進まなきゃいけないんだ』

『十二層は寿々の他に、二人、巫女が徘徊してるよ』

『十五層はちょっといやらしいけど、隠しゴールがあるんだ。それを通らないと最初からさ』


東矢の言葉に、一同の顔により深く絶望が張り付き始めた。

そして数人が東矢の前へと進み、土下座し始める。


「東矢、社長!お許し下さい!私が、悪かったです!」

「あの時は会社をより大きくするためにやむ無し、だったんです!」

「あ、あなた!私は許して頂戴!その、短い期間ではあったけど、愛し合った仲でしょ?」

「おじい様がやった事だから私は関係ないでしょ!元の場所に戻しなさいよ!」


最初こそ東矢に殴りかかる連中もいたが、全く効かず、終いには全員諦めた。

ならば媚を売ろう、謝罪し許して貰おうと企てる連中が出始めた。

だが東矢は何も言わずに微笑み、早く再開しろと闇に覆われた廊下を指さすだけだ。


余りにも理不尽。

東矢へとぶつける事が出来ない怒りは、当然、元凶へと向く。


「お、俺は会社に尽くしたのに先月クビになったんだ!だからもう関係無い!あのバカ会長一人の責任だ!」

「私が嫁ぐ前の出来事でしょ?ねぇ、なんで私が!老いぼれ一人の命でいいじゃない!」

「俺は三層まで攻略できてたのに、お前のせいで!」

「私なんか五層だぞ!クズが!周りの協力を自分の力と勘違いするからそうなるんだよ!」

「父さんの悪事のせいでなんで俺達まで!今すぐ舌噛んで死んで詫びろよ!それなら助かるかもしれないしさ!」


「お、おま、おまえらぁぁぁぁぁ!」



喧々囂々。

皆それぞれ罵倒し合い、最後には殴り合いへと発展する。

が、東矢が手をパンと叩くと全員の傷が癒え、口汚い口が、閉じた。


『喧嘩しても何も解決しないよ?じゃあ、頑張ってね?』


笑顔のまま、東矢の姿がスゥっと消えて行く。

その後、全てを諦め、攻略を目指す者。

同じく、全てを諦め、自害しようとする者。

奇声を上げ、開かない入り口を破壊しようとする者。

北牙を殺そうとする者。


もはや家族関係と人間関係がズタボロになりつつも、最後に皆無言で、迷宮攻略へと進んでいった。



……そして現実世界換算で15日目。

東矢は何とも言えない表情で、全員から暴行を受ける憎々しい兄……北牙を、見つめている。

全体のミスの7割を北牙が占め、周りの殺意は最高潮だ。


(なんというか。こんな人、だったんだな)


用意周到に、同時に強引に、全てを奪っていった男。

それでも、結局はただの人間だった。

周りの人間の協力を自身の力と錯覚し、その成果をかすめ取る恥知らず。

だから、こういう場面でプライドだけが肥大化した実はちっぽけな人間だと、暴かれた。



「ぐべっ!?もう、やべでぐれぇ!俺が悪いんじゃない!アイツが、クリアさせない様に、しでるんぐぼぁっ!」



こんな人間に奪われた自分が情けない。

いや、それ以上に、こんな奴に執着していた自分が、情けない。


(君の言う通りみたいだ、八俣君)


コイツだけは殺そうと思っていた殺意が、刹那に霧散する。

憑き物が落ちた様な清々しい顔となった、東矢。

その傍らに、寿々が、寄り添った。


『寿々……、そうだね。もう、囚われるのは、止めようか』
















パチン。





















「…… …… ……あっ!?」

「ここは……?」

「戻って来た、戻って来たのよ!」



東矢の『飽きた』という言葉で。

結局、誰も8層以上を超えられないまま、全員、元の世界へと戻された。


見慣れたHOKUGA本社ビル前に座り込む、復讐対象達。

全員が安堵の息を吐く中、北牙だけが立ち上がり、目を血走らせキンキンとした声で叫び出した。


「あの死に損ないがぁぁぁぁ!俺をあんな目に遭わせやがって!《裏》の奴らを使って絶対消してやるかゲブッ!?」


汚く唾を飛ばす、北牙。

その背中に、息子である西仁が、蹴りを放った。


「やめろよ!折角助かったのにまた恨み買ったらどうするんだよ!」


「そうだ!お前のせいで俺達はあんな目に!」

「お前の尻拭いする奴はもういねぇんだよ!」

「死ね!この老害!」


「や、やめろ!お前らぁ!がはっ!?いだだあ!」

「私は!関係ない、でしょ!痛い痛いやめ、でぇ!」

「がはっ!?なんで、私までぇ!」


再び、北牙への集中砲火。

北牙への憎しみは、その家族まで飛び火して行く。


先程の彼岸花の社内とは違い、傷が癒える事は無い。

北牙達の服が破れ、擦り傷や打撲が増えていく。

このままでは殺される。

北牙が恐怖を覚えた瞬間、そこに助けが入った。


「ちょ、ちょっとアンタら!何やってるんだ!」

「ってかどうやって入って来た?ここは立ち入り禁止だぞ?」


騒ぎを駆けつけて、警察官が10人ほど駆け付けたのだ。

北牙へ群がる狂気を、警察官が必死に剥がし始める。

すると、一人の警察官が驚愕の声を上げた。


「おい!こいつ、行方不明になってた来根来北牙だ!」


「その家族もいるぞ!」

「他にも行方不明になってた人達です!」

「お、応援を呼べ!救急車もだ!」



現場が、騒然となった。

警察官が慌ただしく行き来している様子を一瞥し、北牙は痛む体を押さえ、自身の象徴であるHOKUGAの本社ビルを見上げる。



「なん、だ……コレは……」



多くの者が北牙の声に反応し、見上げ、絶句する。

この一帯で、権力の象徴として鎮座していた、総合商社HOKUGA本社ビル。

黒曜石を思わせる黒い壁は、所々が崩れ。

夜は闇夜に眩く浮かび上がる規則正しく並んだ大きな窓ガラスは、全て割れており。

建物を囲むようにマイナスイオンを放出していた噴水からは、汚水が溢れ。

高級車が並んでいた駐車場は、凸凹と荒れ果て。

多くの社員が出入りしていた玄関は、火事の痕のように朽ち。

もはや人の気配が無い、廃墟と化していた。



「あー。来根来北牙さん、で間違いないっスかね?」



呆然とする北牙の後ろから、声がかけられる。

北牙が緩慢に振り替えると、スーツを着崩したなんとも胡散臭い男が、にやにやとした顔で警察手帳を開いた。


「どうも、警視庁異常現場捜査課の、道明堂って者っス。いやぁ、大変でしたね」

「……があった」

「はい?」

「何が、あったんだ…?」


北牙の問いに、道明堂と名乗った刑事は、事のあらましを伝えた。

北牙達がいなくなった日から、この本社ビル……だけではなく、HOKUGA関係の会社で、怪奇現象が多発した。

最初はラップ音だったが、徐々に、物理的に物や建物を壊すようになり、不審火もあったらしい。

加えて、社員達の体にも異変が起こる。

最初は悪夢を見る者が多かったが、何かに取り憑かれた様に奇声を上げたり、その場で倒れたりする社員が続出。

終いには、霊を視認する者が増え、ほとんどの社員が精神的に摩耗し、入院しているという。

死者が出ていないのが幸いだが、HOKUGA関係の会社は『呪われてる』と、世間では言われているとの事だ。


「アイツだ……、アイツの仕業だ……」

「いやぁ、違うんじゃないッスかね?」


北牙の恨み言を、道明堂はつまらなそうに否定する。


「あんた達が今までしてきた事のツケが返ってきたんスよ。いやぁ、良くここまで恨まれたもんだ」

「お、俺だけが悪いんじゃない!」

「そうッスね。だからHOKUGA関係者というだけで呪いの対象になって、皆、酷い目にあってるっス」


多くの足音と、エンジン音が聞こえてきた。

道明堂は目を細め、北牙から距離を取る。


「まぁ誰の入れ知恵か解んねっスけど、連中、アンタ達を殺すより、苦しめる気っスね」


道明堂はどこから取り出したのか、新聞を北牙へと渡す。

それには、HOKUGAの株が大暴落している事、今までの悪事が事細かに書かれていた。


「ま、気を強く持って下さいよ。多分、これからもっと酷い事が起こるっスから。……では」


彼岸花の社から戻ってきた者達が、次々と救急車に乗せられていく。

その混乱の隙間を縫うように、道明堂は消えて行った。


後に残されたのは、哀れな老人のみ。

救急隊員や警察からまるで見えないかのように、騒動から隔離されている。



「大丈夫だ、まだ、やり直せる。俺なら、できる……俺は、アイツより優秀なんだ」



その時、HOKUGA本社の上で、壊れかけた壁が、ガラリと崩れた。

何者かの意思を持つように、石片は北牙へと落ちて……。




「……ぁ、あああああああああ!?なんだ、足が……っ!がはっ!」




音に気付いた北牙は、その場から逃げようとする。

だが、脚を掴まれたかのように、その場へと転んだ。



「ひぃっ!?ま、待っがああああああああああああああっ!!!!!!」



石片が、北牙の下半身を潰す。

痙攣する肉塊を中心に、その血はまるで彼岸花のように、割れたアスファルトへと咲き誇った。

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