ルール
「お気をつけて!」
「私達はここで待っています」
「もし遅くなっても、交代で待機しておきますので」
スタッフ達に見送られ、智彦、羅観香、タカモリの四人は、彼岸花の社を進み始めた。
本来であれば撮影スタッフ全員で進む予定だったが、通路の狭さ、智彦一人では全員のカバーは難しいと判断。
大きなカメラではいざと言う時に邪魔になると考え、羅観香所有の霊が映るハンディカメラを携行する事となった。
「暗い……」
「八俣君は良くすいすい進めるねぇ」
「夜目が利くんですよ。こっちです」
入り口から差し込む陽が徐々に弱まり、社内は一面、闇だ。
ただ不思議な事に周りの空間だけ藍色に色付き、ごく狭い範囲ではあるが、薄らと何があるか程度は見える。
とは言え、異能によりどんな闇夜も早朝のように白ずんで見える智彦には、関係無し。
二人を先導する様に、ゆっくりと廊下を進む。
「……コレが話にあった彼岸花、かな?」
闇夜にぼんやりと浮かぶ、青白い彼岸花。
廊下の木板から突き出ている異様なソレに智彦が触れると、パァッと花弁が開き、燈色の光が灯る。
「うわぁ、綺麗……」
「コレはまた幻想的だねぇ」
その彼岸花を起点に、廊下が眩く照らされた。
智彦が周囲を見渡すと、廊下に沿って、襖や障子で隔たれた部屋が並んでいるようだ。
所々壊れた部分が、何者かが存在する事を物語っている。
(入り口を壊したから、すぐさま何かが来ると思ったんだけど……)
だが、智彦が危惧した事は起こらなかった。
気付いていないのか、それとも問題ないと思われているのか……。
単純に、目の前のソレのように『室内が壊れる前提』な為、そういう通知が行かないようになっているのかもと、智彦は思考する。
「さて、とりあえず撮ろうか。えと、八俣君。すまないけどお願いできるかなぁ?」
タカモリの声に頷き、智彦はハンディカメラを構えた。
偶然か必然か解らないが、彼岸花の社へと紛れ込んでしまった智彦。
星社長との契約上、羅観香を守る必要がある。
なので撮影に協力する必要は無いが、羅観香の為には必要な事だろう、と。
智彦は護衛兼カメラマンに徹する事にした。
「こんばんは、オカタカの時間です。今日のゲストは、あの夢見羅観香ちゃんを、お招きしています」
「皆さん、こんばんは!夢見羅観香です、よろしくお願いします!」
「えー、御存じのように。別の局のではありますが、僕と羅観香ちゃんは……」
通常であれば、得体の知れない閉鎖空間でこのような事をしている場合ではない。
だが、いつでも戻れる安心感。
加えて智彦と言う存在が、二人をいつも通りの精神状態にしていた。
「さて皆さん、僕達が今どこにいるか、解りますかぁ?」
「私達は何と!あの彼岸花の迷宮に来ています!」
タカモリに応え、智彦はぐるっと周りを映し込む。
台本は無いが、二人の息はぴったりだ。
(このカメラだと嶺衣奈さんも映るけど……今更か。……ん?)
ふと、羅観香の背後で微笑んでた嶺衣奈が、視線を移した。
長い廊下の、奥。
深い闇の向こうへ。
「……二人とも、静かにしてこっちへ」
未だ目視はできないが、近付いてくる嫌な雰囲気。
智彦は光る彼岸花の隣から三人を下がらせ、近くにあった部屋へと入る。
「智彦君、何かあったの?」
「うん……、嶺衣奈さんが何か感じたみたい」
シャン
紙が破れた障子の向こうには、先ほど光を灯した彼岸花が見える。
息を潜める、三人。
各々の呼吸音に、耳障りな音が混ざり始めた。
シャン
シャン
タカモリと羅観香の呼吸が乱れ、眼に恐怖が浮かんだ。
羅観香が智彦の腕を、ギュッと掴む。
次第に近づいてくる、鈴の音。
智彦はカメラ越しに、音が聞こえる闇を見つめる。
シャン
シャン
シャン
シャン
鈴の音と共に、闇から白い輪郭が生まれる。
女面と呼ばれる能面を被った、白装束の巫女。
足音は、無い。
ただ鈴の音だけが、その存在を知らしめるだけだ。
シャン。
明らかに人間の雰囲気でないソレは、先ほど灯した彼岸花へと近づき、その花弁を無駄な動作なく千切り取った。
次は彼岸花に明かりを灯したこちらを探す、はず。
智彦はいつでも攻撃できるように、右腕に力を籠める。
シャン。
だが、能面の巫女は特に何もせず、闇の中へと戻って行った。
シャン、シャン、と。
音が遠のき、聞こえなくなる。
智彦が先程の彼岸花に目を向けると、喪失した花弁が蘇り、明かりが灯る前の状態へと戻っていた。
深い、呼吸。
羅観香とタカモリは額に大粒の汗を浮かべ、その場へとへたり込む。
「こ、怖かったぁ~……」
「あれが能面の巫女、かぁ」
「みたい、ですね。成程……えげつないな」
智彦はカメラを向けたまま、この『世界』のルールを考え始める。
恐らくあの能面の巫女は、光に反応する。
音も、そうだろう。
だが、この闇の中を進むには、あの彼岸花に明かりを灯していくしかない。
つまり、常にあの脅威に怯え、進んで行かなければならないのだ。
加えて。
彼岸花に光が灯っている=侵入者が近くに居る事を示す。
ならば、そこを起点に侵入者を探すのが一般的であろう。
なのに能面の巫女は、そうしなかった。
ここでは、「光を灯しながら、死角を使い、能面の巫女から逃げる」のを求められているのだ。
この『世界』を作った存在の、道楽か。
それか、そうする事で恐怖心を抱かせ、それを糧としているのか。
能面の巫女に捕まればどうなるかは解らない……が、基本的に元居た場所へと戻される、らしい。
問題は、来根来南葉……行方不明者が出ている事だ。
ルールが変質して、戻れなくなったのか。
あるいは戻す人を選んでいるのか……。
(まるでゲームの中の世界だな……、富田村とは仕様が違うけど)
富田村は、アレはゲームの世界だったのだろうと、智彦は考えている。
自分でも何言ってるか解らないが、なにせ、レベルアップの様な仕組みがあったからだ。
だがソレにより、今、自分は生きているのだと実感する。
(この『世界』は、どうなんだろうな)
あの能面の巫女を倒す、のではなく、逃げる。
なら、強くなるような要素は、もしかしたら無いのかも知れない。
(……まぁ、ここのルールに従う理由は無いか。襲ってきたら反撃しよう)
自身の中で簡単に結論を出し、智彦は立ち上がった。
羅観香とタカモリも習うが、先ほどまで貼り付けていた恐怖は無くなっている。
「いやぁ、さっきまでは楽しかったのに……、やっぱ怖いなぁ」
「でも、この間の洋館に比べたら、この位大丈夫ですね」
「……戻るって選択肢もありますけど?」
「まさかぁ!勿体ない!」
「うん!智彦君もいるんだし、このまま進もう!」
この二人は強いな、と。
智彦は苦笑を浮かべ、先導し始めた。
彼岸花は、触れなければ灯りは灯らないようだ。
智彦は隠れる場所がある所のみ、光を灯し、能面の巫女から逃れながら、ゆっくりと進んでいく。
勿論、三人の撮影も忘れない。
「智彦君、ありがとうね」
「……ん?何が?」
「君なら、あの巫女さんを簡単に倒せるはず。そうしないのは、私達の為、だよね?」
「あー、まぁそれもあるんだけどね」
羅観香からの言葉に、智彦は曖昧に頷いた。
勿論、羅観香の言う通りでもあるのだが、鏡花からお願いされた行方不明者探しもあるのだ。
この世界を『クリア』すれば、見つかるのではないか。
ならばルールを無視するような事は極力止めようと、智彦は考えている。
勿論、見つかり、襲い掛かってきた場合は別ではあるのだが。
「おや?何かなぁ、コレ」
ふと、タカモリが床に散らばる何かを見つけた。
智彦は近くにある彼岸花へと手を伸ばし、光を灯す。
「食べ物……?賞味期限は切れてませんし、新しいですね」
「だね、僕達以外にも他にも人がいるのかなぁ?」
タカモリが手にしたそれは、容易にカロリーを補充できると謳ったブロック型の食料品の箱だった。
近くにはペットボトルも落ちており、タカモリの言う様に誰かが居た形跡が見て取れる。
こういうのすらスルーしてる能面の巫女に、智彦は何となく可笑しくなってしまった。
(悪臭もする。どこかで用を足したか)
このような状況下でも、腹は減るし生理現象も起きる。
男ならともかく、羅観香がそう言う状態になったらどうするか。
その場合は一度戻ればよいだろうと考える智彦の眼に、部屋の端に鎮座する大きな葛籠が映る。
「大きいね。人が二人は入れそう」
「アレが来たら、これに入って隠れる事もできるかぁ」
成程、そういう要素もあるんだな、と。
智彦は嶺衣奈が能面の巫女に反応していない事を確認し、カメラ片手に葛籠の蓋を開けた。
「…… …… ……なんでココにいるんだよ」
そこには、行方不明とされている藤堂と横山が体育座りで並んでおり。
その揺れる虚ろな目を、智彦へと向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます