彼岸花の社へ



スタッフ達が撮影の準備をする中、智彦と羅観香は朽ちた社へと足を踏み入れた。

風が常に吹き抜けているのか、埃は殆ど無い。

大きな銀杏の木が雨も防いでいる為、腐った部分も見当たらない。


「神社にある、何というかな?せいひつ、って感じが無い気がする」

「うん、だからと言って淀んでるわけでもない。定期的に空気が掃除されてる……そんな感じだね」


ハラリと舞う、カサカサとなったイチョウの葉。

ギキィ、と響く床を歩き、三人は奥へと進む。

悪意も無ければ、善意も無い。

神社内に漂う無表情な雰囲気に智彦は首を傾げ、寂れた社務所へと入った。


「うわー、彼岸花の絵だ!」


社務所内には何も無く、ガランとしていた。

代わりに、壁一面に彼岸花の花びらが咲き誇っている。

壁が老朽化しており、絵自体も色褪せている。

だがそれが一種の『味』となり、趣深いモノとなっていた。


「……智彦君、ごめんね。変な噂になっちゃってて」

「噂……?あー、有耶無耶になってたね」


ふと、羅観香が智彦へと真剣な眼差しを向ける。

あぁ、そういえば。

嶺衣奈の件や、羅観香レギュラー云々の話が盛り上がり、肝心な内容と聞いていなかった、と。

智彦は再度、羅観香へと尋ねた。


「うん、えと、智彦君と私が、その、恋人同士だって、噂」

「何だってそんな事に……、最近、謙介を交えてなかったからか」

「それもあるけどね。さっきのようにさ、嶺衣奈のガードの硬さ知ってる人に見られてたみたいで」

「あー……、うん」


智彦と羅観香の親交は、今も続いている。

周囲に勘違いされぬよう、常に謙介と共に行動していた。

だが、謙介に紗季と言う恋人ができた結果、智彦と羅観香の二人で行動する機会が増えたのだ。


今までであれば、ニューワンスタープロダクション内に居ても、変な目では見られる事はなかった。

だが、規模が拡大すると共に入って来た人達から見れば、そういう関係だと邪推する者も出てくる。

それに嶺衣奈の邪魔が入らない存在と言う情報が付随すれば、恋人同士と扱われるのは必然だろう。


「羅観香さんの恋人と思われるのは光栄だけど、嶺衣奈さんに悪いかな」

「あははっ、智彦君はぶれないね。そこは『じゃあ本当に付き合っちゃう?』とか言う所だよ」

「生憎そういう感情は今持てないんだよね……、あ、羅観香さんに魅力がないとかそういう意味じゃないよ!?」


智彦は、苦笑いを浮かべながら思い出す。



智彦も、思春期を生きる学生だ。

愛とか好意は少なからず性欲へと直結していた。


富田村で必死に生き抜いていた初期であれば、子孫を残そうという遺伝子により性欲は溢れていた。

近くに生きている女性が居れば、間違いなく襲い掛かっていただろう。

実際、女性の死体を見る度に生唾を飲み込み、外道へと落ちようとする瞬間は多々あった。


その後性欲は、生存欲へ。

愛と言う言葉はすっかり遠い存在と成り果て、欲求不満は化け物を殺す事で発散し、生存活動へ費やす。

以上の事が続き、性欲が切り離され、減退。

智彦はすっかり『枯れた』状態になってしまった。


……と言うのは、理由の一つ。


「恋人だった女から酷い裏切りを受けてね。あんな思いするなら、当分はいいかなぁって」


狂いそうになるほどの怨嗟は根底には根付いてるものの、積極的に晴らす気は無い。

むしろ、自身の人生に関わらなければ最早どうでも良いと、思っている。

将来的には結婚し母親を安心させたいと考えるが、恋人を作る、という欲求は今のところは無い、と。

智彦は、感情の無い言葉を零した。


「でもそのままって訳じゃないでしょ?じゃあさ、一応本気で、私を恋人候補にしてくれないかな」

「はっ?いや、アイドルの羅観香さんとじゃ釣り合わないし、何より嶺衣奈さんが許さないでしょ」


羅観香からの、突然の提案。

流石の智彦も、一瞬言葉に詰まった。


「嶺衣奈が許してるからこそ、だよ。私がアイドル続けているのも、智彦君のお陰だし」

「ファンに殺されちゃうなぁ」

「そんな事したらファンが殺されちゃうなぁ」


笑いを零す羅観香の言葉を確認しようと、智彦は嶺衣奈へと目を向けた。

そこには憤怒に顔を染めた鬼がいる……はずなのだが、嶺衣奈は智彦へと微笑んでいる。


「……ね?嶺衣奈、今にもサムズアップしそうでしょ?」


外から、スタッフの声が聞こえて来た。

どうやら撮影開始のようだ。

羅観香は一足先に、社務所の入り口へと足を進める。


「嶺衣奈が居てくれててもね、いつか消えるんじゃって不安になるの。それに、触れ合える人と居たいって思っちゃうの」

「……俺以上の男は、ゴロゴロいるでしょ?それこそ芸能界にはさ」

「かもね。でも、嶺衣奈が認める人はいないと思うよ」


考えておいてね、と。

羅観香は笑みを浮かべ、撮影場所である境内へと戻って行った。


(……嬉しいけれど、多分、精神的に弱ってるのかなぁ)


羅観香の不安は、智彦に痛いほど理解できた。

幽霊と言う存在が、最初は頼もしく思える。

だが次第に、求めても還って来ない事がストレスになるのだ。

会話ができない、触れ合えない、気持ちが通じない。

それらの不安は毒となり、精神を蝕んでいく。


(だから、俺なんかに縋ろうとするんだろうな)


嶺衣奈をどうにかできれば、羅観香も元に戻るだろう。

何か《裏》にて手段がないか、鏡花とせれんに相談しようと思った矢先、智彦の眼に赤い文字が映った。


(彼岸花の花じゃなく、赤い文字……いや、血文字?)


社務所内の壁一面に描かれた彼岸花の絵。

ソレが血文字で書かれた文字の群れだと解り、智彦は手を合わせる。

誰かの無念を感じ取ったからだ。

次の瞬間、ゾワリと。

第六感が警鐘を響かせ、智彦は弾かれるように外へ飛び出した。


智彦の視線の先には、羅観香とタカモリ。

彼岸花を両脇に咲かせた凹凸のある道を、カメラ目線で会話しながら歩いている。





その背後が、一瞬。

揺らいだ。















シャン。
























「……え?あ、あれ?」

「どう、いうことかなぁ?」


羅観香とタカモリが驚くのも無理は無い。

いきなり、目の前の光景が変わったのだ。


秋色が色濃く滲む神社の境内が、薄暗い建物内へと変化し。

目の前に居たスタッフが消え、長い通路が現れた。


二人は混乱し、辺りを見回し始める。

すると、薄暗くて解り辛いが、壁一面に彼岸花が描いてあるのが見て取れた。


「ここ、さっきの社務所……?」

「彼岸花の絵、かなぁ?」


「いや、血文字みたいです」


背後からの言葉に、だが頼もしい声に、二人は振り向いた。

智彦の姿を認め、同時に息を吐く。


「智彦君、どうやってココに?」

「僕と羅観香ちゃんしか居なかったよね?」

「はい。なので、ココへの入り口が消える瞬間に走って飛び込みました」


あっけらかんと答える智彦に呆れ、二人はなんとか平静を取り戻し始める。

すると、余裕を取り戻したタカモリが、顔を輝かせ始めた。


「ココはあれかなぁ?彼岸花の迷宮、だよね?」

「恐らく、ですけど」

「本当に迷い込んじゃったんだ……」


目の前の廊下は長く、奥は真っ暗だ。

羅観香は不安を覚えるが、タカモリは心底喜んでいる。

長年望んでいた怪奇現象を目の当たりにしているのだ、それも仕方のない事だろう。


「やっぱ、開かないか」


智彦が、入り口のドアを動かそうとするが、ビクともしない。

つまり、戻れないのだ。





「なら、ぶち破ろう」


智彦の拳が、入口へと叩きこまれた。

パキンと薄氷を踏み割る音が聞こえ、空間が割れる。

その先には、こちらを指さすスタッフ達が見えた。


「……戻ります?」


「……いや、ここは是非とも進もうかぁ」



何時でも戻れるのなら、と。

タカモリは、首を横へと振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る