撮影準備


地方都市……田舎の山間部。

山々の衣は紅葉真っ盛り……ではなく、まだその一歩手前であった。

それでも秋の空気、涼し気な風に、夢見羅観香を始めとするスタッフ達は、開放的な気分を味わっている。


星社長の依頼として、羅観香との付き人として撮影に同行した智彦。

朝、ニューワンスタープロダクションに行くと同時に車に乗せられ、アレよコレよと昼前に宿に到着。

そこで簡単に顔合わせをして、すぐさま打ち合わせが始まって今に至る。


(すごく場違いだなぁ、俺)


村役場の駐車場。

大粒の汗を浮かべ、撮影の準備をするスタッフ。

電話片手にペンを走らせる、出演者達のマネージャー。

陽気ながらも真剣に意見を出し合う、出演者達。

そして周りには、付近に住む人々が賑やかにその様子を見学し、撮影している。


そんな『熱い世界』を、智彦は村役場停留所のベンチに座り、眺めていた。


いつもであれば、横に居る上村と濃い話をしていただろう。

だが依頼の危険性を考え、今回、上村は不参加となっている。


『気にするな。智彦の役目は彼女を危険から守る事。無理してあの輪に混ざる事は無い』

「そうは言うけど、俺が何もしないと羅観香さんの評価が下がりそうでさ」


智彦の背負うリュックから響くアガレスの声に、智彦は小声で応えた。

今回、上村の代わりに、アガレスが同行している。

と言っても、智彦の依頼を手伝う為ではない。

こういう田舎に保存されている歴史書や民俗資料を求め、無理やりついてきたのだ。


『そこで他人の心配をするとは智彦らしいな。……我はこの建物内に居る、何かあれば呼んでくれ』

「解った。でも、書物の数は少なそうだけど?」

『くくっ、こういうモノはな、当時の情景を思い浮かべて楽しむもの、なのだ。ではな』


リュック内から、悪魔の気配が消える。

智彦は周りから変に見られていないかを確認すると、再び羅観香へと目を向けた。


と、そこで、彼女と目が合った。

話がひと段落したのか、羅観香は笑顔を浮かべ、そのまま足取り軽く智彦の横に座る。

その後ろでは、嶺衣奈が羅観香へと寄りかかっている。


「ごめんねー、暇でしょ?はい、飲み物」

「する事無くて逆に申し訳ないよ、何か手伝う事無いかな?」


『栗の渋皮煮ソーダ』と書かれたペットボトルを手に取り、智彦は微妙そうな顔を浮かべた。

何せ、本当にやる事が無いのだ。

智彦は地面の落ち葉を足で弄び、短く息を吐く。


「スタッフさん手伝おうにも、素人に手出しされると困る、な感じだったし」

「あははっ、マネージャー業も星社長がしてくれてるからねー。智彦君は護衛みたいな……あ」

「ほぅほぅ、コレは驚いた。羅観香ちゃんに近づいて何もないとは、噂は本当だったんだなぁ」


二人の正面に、影が差した。

智彦が顔を上げると、黒い一眼サングラスをかけた男性が、優しい笑みを浮かべている。


「噂って……、確かに嶺衣奈ちゃんが目を光らせてますけど」

「はははっ、そのお陰で嶺衣奈ちゃんの存在を信じる人が増えたからなぁ」


テレビでもよく見る、有名芸能人。

顔合わせの時に紹介はしあっていたのだが……大御所と評される目の前の男性に、智彦は思わず立ち上がり、直立不動となった。


「ありゃ、智彦君が珍しく緊張してる」

「そりゃするよ、だってあのタカモリさんだよ?」

「はははっ、今は撮影仲間だ、そう緊張されると僕が困るなぁ」


タカモリ。

コメディーから俳優までこなす、日本国内にて知らない人はいないのではないかとされる芸能人。

その温厚な性格に加え面倒見の良さから、彼を慕う若手芸能人も多い。

最近はオカルト系の仕事を好み、彼がメインの番組である『オカルトタカモリ』通称オカモリの視聴率は順調だ。

芸能関係にあまり興味の無かった智彦でさえ、彼には不敬をしない様にと自分を戒める。


「……えと、噂というのは?と言うか嶺衣奈さんが何を?」


智彦の言葉に羅観香が苦笑し、タカモリが可笑しそうに笑う。

周りも生暖かい目で見てる事から、何やら公然となっているようだ。


「あぁ、君は羅観香ちゃんと親しいから余計に知らないのかなぁ?ほら、こういう事だよ」


タカモリが、羅観香へと手を伸ばす。

すると、ペシンと音が響き、タカモリの手が弾かれた。


「あー……そういう事ですか」

「あはは……仕事上の接触は問題ないんだけどね、嶺衣奈、嫉妬深いから」


言葉とは裏腹に喜色を浮かべた、羅観香。

彼女の後ろの嶺衣奈が、タカモリの手を叩いたのだ。


「もしかして、日常的にこんな感じなの?」

「うん、えと、言い寄ってくる男の人に、ね。酷いと、気持ち悪くさせたり」


智彦は友人として接しているが、夢見羅観香は大人気アイドルだ。

今や若者のファッションや思想に影響を与え、彼女の歌がテレビ等から流れない日は無い。

しかも、嶺衣奈と言う幽霊とユニットを組んでいるという、異質さ。

本来であれば、住む世界が違う存在。

故に、彼女を狙う男性は多い。


愛されてるなぁ、と智彦はつい笑顔になる。

同時に、自分は嶺衣奈にある意味認められているのかと、嬉しく思う。


「いやぁ、身近にオカルトを体現した存在がいるなんて、僕は嬉しいよぉ」

「と言うか、皆さん信じてるんですね、霊の存在」


喜ぶタカモリと、言葉に頷くスタッフ達を見るに、彼らはオカルト的なモノを信じている。

智彦自身、富田村に迷い込むまではそのような存在を信じていなかったからこそ、この状況を珍しく感じた。


「芸能界はね、魔窟なんだよ。人の恨み、妬み、嫉み……悪意が渦巻いて、不可思議な現象を多々引き起こすんだ」


番組に映りこむ、霊。

誰もいないはずなのに、耳元で囁かれる呪言。

夜中の舞台に立つ、失意の先に果てた女優、等……。


「僕はね、この業界で色んな怪奇現象に出会った。そして、ここに居るスタッフも。だからこそ、オカルトが好きになったんだぁ!」


満面の笑みを浮かべるタカモリに、智彦は成程と思った。

思えば、そういう番組に出番が増えていたような気がしたからだ。

きっと、怖い目に、酷い目に一杯あってきただろう。


であるのに、そこから情熱を生み出す彼らを。

《裏》とは違うオカルトへの向き合い方を、智彦は好ましく思った。


「んで、有志で番組を作ったんだけど、悲しいかなヤラセ頼りなんだよね。視聴者はソレ前提で楽しんでくれてるけど」

「私は好きですよ、オカモリ。題材をその土地の歴史とかの視点で紐解いていくの、面白いです!」

「ありがとう!羅観香ちゃんがレギュラーに成れば、この間のみたいなオカルトな事が一杯起きると信じてるよ!」

「ぇ、は、え?ええええええ!?私が、レギュラー、ですかぁ!?」


智彦は、芸能界についての知識は無い。

ただ、あのタカモリの番組へレギュラーの誘い。

しかも、直接だ。


「あー、えと、社長にお伺い立てないと……すみません、すぐに返事できません」

「いいとも!ゆっくりじっくり話そうかぁ。でもま、ロケ地に移動しながらね」


タカモリの声で、スタッフが気を引き締め、準備をし始めた。

この時、大きな発電機を智彦が難なく持ち上げた事などから、智彦は力仕事を担当する事となる。


ワゴン車に詰め込まれ、20分。

一同は、目的地である、朽ちた神社へと到着した。



「うわぁ……」

「これは……すごい」


スタッフ達から、感嘆の声が響く。

車から降りた智彦、羅観香も、それを目にして、言葉を忘れた。


青天。

黄色く染まりかけた、銀杏の大木。

その下に挟まるかのように鎮座する、神社、

鳥居は倒れ、窓枠も崩れ去り、境内へ続く石畳も、育った大木の根で凸凹となっている。

それらが彼岸花の絨毯の上に浮かんでいる、絵画の様な光景。



シャン、と。

どこからか、鈴の音が響いた。

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