彼岸花の社とは
田原坂鏡花からの電話は、《裏》の仕事の相談であった。
風は涼しいが陽の光りは未だ灼熱の中、智彦は待ち合わせ場所である喫茶店の扉を開く。
体を包み込む、冷気。
鏡花はすでに到着していたようで、智彦を認めると黒い髪を弾ませ、右手を軽く上げてきた。
「八俣君、今日は時間作ってくれてありがとう」
「問題ないですよ。そちらとは仲良くしておきたいですから」
敵対者が多ければ、それだけ家族や友人を狙う輩が出てくる。
現状では頼もしいボディーガードがいるが、やはり敵は少ない方が良い。
そう言う理由も含め、智彦は鏡花とは事を構えるつもりは無い。
智彦の敵意の無い言葉に、鏡花は胸を撫で下ろした。
そのままコーヒーを一人分追加注文し、さっそく本題へと入る。
「八俣君は、彼岸花の社、って知ってる?」
「彼岸花の迷宮、の事ですか?」
「色んな呼び方があるけど、それで間違いないわ」
鏡花が手元のバッグより、数枚の紙を取り出した。
見ると、女性がプリントアウトされている。
肩まで伸びた、茶色い髪。
釣り目で性格がきつそうではあるが、美少女と言える類だ。
「来根来
鏡花が、注文したコーヒーを受け取った。
その間に智彦は、添付してある資料を見て、頭に情報を羅列する。
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総合商社『HOKUGA』の会長、来根来北牙の孫娘
家族構成
祖父:来根来 北牙
祖母:来根来 砂緒(旧姓 寺原)
父:来根来 西仁
母:来根来 紬(旧姓 白水)
兄:来根来 牙王
私立修王館学園初等部に通学
HOKUGAは平成初期に急成長した企業
あらゆる分野に手を伸ばし日本有数の企業となる
しかしバブル後は急速に失速
手持ちの資産、不動産などを切り崩し徐々に衰退している
来根来南葉の状況
来根来邸の玄関口を出た所(両端に彼岸花が並ぶ道)
多くの人の目の前で姿を消す
鈴の音が聞こえたとの証言により
彼岸花の社 の可能性が大
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「……えと、この娘を探して欲しい、って事ですか?」
話の流れからして、そう言う事なのだろう。
しかも、奇遇にも場所は羅観香と関係がある彼岸花の迷宮だ。
智彦は内心、《裏》の情報収集能力に驚く。
「……撮影の件は聞いてるわ。それでもし、彼岸花の社に入る事があったら、この娘を確保して貰いたいの」
鏡花が、言葉を続ける。
彼岸花の社は、正直どこに存在するのかが解らない。
実態が無く、鈴の音が響くと、神隠しのように人が消える。
……のだが、神隠しにあった人は、翌日には消えた場所で発見される。
見つかった人は衰弱はしているものの、特に外傷もない。
故に、《裏》で彼岸花の社に関しては、大きな害の無い怪異として放置していた。
対応しようにも、できない、ってのが正直な所らしい。
「噂と大分違うんですね」
「そうなの。この娘以外、全員生きて帰って来てるのよ」
「だから内部の情報が具体的なのか」
「あと全員、内部で能面を被った巫女に襲われたみたい。そして気付いたら、元の場所だった、って」
智彦はコーヒーを口に運び、情報を整理した。
今まで全員帰って来てるのに、なぜこの女の子だけ戻って来てないのか。
「噂が広がって、鏡花さんの言ってた『言葉無き言霊』で変質した、とか?」
「確かに、生きて帰れない~なデマ広がってるわね。でも、噂が広がってる期間を考えると、その線は無いかな」
それに、と、鏡花は説明を続けた。
曰く、彼岸花の社は、年々内部が大きくなっているらしい。
彼岸花の社が初めて報告されたのは、平成初期。
その時の報告書と今の報告書を見比べると、内部の大きさ、複雑さが違う、との事だ。
「成長、してるんですか」
「迷い込んだ人の生命力とかを糧にしてる、って考えてるわ。まぁ、成長する意味が解らないけどさ」
店の中に、ベルが響く。
どうやら新しい客が来店したようだ。
「……この娘だけとは限らないのよね」
「あー、人知れず迷宮に迷い込んだ人が居て、帰って来てない可能性もあるんですね」
「そうなのよ。この辺りで起きた大量失踪も、彼岸花の社に迷い込んだのかも知れないし」
「……これに関しては、この女の子に恨みを持つ人の仕業っぽいですけどね」
鏡花の言葉を聞かなかった事にして、智彦は来根来南葉の画像を指し示した。
苦笑いを浮かべた鏡花が、頷く。
「やっぱ見えちゃうよねぇ」
「そりゃ見えますよ。ものすごい数の怨霊だ」
普通の人ならば、美少女が映っている画像。
だが智彦達の眼には、数多の怨霊が女の子を恨みがましく睨んでいるのが見える。
「彼女の家族の写真よ」
「これは……なんというか」
鏡花が並べた、来根来家の家族写真。
怨霊どころでは無い。
最早原形をとどめない程、まるで編集ソフトを使ったように人間がぐにゃりと歪んでいる。
それだけ、この一家は恨みを買っているのだと、智彦は感心した。
「他人を蹴落としたり、陥れたり、非道な事をかなりしてるみたいだからね」
「よく今まで無事でしたね、この人達」
コレだけの怨霊に囲まれているならば、怪奇現象な日常どころか体調不調になってもおかしくない。
致死量ならぬ致死霊だ。
「だからこそ《裏》のお得意さんなのよ。最近は金払い悪いけどね」
「ははぁ、成程。そこで、鏡花さんからのお願いに繋がるわけですね」
「うん。あまりにも横柄だからそろそろ縁を切ろうかと審議してる時にコレよ」
どのような外道でも、金を払えばお客様。
智彦自身その事に多少抵抗を覚えるも、それを何とか抑え込む。
《裏》には《裏》の世界があり、立場がある。
容易に自身の価値観で非難すべきではない、と。
勿論、知り合いが被害者であれば別ではあるが。
「この娘が狙われたのか、巻き込まれたのか、それは解らない。もし八俣君が彼岸花の社に行く事があって余裕あれば、この娘をお願い」
「死んでる、かも知れませんけど」
「その場合は死体か遺品を持って来て欲しい、かな。勿論、報酬も用意してるわ」
鏡花がスマフォを弄り、電卓機能をタップする。
それに表示された金額に、智彦は首を傾げた。
「コレだけ、ですか?あぁ、いや、そういう意味じゃないんですけど」
「いや、言いたい事は解るよ。普通もっと出すだろう、って思うよね」
電卓に表示された金額は、50万。
大企業が、しかも家族に出すお金としては、安すぎる。
「あっちが言うには、ずっと使ってやってるんだからこの金額で受けろ、だって」
「はぁ……」
「実際は、お金出したくても出せない程、経営が悪化してるんだろうけどね」
深く息を吐き、鏡花は資料を鞄へと収め始めた。
そのまま、要点をまとめた書類を智彦へと渡す。
智彦は少し冷めたコーヒーに口を付け、窓の外を眺めた。
何処から迷い込んだのか。
トンボが、駐車してある車のミラーに止まっている。
「もし、彼岸花の社に迷い込んでも、本当に余裕があったらで良いからね?まずは生きて抜け出す事を最優先にして」
「有難う御座います。そう、ですね。すみませんが、今受けてる仕事優先にさせて頂きます」
「うん。まぁ、まず第一に彼岸花の社が現れるかどうか、なんだけど」
鏡花の言葉に頷きながら、智彦はコーヒーを飲みほす。
コーヒー代は奢りと言う事で、鏡花に頭を下げ、智彦は店を出た。
しばしの間。
すっかり冷めたコーヒーをうがい飲みし始めた鏡花の前、智彦が座っていた席に、若い男性が座る。
ラフな格好をしており、鋭い目つき。
以前、口裂け女の件で智彦にぶっ飛ばされた、
「行儀悪ぃぞ、田原坂」
「ふふ、ごめんあそばせ?……いかがだったかしら?縣様」
「その口調やめろ、鳥肌が立つ。HOKUGAは相当やべー状態だな」
「あぁ、やっぱり」
「今までもってたのは優秀な経営陣のお陰。だがそいつらを経費削減って事で解雇してやがる」
「あー……イエスマン以外切り捨てた、って感じ?」
「それな。しかも一族揃って危機感無し。HOKUGAだから何とかなるだろうと考えてやがる」
「……よくそんな連中が大企業に育てる事が出来たわね」
「だなぁ。まぁバブルのお陰って奴なんだろうけどよ」
「それ、まとめ役に持って行ってね。HOKUGAとはここまで、かな」
周りを見ると、店が混み始めたようだ。
二人は荷物を手に取り、席を開ける。
「それでどう?彼と同じ学校に転校したんでしょ?」
「なんつーか俺を殴った奴とは信じられねえ。覇気がねぇんだよ。本当に、そこら辺に居る地味な男にしか見えねぇ」
「……だからこそ、怖いのよね」
「違ぇねぇ。まぁ、熾天使会も転校生送って来てるからな、近い内に接触するさ」
「下手な事して殺されないでね?」
「あの男に関しては冗談に聞こえねぇんだよな、ソレ」
カランカランと、ベルが鳴る。
未だ降り注ぐ熱気に、二人は顔を顰めた。
あぁそういえば、先日から行方不明になっている横山家の長女に付いて聞くの忘れた、と。
鏡花は道端の地蔵に飾られた黄色い彼岸花を、ぼんやりと眺めた。
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