依頼



智彦の学生生活は、一時期よりも実に穏やかである。

まずクラスの全員が、まるで不発弾を遠巻きに見つめるように関わらない様にしている。

勿論、クラスメイトの殆どが、直海と光樹の一連の流れが嘘だと知り、中には智彦に謝罪しようとする輩もいた。

だがあの日、智彦が見せた「死の映像」を思い出し、話しかける事が出来ないのだ。


さらにあの騒動に紛れ、智彦の下駄箱を汚したりしたメンバーは、気が気でない状態だ。

今すぐ謝りたい。

だが、もし仕返しされたら……?


以上の理由で、裏切り者へと味方したクラスメイトから煩わされる事無く、智彦は平和な時間を送る事が出来ている。

智彦自身は謝罪などは最早どうでも良いし、別に仲良くしようとも思っていない。

好きの反対は無関心とはよく言ったもので、最低限の応答はするが、進んでの接触は皆無であった。



「では、樫村さん、横山さん、藤堂君、須藤君を見かけたり、居場所を知っている人は、教えて下さいね」



担任の言葉で、本日の授業が終わる。

クラス全員から視線無き注目を浴びている気がするが、智彦が我関せずだ。


とは言え、須藤の行き先は知ってはいるが、他の三人の事は初耳であったようだ。

特に藤堂に関しては、それなりな騒動になっているらしい。


(……紗季さんが処理した方に、あの三人がいたりして)


智彦は鞄に教科書を詰め、皆の視線を集めながら教室から出る。

クラスメイトの胸中にあるのは、恐れ。

あのような事があったため、智彦が四人を始末した、と考えるものが殆どだ。

だが聞けない、言えない、確認する事も出来ない。

そもそも、智彦と敵対してしまったのは、アイツらの嘘のせいだ、と。

藤堂達への恨みが、教室の中で燻ぶり始める。

その中で、智彦の下駄箱に粗相をしたメンバーは、次は自分だと体を震えさせていた。




そんなクラスの中に渦巻く悲観など知らずに、智彦は下駄箱で上村と合流した。

今日は、「お願いしたい事がある」と羅観香に頼まれた為に、ニューワンスタープロダクションに行く予定である。

いつも通り上村と行く予定、だったのだが……。


「もうしわけない八俣氏!紗季氏が、どうしても病院で検査を受けろと脅してくるので……!」

「あー……仕方ないよ。俺も紗季さんに賛成だ」


敵対した若者が行方不明、もといやらかした日から、一週間。

智彦の巻き添えを喰らった形となった上村であったが、紗季の活躍のお陰で無事であった。


智彦はその事について説明と共に、謝罪。

上村は特に気にせず、何も無かったから問題無い、と笑った。

……のだが、気絶するほどの電撃を受けた事から、やはり紗季としては健康面が心配なのだろう。

結果、智彦は、一人ニューワンスタープロダクションへ向かう事となった。



(また建物が増設されてる……)



ニューワンスタープロダクションは、今やすごい勢いで成長している。

夢見羅観香を始め、どんどん新しいアイドルが参入して行ってるのだ。


もはや顔パスでプロダクション内へと入る、智彦。

以前からいるメンツからすれば、智彦は最早見知った仲となっていた。

ただ、大きくなるにつれ新しく入って来たメンツにとっては、面白くない。

何であの冴えない奴がと、いらぬ僻みを生み出す。


……のだが、智彦は悪意の滲む視線など何のその。

そのまま社長室へ通されると、見知った女性二人……いや、三人が笑みを浮かべた。


「こんにちは、智彦君!」

「来てくれてありがとう。呼び出す形ですまないな」

「いえ、お二人と外で会うといらぬ騒動になりそうですからね」


智彦は星社長、羅観香……と、その後ろで微笑む嶺衣奈に挨拶を返し、ソファーへと腰を下ろす。

そして、羅観香の背後へと、視線を映した。


(自我は無いけど、時間の問題かもなぁ)


今の嶺衣奈は、明らかに智彦を見て微笑んでいる。

コレは、田原坂鏡花が言っていた『言葉無き言霊』が原因なのか。

それとも、羅観香と共に居る事が原因なのか。

他にも理由は考えられるが、悪影響は無く、むしろ羅観香には良い事だろうと。

浅い思案を打ち切り、星社長へと視線を戻した。


「おっと、まずはお茶の準備でもさせてくれ。羅観香、頼む」

「はーい!」


智彦の口上を星社長が制し、歓待の準備をし始めた。

あぁこれは長くなる奴だと判断し、智彦はお言葉に甘える事とする。


落ち着いた時間。

コーヒーの匂いが、智彦の鼻腔をくすぐる。

そう言えば最近ゆっくりした時間を取ってなかったなぁ、と。

と言うか富田村を脱出して実に濃い毎日ではと、今更ながら気付く。


「なんかね、嶺衣奈も智彦君を歓迎している気がするんだ。はい、どうぞ」


羅観香が用意してくれたコーヒーを飲みながら、三人は和やかに談笑を始める。

話題は専ら、先日の取材の事だ。

今は無き画家の家に、取材として訪れた羅観香。

そこで殺意高めの怪奇現象に遭遇するも、羅観香の、いや、羅観香と嶺衣奈の活躍で、死人が出る事無くスタッフが生還できた。

スタッフが壊した墓から現れる怨霊、床を這う大量の蛆虫、動き出す西洋鎧、鏡に映る亡者……。

その映像はほぼノーカットで放送され、世界的に大変な反響との事だ……リアリティのあるやらせ、扱いではあるが。


「でね、そのせいで、オカルト関係の仕事が入っちゃったの」


羅観香が、所謂企画書を机上へと広げた。

見せて良いものなのかと疑問に思うも、智彦は紙面に目を通す。


「彼岸花の迷宮……?」

「最近流行ってるんだって。確かこんな内容だよ」




彼岸花が続く畦道を歩いていると、鈴の音が聞こえる。

すると、いつの間にか見知らぬ場所に迷い込んでいる。

当たりは一面の、闇。

歩くと足元に彼岸花が咲く。

彼岸花は周りを赤く照らし、道を示す。

だけどその灯りに惹かれ、鈴の音が近づいてくる。

シャンシャン。

シャンシャン。

彼岸花に照らされる、能面の巫女。

迷い人は巫女に攫われ、悠久の苦しみを味わう。




羅観香は、智彦を怖がらせようとそれっぽく語った。

だが似合わず、結局可愛くなってしまい、智彦はつい噴き出してしまった。


「ひどいなぁ智彦君。まぁ、そんなわけでさ。この彼岸花の謎を追う!な仕事なんだ」

「アイドルなのに?」

「アイドルなのに!電話で大御所に気に入られたって言ったじゃない?その人が指名してきたのよ」

「あー……なら、断れないか」


改めて、資料に目を通す。

オカルトを追うような番組内容ではあるが、実際は……言い方が悪いが、やらせ、のようだ。

地方都市の田舎にある廃墟をセットとして使い、あたかも迷い込んだように撮影する。

成程、羅観香を使う事で、より現実味があるように見せるわけかと、智彦は得心した。


「廃墟と言っても、壊れかけた神社でね。外には彼岸花の絨毯、中の壁には彼岸花の花びらがいっぱい描かれてるんだって」

「神社、かぁ」


智彦自身、どうも神社には思う所がある。

その神社は果たして大丈夫なのだろうかと、少し心配になってしまった。


「そこで八俣君へお願いがある。来週から始まる収録に、羅観香の付き人として付いて行ってくれないだろうか?」

「自分が、ですか?」


星社長からの、お願い。

今回のお願いが嶺衣奈関係だとばかり思っていた智彦は、その内容に少しばかり驚いた。


「そこにあるように撮影は廃墟で行われる。……が、先日の件もあってな。実物に巻き込まれる可能性はゼロではない」

「うん。だから一緒に来て貰って、そういうのがあったら対応して貰いたいんだ」


嶺衣奈の件もあり、二人はすっかりオカルトを信じている。

故に、オカルトにまつわる取材が心配なのだろう。


しかし智彦には、学校がある。

どうしたものかと悩む智彦の前に、星社長が一枚の紙を差し出してきた。


「勿論依頼という形だから、報酬は出す。詳しくは親御さんと相談させて貰うが……その家を向こう五年、無料で貸すというのはどうだろう」


智彦の目に映る、新築同然の一軒家の写真。

内装を見ると部屋も多く、電化製品も付属している様だ。


「以前とあるアイドルグループの合宿に使ったんだがね、こちらに合宿施設も増設してるから使わなくなるんだ」

「謙介君から君が家を探してるって聞いてたから、これならどうかなって思ったの」


勿論光熱費は別だというが、普通であれば立地的に見て一月の家賃が10万以上なのは違いない。

何より智彦の母親が欲しがっていたドラム型洗濯機や、オール電化のキッチンが付いている。



「五年後以降も、こちらの仕事を手伝う度に家賃を免除しよう、どうだろうか?」

「やります!」


恐ろしく速い、首肯。

こうして、星社長達による智彦囲い込みの一段階目が、終了した。




智彦は家に帰り、母親に家の件を相談。

事前に星社長から連絡が入ってた事もあり、勉強の遅れは取り戻すという約束の下、快く取材同行の許可を得る。


何だかんだでプチ旅行になる為、多少なりとも浮かれる智彦。

田原坂鏡花から電話がかかってきたのは、この時であった。

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