彼岸花

彼岸花 ~プロローグ~


「そんなバカな話があるかっ!」


夏と比べ、風がすっかり涼しくなった秋の日。

赤い彼岸花に囲まれた稲穂が、黄金の波を奏でる。

その様子からまるで黄金の海原を漕ぐように見える日本家屋の豪邸より、男の悲痛な叫びが響いた。


窓から秋風が入り、丁度良い気温。

和に洋が絡まり瀟洒となった部屋にて、声を発した男が、木製の机をドンと叩く。


「あの会社は僕が起こして、大事に育て大きくしたんだ!しかもこれからだって言うのに!」


男の名前は、来根来きねき 東矢。

齢27にして、ここ最近大きくなり躍進を続けているキネキ商社の若社長である。


「だから俺が貰ってやると言ってるんだ!お前のやり方では、平成となったこの時代にて後れを取る!」

「この好景気は、いつか必ず終わる!手を広げ過ぎると将来的に自滅するんだよ兄さん!」

「えぇい五月蠅い!すでに会社の幹部全員が、お前を追放し俺が社長に就く事を求めているんだ!」

「そん、な……」


東矢は、机にて踏ん反り返る、兄である北牙を唖然として見つめた。

会社の乗っ取り。

まさか自身にそれが起こるとは、夢にも思わなかったのである。


「砂緒、君からも何か言ってくれないか」


東矢は婚約者である寺原砂緒へと、助けを求めた。

彼女はキネキ商社と同じく高成長を見せている、寺原不動産の御令嬢だ。


仲睦まじいカップル。

そう評された二人であったが、砂緒の眼は、東矢を冷たく捉えた。


「申し訳ありません、東矢様。父も、北牙様と同じ考えなのです」

「……え?」


砂緒が、北牙の下へと歩き、寄り添う。

その顔は恍惚と呼べるように、艶やかなモノとなった。


「すまんな東矢。こういうわけだ」

「申し訳ありません、東矢様。私、彼の……男の部分に、惚れてしまいましたの」


遠まわしではあったが、東矢は察してしまう。

つまり砂緒は、兄と浮気をしていたのだと。


だが彼は様々な逆境を生きて来た。

味方は無し。

ならばまた新たに会社を興し、次こそは守ろうと思考を切り替える。


「……解った。会社はくれてやるよ。僕はまた、再起するとしよう」


東矢はもはや二人を見たくもないと、部屋を出る準備をする。


「おや、帰るのかね?」

「あぁ。あと、貴方とは縁を切らせて貰うよ」

「構わんよ。しかし、何処に帰ると言うのかな?」


東矢は北牙の言葉に違和感を覚え、振り向いた。

そして、その横でにんまりと微笑む砂緒を見て、察してしまう。


「……まさか、全てをそいつの名義に?」

「えぇ、皆、協力的でしたわ」

「くくっ、だが俺も鬼では無い。あの山間部の神社をくれてやる。あそこを管理しろ……一生、な」




全てを失った東矢は、来根来家を追い出された。

彼岸花が両脇に咲き誇る玄関口を、力なく歩いて行く。


「すまんなぁ東矢。恨んでくれてかまわんぞ」

「えぇ、恨まれても、痛くもかゆくもありませんけどね、ふふっ」


成功者であった故、東矢は多くの者に、嘲笑された。

彼に手を差し伸べようとする存在もいたが、北牙が圧力をかけ、潰して行った。



そして、世はバブルによる好景気。

キネキ商社と寺原不動産は合併し、北牙総合商社として、日本有数の企業へと成長する。





その陰で、一人の男性が山奥の神社で自ら命を絶った。

その事は北牙と砂緒の耳に入るも、無価値な情報としてすぐに忘れられる。



彼に寄り添うように冷たくなっていた、巫女の骸。

そして部屋中に血で書かれた、呪詛。


それらの情報も、一緒に。

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