隙間録:逆鱗



『それでね!嶺衣奈が色々と話しかけて来てくれたの!だから、助かったんだよ!』

「羅観香さんの言葉には反応してるの?」

『ううん、でも、危険があれば教えてくれたりしてくれたの』


スマフォの向こうから喜色が混じった声を聞き、智彦は顔を緩ませる。

放課後、突如かかって来た羅観香からの電話。

それは、取材先で怪奇現象と遭遇した、と言う内容であった。


嶺衣奈の成長……と言って良いかは解らないが、彼女の霊は自我を取り戻しつつあると、智彦は考える。

これは以前鏡花の言っていた『言葉無き言霊』だろう、と。


夢見羅観香には、加宮嶺衣奈の霊が憑いている。


夏のライブ後に広がった噂は、ネタを含めて爆発的に広がった。

それがネットで話題になり、言霊の力を得ていっているのだ。

結果、嶺衣奈の力を借りつつ、羅観香は悪霊蔓延る場所から生還した。

その様子が映された番組により、今後は一層言霊の力を得ていくだろう。


二人はやはり一緒であるべきだなと、智彦は嬉しく頷く。

空はすっかり暗くなり、大きな月が浮かんでいた。

少し前までは夜でさえ鳴いていた蝉もいなくなり、秋の虫が人気のない公園を賑やかに彩っている。


『でね、一緒に居たメンバーにいわゆる大御所が居て、気に入られちゃって……』

「良かったじゃない。色々でやりやすくなったのでは?」

『そうなんだけどねー。っと、時間だ。ごめん智彦君、またね!』

「あはは、相変わらず忙しそうで安心した。また、三人で遊ぼうよ」

『喜んで!あ、あと星社長が会いたがってたよ。あっちにも顔を出してあげてね』


笑い声の余韻を残し、智彦は通話終了をタップする。

そしてそのまま、目の前に群がる集団を、見据えた。


「こんばんは、須藤。あの後腕は大丈夫だった?もう痛みはないかな?」


月明かりの下に浮かぶ、約30もの影。

先頭に立ち名前を呼ばれた須藤は、顔を怒りに歪めた。


「あぁお陰でな!今日はそのお返しをしに来てやったぜ」


金属バットを右手で振り回し、須藤は嫌らしく唇を歪める。

周りの集団も、各々得物を弄んでいた。


「しかも!今日はあの田附さんもいるんだぜぇ!」

「こいつか須藤?強そうには見えないが……殺さない様に気を付けないとな」

「ははは、殺したら困りますよ田附さん!おい八俣!このお方はな!この辺りを仕切っている……」


先程から感じていた気配……偵察役とやり取りしていたのだろう。

わざわざ人気のないこんな場所に回り込んでご苦労だな、と智彦は内心溜息を吐いた。

先日はつい箍が外れてしまったが、殺しはダメだ。

須藤一人であれば殺す選択肢もあったが、数が多い。

流石に処理に手間がかかるなぁ、と。

未だしゃべり続ける須藤とその横に立つ日焼けしたマッチョマンを、ぼんやりと見つめる。


「はぁ……、どう手加減しよう」


智彦の心底面倒臭そうな声に、須藤達が殺気立つ。

リンチに気が乗っていなかったマッチョマンも、その一言で加虐心に火が付いた。


「へへへ、余裕じゃねぇか八俣!だがお前もこの数相手は無理だろうよ!」


須藤の声に、集団が動いた。

智彦を囲むように布陣し、逃げ道を断つ。


「さぁ田附たふさん!まずは一発ぶん殴って絶望させてやって下さい!」

「金の分は働くさ。あー……名前は聞く必要ないか。お前も災難だったな、恨むなよ?」


(とりあえず気絶させるかな。首トン、って奴で良いんだよね?)


智彦は上村から借りた漫画を思い出し、右手で手刀を作りながらビキリと力を込めた。

皮膚が硬化し、あらゆる場所に血管が浮かび上がる。


明らかに異常ではあるが、智彦を囲んだ集団は、気付かない。

それどころか、どう甚振ろうか楽しそうに笑みを浮かべている。


「おぉっと抵抗するなよ?変な真似するとお前のママと上村が大変な事になるぜ?」







「…… …… ……あ゛?」







公園の気温が、下がった。

虫は悉く鳴き止み、公園内の鳥や猫は、すぐさまその場から逃げ始める。

明らかに異変を感じたのもいるが、多くの者は、風が冷たいなぁと思った程度だ。


「別動隊がお前の大事な人を拉致してよぉ、ここに運んできてるんだよ!動くなよ?」


男達は、公園の入り口へと目を向ける。

時間通りであれば、生贄を乗せた車が到着する頃なのだ。


「へへっ、今日はどんなショーが見れるんだろうな」

「この間のは良かったな、男の前で娘の両足を砕いた時のあの声!」

「でも今日はババアと男だろ?つまんねぇぞ」

「まぁ、いつも通り田附さんが徹底的に壊しちまうだろうよ」


智彦という敗者が確定した存在をあえて無視し、皆、車の到着を待つ。

だが、待てども待てども、車は来ない。


「あいつ等、なに道草食ってやがる」


田附が、スマフォを取り出し、別動隊へ連絡を取ろうとする。

だが、コール音だけが響くだけであった。



□ □ □ □ □ □



時は少し遡る。



須藤のターゲットの一人である上村謙介は、夜道を歩いていた。

両手には、最近発売されたカップ麺がどっさりと入った袋をぶら下げている。


(紗季さんが家事をしてくれるのはいいけど、カップ麺食べさせてくれないんだよな)


口裂け女である紗季と上村が同居して、早一月。

紗季の献身的な栄養管理は徹底されていた。

結果、体に悪いという理由でカップ麺は許して貰えず、上村はジャンクフードが恋しい体となってしまっている。


(だけど今日は検診で泊まり込み!今の内に買い込んで隠して、食べておかないとな!)


そう言えば最近はやけに牡蠣料理が出るなと考えていると、背後から人の気配がした。

もしかして紗季かと、上村はすぐさま振り向くが、そこに居たのは柄の悪そうな男であった。


「なっ、え?んほぉぉぉぉおおぉ!?」


バヂヂッと、スタンガンの火花が散る。

恵まれた体型の上村でさえその衝撃には抗えず、フッと意識を手放した。


「よし、連れて行くぜ」

「二人じゃないと運べないな、お前も手伝え」

「ワカタヨ」

「おら、人に見られる前に行くぞ」


男達は上村をワゴン車のトランクへと投げやり、そのまま発進させる。

重低音が五月蠅い車内に、五つの笑い声が響いた。


「今日も簡単だったな!後は現地に届けて楽しく見学、っと!」

「だけどよぉ、今日は若い女はいないんだろ?つまんねーな」

「イイジャナイ!動画トル!売ル!儲ケルヨ!」


車は閑静な場所へと進んでいく。

獲物が女であれば、この運搬の時間はお楽しみであったのにと、全員が肩を落としている。


「すまん、小便するから止めてくれ」

「りょーかい」


外灯から少し離れた場所。

大きな街路樹の下に、ワゴン車が停止した。


「ほらよ。時間ねぇからさっさとしてくれよ」

「わーってるよ、ちょっと待っぺふぇ!?」


ドアを開け、外に出ようとしたドレッドヘアーの男が、動きを止める。

何事かと隣に居た男が顔を向けると、ドレッドヘアー……後頭部から、包丁の先が生えてた。


「……え?」


男が間抜けな声を上げると同時に、ドレッドヘアーの後頭部が迫り、生えた包丁の刃が男の喉を横に斬り裂いた。


「ひゃ、ひひゅっ!?……ぁ!ひゃんへ?」


血が、噴き出す。

一連の動きは、一瞬。

車内の生き残り三人は突然の事に一瞬動きを止め、悲鳴を上げた。


「へっ、あ、な、なんだ!?」

「死ン、エ?何ゴト!?」


ヌルリと光る包丁の切っ先が、後部座席の片方の男の胸へと、音も無く真っ直ぐに刺さった。

切っ先はそのまま、上へ。


「フ、ゴォオオオオ!?」


ブヂブヂブヂッと頭蓋の内包物を引き千切り、包丁が男の頭部を縦に切り分けた。


「ひぃ!?な、なんだよ!な、ななギャブ!?」


運転手はそのまま逃げようとドアに手を伸ばすが、シート越しに包丁が突き刺さる。


「いだぁ!ぇ、や、だぁ!痛あぁぁぁぁぁぁあああああ!」


背中に感じる燃えるような激痛。

包丁は同じく上へと抜け、プルプルと震える運転手は後頭部から脳髄を漏らし、絶命した。

骸が前へと倒れ、クラクションが押される。


「た、たすっ!たすけ!たしゅけて!」


後部座席にて生き残った一人の顔に、包丁が迫る。

恐怖に歪むその眼には、整った顔の美女が映り込んでいた。


だが、その顔は恐ろしく鋭利で。

口周りに付着している返り血で、口が大きく裂けているように、視えた。



□ □ □ □ □ □



同時刻。

智彦の住むアパートの前に、黒いワゴンが停まる。

五人の男が車から降り、智彦の住む部屋のドアを見上げた。


「うへぇ、ボロアパート」

「これなら簡単に拉致れるな」

「お前は車を出せるようにしておけ、二人は見張り、テツは俺と行くぞ」

「うっす」


いつも通りの作業。

ハズレを引いたな、と五人の中に倦怠感が渦巻くが、仕事をしなければならない。

男は部屋を確認し、力任せにドアを蹴り破った。


「ちぃーっす奥さん、拉致屋でぇーっす」

「きゃああああっ!だ、誰ですか貴方達!」

「はい黙ってー、五月蠅くするともっと殴るからな」


男は智彦の母親の腹に拳を放ち、素早く頭へビニール袋を被せる。

痛みに悶える智彦母の首元をそのまま掴み、乱暴に部屋から連れ出した。


「よし、行くぞ」


智彦母を中へ押しやり、ワゴン車が発進する。

目的地までは、車では三分もかからない。

男達は、いつものように憂さ晴らしをし始めた。


「おら!動くな!静かにしてろ!」


男が智彦母の顔を、袋越しに殴る。



……が、突如、智彦母の姿が消えてしまった。

いや、それだけではない。

今まで車に乗っていたのに、まるで図書館の様な場所に投げ出されたのだ。


『なるほどなるほど、コレが貴様達の手口か。いや実に清々しい程に外道であるな』


男達の前に、一冊の本が浮いた。

本から声が発せられている異常さに、男達は誰も、何も言わないし動かない。

いや、言えないし、動けないのだ。


『我は悪魔ではあるが、慈悲は持ち合わせている。貴様らに『される側の痛み』を学ばせてやろう』


男達の頭上に、紫の靄がかかる。

ソレは次第に、男達の鼻や耳の穴へ入り込み、男達の体を操り出した。


(なんだぁ?か、体が勝手に!)

(自分の意志で動かせねぇ!)

(いやなんだよこの状況!俺、夢を見てるのか!?)


『これから貴様達の大事な人を、同じような目に遭わせるが良い。痛みを知り、真人間へ戻るのだな』


(ちょ!何だよそれ!やめ、止めてくれぇ!)

(大事な人……妹、だよな?おい!動け!動けよぉ!)


本がパタリと閉じると、男達の姿が消え去った。

誰もいなくなった図書館の様な空間に、本を捲る音が、響き始める。


『人間というのは恐ろしいものだな。……務めは果たしたぞ、強き者よ。さて、我はこの「とある科学の自動ポルノ砲」の続きを読ませて貰おう』


その後男達は、彼女、妹、両親、娘、妻と言った各々大事な存在を、今まで行った愚行と同じ様に襲い始めた。

思考は自由ではある為、目の前で、自身の暴力により血塗れになって行く存在を、只々見ているしか無かった。

心の中で、何故俺がこんな目にと、自分本位な思いを抱きながら。

自身の未来がもはや暗礁にしかないと、気付かないまま。



□ □ □ □ □ □


そして、時は戻る。

月明かりの下、図体のでかいマッチョマンが、騒がしく唾を飛ばしていた。



「おい!どうなってやがる!」



慌てる須藤の横で、田附が物言わぬスマフォを怒鳴る。

今まで無かった、異常事態。

動揺が伝達し、余裕ある表情が集団から消えていく。


「……早く帰りたいから、さっさとしようか」


一瞬、殺意に我を忘れた智彦だが、すぐさま冷静さを取り戻した。

何せ家には、悪魔がいるのだ。

彼ならば。

彼女ならば。

間違いなく母と親友を守ってくれるだろうと、心穏やかとなる。


でもやっぱり心配だから早く帰って安否を確かめたい。

そんなちょっぴりお茶目な智彦の心情を、彼らは理解してくれなかった。


「てめぇ何かやりやがったな?」

「何も。あぁでも、片方は皆死んでるかも知れないかな?彼女、容赦なさそうだし」


淡々と話す智彦だが、内心迷っていた。

どう、この不快な集団を処理しようかと。


生かしたまま返しても、こいつ等は復讐と称して同じような事をするだろう。

同じように、身の回りに迷惑をかけるかも知れない。

ならば殺した方が……でも、処理や、万が一バレて警察のお世話になるのも嫌だなぁ、と。


だがその悩みが、ふと、消えた。

こちらに近づいてくる大きな気配に気付き、智彦の中で殲滅スイッチが入る。


「時間が惜しいから、こっちから行くね」

「あぁん!?てめぇふざけやがって!ぶっ殺し『パァン』


怒号を放つ田附の両足が、消えた。

続けて、両腕が、喪失する。


智彦の恐ろしく速い平手打ちと蹴りが、田附の四肢を極めて細かく粉砕したのだ。


「が、ああああああああああああああああああ!?」


「田附さん?」

「はっ?」

「ふぇ?」


四肢を失った田附は土へと投げ出され、涙を流しながらのたうち回る。

誰もが、その一瞬の出来事に呆けた。


「連帯責任って事で、消させて貰うよ。ごめんね」


智彦が、近くに居た男の頭部を、手刀で狩る。

そのまま、左右に居た男二人の頭部に突きを放ち、それを汚く爆散させた。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい!?」

「て、てめぇ!」


喧嘩慣れした……だが、想像力の無い男達は、智彦へと襲い掛かり始める。

だが、無意味だ。


金属バットを頭に振り下ろそうが。

スタンガンを首筋へ当てようが。

日本刀で斬りかかろうが。

智彦はまるで何事も無かったのように、拳を振るう。


「ぶぺっ!?」

「だずげ」

「ちょ、待」


時間にして、20秒。

30もいた男達の過半数が、体の大部分を喪失した骸となって、土へと転がる。


「き、きいてねぇよこんな奴!」

「ひぃいいいいいいい!」

「逃げっ!おい、そこをどけぇぇぇぇぇ」


さすがに智彦の異常さに気付いたのか、生き残った奴らが逃亡し始めた。

彼らが向かう先は、公園の入り口だ。

そこに、一人の女性が佇んでいた。


男達は女性の横を、走り抜ける。

だが、すれ違うと同時に、男達の首が宙を舞った。


「ありがとう、紗季さん」

「問題ない……こちらも、怒ってる」


返り血で体を濡らした口裂け女……紗季が、珍しく眉間に皺をよせていた。

恐らく自分も同じ顔をしているのだろうと、智彦は力を抜く。


「謙介は?」

「あっちに寝かせてる」


公園の入り口先に鎮座する、古ぼけた木製のベンチ。

自動販売機の灯りに照らされる親友を認め、智彦は息を吐いた。


「……死体、処理しようか?」

「任せていいですか?」

「問題ない。人の世に紛れ、理性に縛られている同胞には、御馳走」


紗季の言葉に先日の吉備家の件を思い出し、つい、顔を歪めてしまう智彦。

その様子を見た紗季は、またも珍しく口角を上げる。


「ただし対価は貰う。私の治療費……謙ちゃんの借金を、帳消しにして」

「あー、それでもいいんですけど、謙介絶対認めないと思いますよ」

「むぅ、そうかもしれない」

「ですから、謙介が返したお金を渡します。それで、一緒に美味いもんでも食べて下さい」


智彦のアイデアに、紗季はサムズアップで応える。

ここに居ては、もはや邪魔となるだろう。

智彦は、公園の入り口へと足を進めた。


「生きてるのは、どうする?」

「あー……忘れてた」


智彦が目を向けると、気を失った田附と、腰を抜かし震える須藤がいた。

須藤は恐怖でもはや会話もままならず、眼で、智彦に助けを求めている。


「やっぱ死んでないとダメですかね?」

「大丈夫、生きてればそれはそれでご馳走らしい」

「……では、そのままお願いします」


「まっ!……たす、……っ!」


再度歩き出す智彦に手を伸ばす須藤だが、紗季が指を鳴らすと、地面に広がった闇に吸い込まれる。

智彦が振り返ると、すでに紗季は消え、同様に多くの骸も、消えていた。


何処にでもある、管理が半ば放棄された、寂れた公園。

そこにはただ死臭のみが広がり、智彦は富田村の空気を思い出した。






この日、とある街にて多くの行方不明者が出た。

同時に、親しい人を襲い重症にするという事件も多発。


一時期ワイドショーを賑わせるも、行方不明者の普段の素行が知れるにつれ、沈静化。

そのまま、時の流れに消えて行った。

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