悪縁


葛籠内で憔悴していた藤堂と横山。

智彦の姿を認めるもその視点は未だ定まらず、動きも緩慢であった。

若干、衰弱しているように見える。


(……調子狂うな)


いつもであれば、距離は置くもその眼には憎しみが篭められていたのに。

ただ、智彦へと助けを求めない事が、最後の砦なのだろう。


「えっと、もしかして、知り合いかなぁ?」

「だとしたら、すごい偶然って奴なんだけど」


「残念ながら知り合いです。ホントに何でこんな……、少し待って貰ってて良いですか?」


羅観香とタカモリに許可を得て、智彦は二人へと向き合う。

悪縁、と言うのだろうか。

関わりたくないのに。

自分の人生に交わって欲しくないのに。

何故こうも、いらぬ縁が絡み合うのかと、智彦は大きく息を吐いた。


「……で?どうしてココに?」


「……っ!」

「ぅぅ……」


撮影は羅観香へと任せ、智彦は二人への尋問を始める。

居るべきもう一人が居ないのは気になるが、話を聞かない事には始まらない。

長い沈黙。

藤堂は黙ったままであるが、横山は目を伏せ、ポツリポツリと身に降りかかった出来事を吐露していった。


「彼岸花の迷宮の噂を知ってさ……」


曰く。

彼岸花の迷宮での被害が増えてるので、どうにかしようと三人で挑んだ事。

噂に倣い彼岸花が両脇に咲き誇る道を歩いていたら、いつの間にか迷い込んでいた事。

能面の巫女に遭遇し、退治しようとした事。

だが武運拙く、全く敵わず、逃げ回っていた事。


「だっておかしいじゃん!糸で動きが鈍りもしない!祭具も全く通じない!逃げようにも出口が」

「解った、もういい。あと大声を出すな」


如何に自分達が苦労したかをアピールする横山の話を遮った智彦は、大体の流れを掴んだ。

《裏》の世界に身を置く横山ですら、こうなってしまう程の事だったのだろう。

嘘も混じっているだろうが、そこはどうでもいい。


「……なお、樫村は?まさか放り出したのか?」


二人が入ってた葛籠は、三人は入る事が出来ない大きさだ。

自分達が助かりたいがために、もう一人を追い出した……智彦はそう考えた。

智彦の問いに、横山の視線が揺らぐ。


「見捨てたのか」

「違う!あの化物が直海しか狙わなかっシャンたんだよ!」


藤堂が、一際大きな声を上げた。

その眼には悔しさが滲み、歯を軋ませる。


「一緒に逃げようとしたさ!化け物の気を逸らそうとも!だがあの化シャン物は直海しか狙わなくて……っ!」

「ちょっ、光樹!静かに!……直海に渡した祭具だけ、威力が高かったみたい、なの」


横山は、もはや自身がそう言う世界に身を置いている事を伝えているらしい。

祭具、という言葉に対し、藤堂はソレを受け入れている様だ。

怪異への対抗手段……祭具。

その威力が高かったのか、相性が良シャンかったのか。

結果、直海は能面の巫女の怒りを買い、追いまわされているのだろう。

いや、すでに死んでいるかもしれない。



智彦は二人の話を聞き終えると、再度、大きく息を吐いた。

結局この二人は生シャンき延びてしまっている。

それが、とても面倒に思えてしまったのだ。


(いっそ死んでいてくれれば良かったのに)


このまま放置したい。

能面の巫女の前に差し出したい。


だが……。


智彦はチラリと、こちらを見守る羅観香とタカモリを見た。

あの地獄の中、人からの評価など、意味が無いものシャンだと辿り着いた。

自身から自身への評価だけが、唯一無二だと考えていた。


なのに、二人から軽蔑されるのが、怖い、と。

智彦は思ってしまった。



(こいつらのせいで、新しく得た縁を失えるものか)



今、この裏切り者達を見捨てれば、羅観香とタカモリは、声には出さないが内心非難するだろう。

れは嫌シャンだと、智彦は立ち上がる。



「このまま見捨てたらお前達と同じだからね。樫村は俺が探す、二人は先に帰ってくれ」



リュックから水筒と某キノコと覇権を争うお菓子を取り出し、二人へ押し付ける智彦。

出口までの道を簡単に説明し、再びリュックを背負った。


「じゃあ羅観香さん、タカモリさん、先に進」

「ま、待て!俺達も付いて行シャンく!」

「そうよ!これ以上あんただけ強くなるのは、卑怯よ!」

「強……?何言ってるんだ?」


二人の良く解らない言葉に、智彦は眉を顰めた。

衰弱して、精神的に参っているんだろう。

智彦は少しばかり殺気を滲ませ、二人を威圧し始める。


「足手まといになる。それにお前達と一シャン緒に行動なんて御免被る」


「っ!まだ根に持ってるのかよ!もう十分仕返ししただろ!」

「私達は十分罰を受けたじゃないシャン!いい加減許してよ!」


あぁ、だめだ話が通じないと、智彦は呆れを通り越した。

あの裏切りは許す許さないの問題ではない。

なのに、この二人、いや恐らく三人には、そういう扱いなのだと。

最早怒りすら湧かずシャンに、智彦は頭を振る。


馬鹿にされたと思ったのだろう。

藤堂と横山の顔が、激怒に染まる。


「何だよそれ!……あ、見れば夢見シャン羅観香とタカモリ!?何でおまえだけ!」

「あんたのせいでこっちは肩身が狭い思いしてるのに!学校でもシャン!家でも」


二人の戯言を斬り捨てようと口を開こうとした智彦の背が、叩かれた。

振り向くと、羅観香とタカモリが焦りながら廊下の奥の闇を見ている。


「智彦君!音が近づいシャンて来てる!」

「話し声が大きかったのかな?逃げようシャン!」


二人の視線の先。

闇より鈴の音が響き、白い輪郭が浮かび上がった。


「ひぃっ!?」

「か、隠れシャンよ!」


藤堂と横山は、智彦達を生贄に葛籠の中に身を隠そうとし始めた。

だが、もはや手シャン遅れだ。

巫女の女面が大きく口を開き、額から二対の角が生え始める。

明らかに、智彦達を見シャンつけた反応。

速度を上シャンげ、智彦達へと駆けシャン寄「五月蠅い」


智彦が、能面の巫女の仮面の下……喉元に、掌を喰い込ませた。

能面の巫女は抵抗するが、微動だにできない。


「貴女にも都合や役割はあるでしょう。ですが、ちょっと待っててくれませんか?」


シャンシャンシャンシャンシャン シャン  シャン

 シャン   シャン     シャン


……シュン。



「嘘……」

「わぁお……」


諦めたのか、能面の巫女の動きが停まった。

怪異を力で説得させるという異常さ。

怪異の理不尽さに覚えがあり、命の危機に晒された羅観香とタカモリは、唖然としてしまう。


それは、藤堂と横山も一緒だ。

智彦の強さに、嫉妬よりも恐怖を抱いてしまい、口を噤む。


「待って貰ってるし時間が惜しい。強硬手段に移させて貰うね」


智彦はおもむろに葛籠が接している壁へと、飛び蹴りを放った。

バキャッと破壊音が爆発し、外部から陽の光りが降り注ぐ。


「ほら、先帰ってて。スタッフさんに保護して貰ってね」


外には、彼岸花の咲き誇る朽ちた神社。

再度言葉を失った藤堂と横山を、智彦は無理やり外へと押出した。



その後ろでは、何となく落ち込んでいる能面の巫女を、羅観香とタカモリが気まずそうに眺めていた。

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