事件の後に


吉備家の出来事は、世間に震撼を与えた。

「食人家族」という見出しで連日ニュースとなり、それは世界に広がり報道される。



和室の床下から発見された人骨は、四名分。

ただ、身元が解るようなモノは無く、捜査はすぐに難航するかに思われた。


だが、長年意識不明となっていた、加害者とされていた野洲黒徳が、突然目覚める。

長年見ていた『夢』による精神的な衰弱が認められるも、野洲は事件の真相を少しずつ語った。


「愚妹が家出して……連絡が途絶えたのが、あの家だったんです」


野洲の妹は奔放な所があり、また、両親と不仲の為、家出をしては知らない人の家で寝泊まりをしていた。

最初は厳しく言ってはいたが、断念。

妹の行動を黙認するも、無事を知らせるように、外泊する際は必ずメールをしろと。

あと、トラブルが起きた際に証拠になるように、泊まる家の外観を撮影してメールに添えろと、約束をしていたらしい。


そんなある日、律儀にメールの約束だけは守っていた野洲の妹と、連絡が取れなくなった。

位置情報を知ろうにも、スマフォが故障しているのか、解らない。

そこで、最後に送られてきたメールに写っていた吉備家を、野洲はやっとの思いで探し当てた。


「とても感じの良い、人達だったんです。妹の件も、親身になってくれて……」


相手が独り身の男であれば真っ先に疑ったが、相手は家族三人。

野洲は疑いを捨て、妹の事を尋ねた。

吉備一家は「行くところが無さそうだったから」と野洲の妹を泊めた事を認めるも、その後は解らないと言い張ったらしい。

野洲はソレを信じ、吉備一家は野洲の相談に乗ったりする。

以後、吉備一家と仲の良い関係を築いた。


結局、野洲は妹を見つけるどころか、足取りすら掴めなかった。

警察に相談するも家出癖の事があり、事件性は弱いと判断されたようだ。


ある日、いつも通り歓待を受けた野洲に、吉備一家は宿泊を勧める。

すっかり気を許していた野洲は、それを快諾。

日頃の疲れからか、体が重くなる眠気を感じ、案内された和室に寝っ転がった。

そこで急に気分が悪くなり、トイレへ駆け込み、胃の中身を戻した後に意識を手放した。


「気付いたら、食卓に寝かされてました。そこで何故か、妹が見た光景が脳裏に浮かんだんです」


重い倦怠感の中、体が切り刻まれていく絶望。

死への恐怖。

後悔。

そして家族への懺悔。

野洲の中に濃く凝縮されたソレは、怒りへと変わり、体を動かす原動力となる。


「横にあったナイフで奥さんを斬りつけ、逃げました。警察に駆け込もうとして……」


幸いにも吉備一家は、食事の準備中であった。

まだ服も着ていた野洲は、供述通りまずは吉備蘭を斬りつけ、家の外へと逃げる。

これには吉備家が驚き、何とか捕まえようと追跡。


「妹が助けてくれた気がするんです、あのままだと、そのまま食われていた」


まだ体が重かった事もあり、高架線下で追いつかれるも、持っていたナイフで善戦。

吉備一家を殺害するも、罪の意識を抱く前に、ここで野洲の意識が途切れた。


「……ずっと、夢を見てた気がします。あいつ等に体を食べられる、悪夢を」



目覚めた野洲の言葉により、四人の骨の一人は、野洲黒徳の妹である野洲白亜と仮定され、捜査。

その後、歯の治療痕から、野洲白亜と断定された。


同様に、他の三人の骨の身元も判明。

野洲白亜のように家出し、同時期に行方不明とされていた少年少女であった。


他に犠牲者は居なかったが、物置の地下からは腐った肉片の入った冷凍庫が見つかる。

庭からは、野洲黒徳の私物を含めた、犠牲者達の遺品が、掘り出された。


何故、吉備一家がこのような凶行に手を染めたか。

それについては、捜査が始まったばかりだ。







「……ってのが、今のところ分かってる内容だ」


若本刑事の車に乗り案内された、寂れた喫茶店。

外は曇天で、今にも雨が降りそうだ。

年代遅れのクーラーが騒々しい音を立てる中、智彦と上村は彼の話に耳を傾けていた。


「えと、それは……一般人に聞かせて良い、んですか?」

「ニュースなどではまだ聞かない情報もありましたぞ」


「何言ってやがンだ。お前らのお陰で事件が進展したから、もはや関係者だろ」


水滴が流れるグラスを置き、若本は口角を上る。

その横では能登刑事が何か言いたそうにするも、口をつぐみ俯いた。


「上村が居なければ家に入れなかったし、八俣が吉備一家の霊を消さなければ、野洲も起きなかったンだぜ」


若本の言う通り、あの後、智彦は吉備一家の霊を除霊したのだ。

いや、除霊と言うよりは、無に帰した……と言った方が良いだろう。

床下のアレを発見した後、吉備一家は智彦達を襲うような事はしなかった。

ただただ、じいっと見つめるだけであった。

それが我慢ならず、智彦は腕を振り、吉備一家を霧散させた。


勿論、事前に鏡花へと電話し、《裏》にマイナスが無いか確認。

今回の件は全てにおいて関与してないという事で、遠慮なく力を振るった結果だ。


そうでもしなければ、若本の言う通り野洲の霊も解放されず、また、家へと入る警察も体調を崩したであろう。


「ところで、その野洲って人はどうなるんですかな?」

「無罪、は流石に無理だが、情状酌量はあるだろうよ。とは言え、捜査が始まったばかりで、なンも言えんが」


吉備一家の霊の道連れに霊体を奪われ、今日まで寝込んでいた、野洲黒徳。

不運ではあるが、これからの人生が穏やかであって欲しいと、智彦は切に願った。


「……で、だ。今日はそれとは別の話がある。吉備一家が、なぜあんな事をしていたか、だ」


吉備一家の行っていた、人道に背く凶行。

若本の話では、それらに関する情報は、全く出てきていないそうだ。


近所では、仲の良い家族と評され。

銀行員であった父親の吉備幹也は、責任力の強さから慕われ。

専業主婦であった母親の吉備蘭は、民生委員の熱心さから周りから頼られ。

娘の吉備駿河は、溌溂とした性格で友人も多かった。


そんな一家が、どのようにしてああ成ったのか。


「俺なりに調べたンだが、多分、きっかけは登山での遭難、だな」


若本の言葉に、再び、横に座った能登刑事が揺れる。

そのまま、生気のない顔で、若本へと目を向けた。


「能登、お前言ってたよな。吉備一家が遭難した時に、探しに行ったって」

「……はい」

「詳しく話せ」


能登刑事は無言で抵抗するが、若本の眼力に負け、小さな声で当時を語った。

吉備一家は家族で登山するのが趣味であった。

だがそれは、あくまでアマチュアだ。


とある中級者向けの山の登山時に、悪天候のため、一家が遭難してしまった事があったと。

吉備駿河を心配するあまり、探しに行くも逆に遭難しかけたと。

結局は地元の有志について行き、怒られながらも一家三人を救助できたと。

能登は、ぽつりぽつりと語る。


「当時は気にならなかったが、今思うと気になる点、不審な点はあるか?」

「あり、ます」


能登は、吉備駿河を未だに庇う為に、知ってる事を若本へ伝えずにいようと考えていた。

だが、目の前には、智彦がいる。

あの時正義感を振りかざした身なのに、自分はソレを捨て去るのかと……。

能登の眼に、光が戻った。


「同じように遭難した人の遺骨があったから、埋めて墓を作った、と言ってました」

「実物は見たのか?」

「いえ、あの時はそれどころでは無かったので……」

「……そうか」


若本刑事が、飲み物で唇を湿らせる。

能登刑事も喉が渇いていたようで、手元のアイスコーヒーを飲みほした。


「ちょうどその時期にな、遭難したまま行方不明となってる奴がいるンだ」


若本の言葉に、智彦も上村も、ピンと来たようだ。

そんな事はあって欲しくないし、何かの間違いであって欲しい。

しかしながら智彦も抱いた経験のある感情なので、ソレを口にした。


「食べた、んですね……」

「すでに死ンでいた可能性も高いンだがな。吉備一家は飢えに勝てず、食べちまったンだろうよ」


狼煙を上げて救助を待つ様な話が無かったため、火は持っていなかったのだろう。

つまり、そのまま……生で食べた、可能性がある。


(……そうだよな。飢えは、きついよな)


智彦自身は、多量の蟲が居たから、それで何とか凌げた。

最初は吉備一家に対しては嫌悪感しかなかったが、次第に、同情的な感情を持ち始めている。

と、そこで何となく、解ってしまった。


「人を喰う事で、生を実感、できてたんですかね」


人を喰い、命を長らえた。

本人達は、求めずに、人道に背く道を歩いてしまった。

だがその味を知ってしまってからは……その後の生活は平和であると共に、虚ろでは無かっただろうか?

生きる事につらくなったり、何かを諦めようとした時に、儀式的に縋ってしまったのではないか?


「八俣の言う通りかもな。そういう趣味であれば、もっと被害者が出ていたはずだ」


彼らがどういう感情や考え方で、人を喰っていたのか詳しくは解らない。

結局は本人達しか知らないし、もはや知る手段も無いのだ。


この話はここで終わり、と。

サビれた喫茶店に、来客の鐘が鳴り響いた。








智彦達と別れた後、刑事二人は車を走らせていた。

目的地は勿論、あの場所だ。


「あの子達に喋りすぎですよ、若本さん」

「言っただろ、関係者と同格だって、それより速度出しすぎだ」


曇天の下を行きかう人々が、傘を取り出し広げだす。

二人が乗る車のフロントガラスにも、水滴が落ち始めた。


「でも、上村君には災難でしたね、あの土地に曰くが付いちゃって」

「あぁ、あの家と土地、どっかのモノ好きが相場の倍で買ったそうだぞ」

「えぇ……、曰くつきが好きな人がいるんですね」

「いやぁ、多分、『異捜』と同類の奴らかも知れねぇな。何調べるンだか」


もはや見慣れた場所には、多くの警察関係者の車が停まっており、遠巻きにマスコミと見物客がごった返していた。

若本はさっさと車を降り、傘もささずに現場へと走って行く。


(……そう言えば)


能登は、とある情景を思い出す。

吉備家に泊り、皆で……この庭でバーベキューをしたあの日を。


あの時食べた美味しい肉は、なんだったのかと。

能登の口内に、唾液が溢れた。

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