スウィートホーム
智彦が霊力を流し、現世へ彩られた男性。
それは、この家の持ち主であった吉備一家を殺害し、今もなお意識不明の状態で眠る、野洲黒徳であった。
「なンでこいつが……、とは言えアイツの霊、なンだよな?」
「ですね。……霊体がココに居るから、その人は意識不明な状態なのかも知れません」
智彦自身も詳しくは知らないが、本来の体から霊体が抜けていると、そういう事を引き起こすのだろうと考えた。
とは言え、何故、犯人とされる人物の霊体がココに居るのか。
「まさか、霊になっても駿河達を狙ってる……?」
「のとは、ちょっと違うみてーだな。……流石に頭が痛い。部屋を出よう」
智彦以外には見えないが、狭い和室には黒い瘴気が漂っている。
流石に体調に支障をきたし始めた為、若本と能登は和室を出た。
「……少年は平気、なのか?」
「えぇ。どうもこの部屋だけみたいですね、この瘴気は……ん?」
「なんか近づいてきますぞ?」
吉備一家三人分の足音が、近付いてくる。
何となく圧を感じて皆が身構えるが、特に何もなく、和室へと入って行った。
「……野洲って人を三人で抱えてますね」
足音がゆっくりとなり、大きくなる。
智彦の言うように、三人が一人の人間を抱えたためであろう。
ミシリ、ミシリと、暗くなりかけた室内に響いていく。
「もしかして、野洲に恨みを晴らそうとしてるのかしら?」
「あり得る話だ。その為に、野洲の霊をここに連れて来てるのかもな……どうやったかは知らんが」
霊が人に復讐をする……良くある話だ。
だが、霊体にして家へと閉じ込め、復讐を日常へと入れるとは。
吉備一家はよほど野洲という人に恨みがあるんだろうなと、智彦は他人事ながらに思う。
であれば、この家はもう選択肢から外すしかないなと、吉備一家をぼんやりと眺めた。
「ダイニング、に行ってるようですな」
智彦の視線の先は、上村の言うとおりダイニングだ。
ドスンと大きな音が鳴り、電灯が付く。
薄暗くなった家内に白い光が侵食し、一つの異世界を作り上げた。
冷蔵庫を開け閉めする音。
蛇口の開閉音。
食器が並ぶ音。
「……まさか」
智彦の顔が珍しく大きく歪み、嫌悪感を露骨に浮かべた。
上村にとってはそんな智彦の様相が珍しく、嫌な予感を抱きつつ尋ねる。
「何があってるんですかな?」
「いや、何と言うか……、3人とも、耳を塞いでた方がいいかも知れません」
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
引きつった智彦の口が言葉を生む瞬間、男性の絶叫が響き渡った。
恐怖、ではなく、苦痛による、悲鳴。
智彦以外の3人は目を見開き、軽くパニックを起こす。
智彦は落ち着いたものだが、やはり顔は歪んでいた。
「な、何が起こってるのよ!や、やっぱ駿河達が、復讐をしてるの!?」
「いや、復讐というか。コレは実際に見て貰った方が良いかも知れません」
「少年、さっきみたいに、俺達に見せる事はできねぇか?」
「全体を見せないと、多分何が起こってるのか解らないと思います」
自身の掌を見ながら、智彦は能登刑事の言葉を反芻する。
復讐……、確かにそう見えるが、コレはそうであろうか?
野洲は、加害者、なんだろうか……?
智彦の中ではすでに、この家は最早どうでもいい存在となっていた。
霊を無理やり排除すれば住む事は出来るであろうが、そんな気は喪失している。
と言うより、この家はもしやとんでもない場所なのではと、思い始めている。
見て見ぬふりして、新しい家を探せば良い。
敢えて関わる事も、面倒に首を突っ込む事も無い。
真相を知ったからと言って、明るみにする義務も無いのだ。
無い、のだが……。
(……お世話になった、からなぁ)
智彦は、チラリと若本刑事へと目を向けた。
悪意ある噂を一方的に信じず、むしろ、それを抑えようとしてくれた大人。
あの時の恩を返す、と言う訳では無いが……義理は通そうと、智彦はスマフォを取り出す。
「少し、待ってて下さいね」
三人を事で制し、智彦はとある人物に電話をかける。
数回のコール音。
スマフォの向こうから、元気な声が飛び出した。
『はいはーい 智彦君、どうしたのー?』
「羅観香さん、忙しい時にごめんね?今時間ある?」
『撮影前だから大丈夫。でも、この後は電波通じづらくなるかも」
仕事中だったか、と。
智彦は電話した事を申し訳なく思い、謝罪した。
『問題ないよ。今ね、死んだ画家さんの豪邸に取材に来てるんだよ。私は聞いた事無いけどフレスコ画ってきゃあ!』
「どうしたの?」
『カメラマンさんが、変な石壊しちゃって……、って、ごめんね。何か用事があるんでしょ?』
「うん、あのビデオカメラ、貸してくれないかな?」
『あ……ごめん、今、こっちに持って来てるんだ』
「ありゃ、じゃあ仕方ないね。忙しい所ごめんね、ありがとう」
『こっちこそごめんねー!』
通話終了をタップした智彦が、三人へと向き直る。
少し思案した後、ダイニング中のテーブルへと近づき、両手を広げた。
「今からお見せするのは、ちょっとアレ、です。手は二本しかないので全体像は見せられませんが……」
智彦が、机の上、それと、椅子に居る霊へと、手を伸ばした。
ぼんやりと。
狂気が彩られていく。
「な、……ンじゃこりゃ!」
「う、うえぇぇぇ!」
「コレは……酷いですぞ」
まず、テーブルの上。
先程の野洲が服を脱がされ、裸となって横たわっていた。
その腹部は血塗れな上に、所々あるべき肉が存在してない。
既に意識は無く、ピクリピクリと痙攣し、血の匂いがしてきそうな場面だ。
そして、その野洲の腹部を鋭利なナイフで切り落とし、嬉々として口へと運ぶ……吉備駿河。
野洲の肉を噛む度に口から血が流れるが、目を輝かせ、美味しそうに食べている。
「人を……食ってる……」
「おいおいおいおい、どうなってやがンだ!少年、他の奴らもか?」
若本の問いに智彦は頷き、吉備駿河の両親の姿をも霊力で模った。
吉備駿河と同じく、幸せそうに、野洲の肉を噛んでいる。
「八俣氏、もう、いいですぞ!止めて欲しい……」
流石に上村にはきついようで、真っ先に目を逸らした。
能登刑事も顔を青ざめさせ、同じく目を逸らす。
だが若本刑事だけは、この地獄の様相を、真っ直ぐと見つめていた。
「少年、吉備一家は……こいつ等は、生前の暮らしをしている、って言ってたな」
「はい。……つまり、そういう事だと思います」
智彦の頷きに、若本の眼が険しくなる。
カニバリズム。
それはこの現代の日本において、到底許される行為ではない。
智彦も、同様の感情だ。
富田村では、飢えとの戦いの日でもあった。
蟲を喰い腹を満たしたが、餓死しそうな場面も多々あり、何度村に点在する死体を食べようとしたか。
それを乗り越えたからこそ、目の前の吉備一家の霊を純粋に軽蔑し始めている。
「吉備家に押し入った野洲が一家を殺した……ではなく、吉備家が野洲を殺そう、いや、食べようとして、反撃した可能性もある、か」
「しょ、証拠がありません!この家を捜査した時に、何も出てこなかったって聞きました!」
能登刑事は、目の前の惨状から目を背け、親友である吉備駿河を庇おうとする。
が、若本は首を横へと振った。
「確かにその通りだ。……が、もしかしたら、まだこの家にあるかも知れン」
「でも、もう数年前です。今更出てくるわけが……」
「あるだろ、明らかに怪しい場所が」
八つ当たりのように。
若本は力強く床を踏み、先ほどの和室へと押し進み、他のメンバーも追従。
ダイニングから響く食事の音をどこか遠くに感じながら、4人は和室を眺めた。
「……畜生、脚が進まねぇ」
「首を、絞められるような重圧感が」
「自分も、体が震えてきましたぞ」
智彦の眼には、先程より濃くなった瘴気が和室を覆いつくしているのが見える。
どうやら動けるのは自分だけだと、智彦は和室へと入った。
「怪しい所は無い、けど……ここしかないか」
和室中央の畳。
瘴気はそこから漏れているように思え、智彦が畳を捲る。
すると床板が見えたが、智彦は構わず、床板を外す。
フタの様になっていたため、簡単に外す事が出来たようだ。
瘴気が一瞬膨れ上がり、急速に消えてく。
「……うわぁ」
「コレは……叔父さんに何と言えば」
「うっ……!」
「……能登、吐くなら外に行け。あとそのまま応援を要請しろ」
床板の下。
そこには、鋭利な刃物や薬品と共に、数人分の骨が無造作に投げ込まれていた。
換気も考えられているようで、生温い風が、智彦の頬を撫でる。
「……ここの家族にとっては、霊になってまで執着したい幸せな日々、か」
智彦が、振り返る。
すると食事の音がいつの間にか止んでおり、若本達の後ろより、吉備一家が智彦をじぃっと見ていた。
ただただ、暗い、底の無い穴の様な、眼で。
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