良物件


「やぁ良く来たね、謙介。それと君が八俣君か!初めまして」


身長は上村と同じくらい。

頭をピッチリと七三で分けた生真面目そうな男性が、智彦と上村を歓迎した。



今、智彦達がいる場所は、上村の叔父が経営する不動産屋だ。

こじんまりとした会社ではあるが、窓口が殆ど埋まっており、繁盛している事が伺える。


上村の叔父……上村介清は、智彦を想像以上に歓待した。

上村の数少ない友人だからという事もあるが、甥に春が来た立役者という認識が強い。


「いやぁ、謙介はてっきり二次元と結婚すると称して生涯独身を貫きそうだったからね、僕も、兄夫婦も一安心さ」

「おっふ!じ、自分そんな心配されてたんですか!?」


その後も応接室にて談笑が続き、一息ついた頃に上村介清が引き出しからファイルを取り出した。

智彦の前で、それを開く。


「さて、僕の独断だけど、八俣君の条件に合う物件をピックアップさせて貰ったよ」


智彦は礼を言いながらソレを受け取り、目を通し始めた。

家賃、陽当たり、ゴミ捨て場までの距離……智彦の母親が求めた条件にほぼ合う内容に、つい目を見開く。



二人の刑事から解放された後、智彦は母親へと今回の件を全て。

3人からの裏切りから、地獄の日々を過ごした事を含め、伝えた。


まずは信じて貰えないだろうと考える智彦だったが、母親はソレをすんなりと受け入れ、信じた。

智彦の纏う雰囲気もそうであるが、精神的に変化があった事にすぐさま気付くも、気付かない振りをしていたのだ。

その後、つらかったね、頑張ったね、と智彦を抱き、互いに涙した。


直海の悪意は想像以上に、智彦の母親へ負担をかけていた。

また、智彦自身が稼ぐ手段を得た事も説明し、引っ越しを決意。

その為、仕事で来る事ができない母親の代わりに、智彦は良い物件を決めようと意気込んでいた。



『…… …… ……!』


「ん?二人ともすまない、少し待っていてくれないか」



ふと、外……応接室の外から、怒号が聞こえる。

何かあったと判断した介清はスーツを正し、応接室を出ていく。


顔を見合わせる智彦と上村だが、特にできる事も無いため、物件リスト見ながら談笑を続けた。

今回の騒動については、裏掲示板では直海と藤堂の嘘、だという認識が出始めている様だ。

実際、直海と藤堂はだんまりになっているらしい。

あと、今週末にでも3人で遊びたいと羅観香からメールが来ており、何処に行くか相談もし始める。


「ところで謙介、来月、好きなゲームのライブに行くって言ってたよね?紗季さん大丈夫?」

「アイドルハムスターのライブですな。むしろ一緒に行きたいと言ってますぞ。お陰でチケット確保が困難で……」


ガチャリと。

やや疲れた顔となった介清が戻って来た。

扉の外から聞こえていた怒号は無くなり、どうやら解決はしたようだ。


「叔父さん、何かあったんですかな?やけに疲れてるように見えますぞ」

「あぁ、ちょっとね。……事故物件を貸した客が、金を返せと怒鳴り込んできたのさ」


契約前にちゃんと伝えたし、返金も不可だと規約したのに……と。

介清は愚痴のつもりで、二人へとストレスを吐露した。


「事故物件、ですか」


智彦の言葉に、一瞬しまったという表情を浮かべる介清だったが、個人情報では無いからいいか、と言葉を零し始める。


「市役所近くに、見た目が新築に近い一軒家があるんだがね。幽霊が生活する音が昼夜問わず聞こえるんだ」


先程の客に対応した時のだろう。

介清は手元のバインダーから、新聞記事が印刷されたコピー用紙を取り出し、二人へと見せる。


(吉備一家殺人事件……。記憶にないなぁ)


それは数年前、智彦が住む区域で発生した事件だった。

智彦は新聞記事を要約する。

犠牲者は、吉備幹也(55)、吉備蘭(49)、吉備駿河(19)の3人。

容疑者は、野洲黒徳(28)。

吉備一家は近くの高架線下で遺体として、野洲氏は意識不明の状態で発見された。

なお死因は、鋭利な刃物による裂傷。

野洲氏については、原因不明であるという。


吉備家から現場へと続く血痕により、野洲氏が家へと押し入り、逃げる吉備一家を高架線下で殺害したと警察は判断。


だが、上記のは未だ憶測の域を出ない。

と言うのも、容疑者である野洲氏から詳しい事が聞けていないからだ。



以上の内容を読み、智彦はぼんやりを現場を想像した。

一家の霊は殺害現場に縛られず、家にて『日常生活』を送る事に執着したのだろう。

それほど一家で過ごす事が、極上の幸せだったのかも知れない。



用紙は、もう一枚ある。

なんでも同じ時期に、この辺りで行方不明者が5人ほど出てるという。

どれも家出するような所謂「問題児」であったため、ココではない別の場所に行った可能性が高い。

ただ亡くなっている場合、あの家にはその行方不明者達の霊が住んでいるのでは?

と、介清なりの推理が書いてあった。


(霊の存在を信じざるを得ない程、って事か)


普通であれば、霊が出る事故物件、なんてホラー映画の世界だ。

はいはい、と一笑し、正気を疑われるような流れになるはずだ。

智彦だって、そうであった。


で、あるのに。

介清はこうもまじめに考察している様を見ると、よほど自己主張が強い霊なのだなと、興味が湧く。


(どんな家なんだ?)


智彦は、物件の内容に目を向ける。

外見は新築同様、リビングもあるし、仏間もあるし、それとは別の小さいが和室もある。

そして2階もある上に、ベランダも完備。

何より、家賃が安い!

かなりの物件だと、目を輝かせた。


「家を壊して土地を貸す、ってのはできないんですかな?」

「壊そうとするとな、トラブルが起きるんだ。霊の存在を知ってれば買わなかったのに……」

「お、おお、やはり機械が動かなかったり、ですかな?」

「いや、全員体調の不調を訴えるんだ。死者は出てはないんだけど、家を内側から壊そうとした業者は特に酷かった」


二人の話を聞きながら、智彦は考える。

もし、家族の霊の執着を無くすことが出来れば……?

もし、意志疎通ができる存在であれば、母親がいる時間だけ大人しくして貰えるよう相談できるのでは?

いや、家族じゃなく行方不明者達の霊の可能性もあるが……、何に執着しているか見極めればいいだろう。


上手くいけば、防犯としても活躍して貰える。

家を留守にする際も、泥棒対策になるに違いない!


強制的に除霊は可能であるが、智彦はまず問題解決もしくは共存の方向へ、舵を切った。



「あの、この家、見せて貰って良いですか?」



智彦の言葉に、介清の動きが止まる。

その横では、「やっぱり」と言いたげに、上村が苦笑を浮かべていた。




そして翌日の夕方。




「あれ?」

「おや、どなたですかな?」


「ンっ?やぁ偶然だな、少年」

「ぇ、なんで貴方がココに居るの?」


上村の叔父から鍵を借り、件の家を訪れた智彦と上村。

そこには、先日出会った刑事二人が、先客として、家を眺めていた。

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