刑事
智彦の内部で、直海への殺意が練られていく。
お互いに不干渉でと言ったはずなのに、事ある事に接触。
しかも、「強姦された」と言う嘘を持ってこちらをしつこく陥れようとしている。
部屋内に飛び交う蚊は、潰した方が良い。
直海の処理欲を秘め目を細める智彦に、刑事二人は焦りながら話しかけた。
「おっと勘違いしないでくれよ?話を聞くだけ、聞くだけなンだ」
「貴方がとある女性を強姦した、らしい、と通報があったんです」
直海からの被害届、では無く、近所の誰かが「そう言う事があったらしい」と警察に通報があった様だ。
こういう場合は警察官で無く刑事が動くのかと、智彦は刑事の言葉に、耳を傾ける。
「勿論、樫村さンからも話は聞いたよ」
「その、気を悪くしないで頂きたいのですが、『今回の件は胸に秘めようと思っています』と彼女は言ってました」
それはそうだ。
まさか本人も、警察が介入するとは思っても見なかっただろう。
これ以上噓をつくと、さらに噓がばれていく。
そうなれば、直海が加害者の立場になる可能性が高いのだ。
ならば『自分は強姦されたけど我慢します』と悲劇のヒロインになるのが、一番無難でお得、と考えたはずだ。
警察がどう対応するかは解らないが、後は周りが勝手に同情し、智彦への悪意を増幅させていく。
当の本人が黙っているだけで、無実の人間が犯罪者へと彩られていくのだ。
智彦の中に、殺意が侵食していく。
場合によっては、直海の両親……以前良くして貰ったおじさんとおばさんも敵となるだろうと。
いや、もはやすでに敵かもな……と、智彦は憂鬱な気持ちとなった。
「あー……、君は本当に高校生、かな?」
「……え?あ、はい、高校生ですけど、何か?」
「あぁいや、今のは気にしなくていい。ンー、最初に言うが、俺達は彼女の話は嘘、だと思ってる」
おや?と智彦は刑事二人を交互に見た。
女性……能登刑事の方は不服そうな顔をしているが、若本刑事が、まるで世間話のようにぼやいた。
「……なンと言うかね、急いでストーリーを作りました、なンだ。だから話が行ったり来たりで、被害以外の部分がぼ~ンやり」
あとは刑事の勘、と若本は朗らかに笑う。
「ただね、君の事を話す彼女、体が震えていて異様だったンだ」
「異様と言うか、アレは異常です。強姦では無く、貴方が彼女に対し何かをしたのでは、と我々は疑っています」
「あと、念の為にアリバイ確認だね。えっと、彼女の言ってた日にちと時間は……」
刑事二人の言葉に、智彦は正直肩透かしを食らった気分だった。
このまま刑事ドラマにあるように執拗な取り調べが始まる、と思っていたからだ。
相手は町の安寧を守っている存在。
なので、どう対処しようかと悩んでいたのだ。
「嘘を堂々と校内で言いふらしていたので、少し睨んだだけです」
「睨んだって……、それだけであの様子は」
「脅したりはしてません。あと、その日は朝からサンバルテルミ総合病院に居ました、友人の見舞いです」
成程、急いでストーリーを作っただけはある。
嘘が嘘を呼び、早速綻びが見え始めたと、智彦は内心、直海へ呆れる。
智彦がサンバルテルミ総合病院に居た事は、監視カメラなどで解るだろう。
刑事側も裏を取っていたのか、手帳を確認し、互いに頷いた。
話はこれで終わりだと、聞き込みの様相を崩し始める。
「いや、失礼しました。一応無視できない内容だったンでね」
「いえ。とりあえず、疑いは晴れたでしょうか?」
「えぇ、今回のはどうも彼女の虚言のようですね。痴漢と一緒でこういうヤツは男が無条件で疑われるから嫌ですな。ご協力ありがとうございました」
「若本さん!そんな言い方は!」
若本刑事が能登刑事を手で制した。
そのまま懐から電子タバコを取り出し、智彦へ視線で尋ねる。
特に気にする事も無いので、智彦が頷くと、刑事は嬉しそうにふかしだした。
「ふぅ。電話主、彼女とその家族には、口頭で注意しておきます。お時間取らせて申し訳ありませンでした」
その後簡単なやり取りをして、智彦は自身の家への階段を、カン、カンと登り始めた。
ドアが閉まるのを見つめながら、若本刑事は白い紫煙を吐き出す。
「若本さん!まだ彼の疑いは晴れていませんよ!」
「少なくとも強姦はしていない。あの嬢ちゃンを見てお前も解ってるだろう」
「それはそうですが、あの怯え方に納得が」
「行かないはずねぇだろ。お前も寒気、感じただろう?」
若本から言われ、能登は先程の事を思い出す。
何の変哲もない平凡な学生から溢れた、『嫌な空気』。
人が死んだ現場で必ず感じる、あの寒気だと、能登は体が震えるのを抑える。
「大方調子に乗ったあの嬢ちゃンが、彼の逆鱗に触れたンだろうさ。俺は睨まれただけで失神する自信はあるね」
「……何者なんですか、彼。わざわざ刑事である私達に要請が来たのも、関係あるんでしょうか」
「かもなぁ。『異捜』からくれぐれも機嫌を損ねるなと言われたし、はてさて」
若本が電子タバコを懐へと仕舞いながら、智彦から感じた殺気を反芻した。
若い連中が持つソレより、とても深く、年代物。
どんな経験をしたらあんなモノを持てるのか。
ああいう輩は強姦なんかで性欲を発散するより、相手を殺す事で生存意義を見出し自身への承認欲求を満たすタイプだな、と。
まぁそれはそれで厄介だと。
心の中で智彦を要注意人物に指定し、若本は首をコキリと鳴らした。
「『異捜』……最初はその存在が疑わしかったんですけどね」
「それが普通だ。俺だって若い頃は霊や化け物の存在なンか信じなかったさ」
「ですね……、あの場所で思い知らされました」
若本に頭の中に浮かぶ、胡散臭い連中。
異常現場捜査課、通称『異捜』。
不可思議な事が起きたり、明らかに異常な現場に顔を出す奴ら。
幽霊や化け物相手の特化した刑事、と聞けば、昔は鼻で笑っていた。
だがこの仕事をやっていると、『人外の存在』を認めざるを得なくなってしまうな、と、若本は昔を懐かしんだ。
「では、いつもの場所に寄って行きます」
「マメだねぇ、運転は任せる」
近くに停めていた車の運転席に能登が座り、助手席に若本が収まる。
白い手ですぐさまクーラーを入れ、互いに汗ばむ手を冷風に当てながら、会話を再開した。
「彼らが直接来ればよかったのに」
「暇がないンだろうよ。ただでさえ人数が少ないし、あの件に関わってるらしいからな」
「呪いの鈴、でしたっけ。能面を見たり、鈴の音を聞いた人が行方不明になるって」
「あぁ。先日不可思議な奴が解決したってばかりなのにな」
赤信号で、車を止める。
横では、若本が携帯で今回の件を報告している様だ。
能登が目の前を横断する学生達を見ながら、ぼそりと呟いた。
「……それ、先ほどの彼が、関わってる気がします」
「お前の勘も冴えて来たな。だからこそ『異捜』も気にしてるンだろうな。八俣智彦の情報は、明日渡す」
若本と能登は、霊感が人より少し強い。
通常であれば何も感じない現場で、異常なモノを感じてしまう性質だ。
その為、『異捜』と言う組織と関係を持ってしまっている。
それは同僚達に胡散臭いと評される要因となっているのだが、二人はあまり気にしていなかった。
「ま、あっち方面は俺達に出来る事はありゃしないがね」
「なーんか、彼との窓口にされそうな気が……着きました」
冷房の効いた車内を惜しみながら、二人は車から降りる。
目の前には、広い庭に鎮座する、二階建ての立派な家。
茜かかった陽の光りをベージュ色の壁が受け止め、眩しく光っている。
しっかりと施錠してあるその家から聞こえる、生活音。
だが、二人はその音には主が居ない事を知っている。
「吉備一家殺人事件……、お前の親友が殺された事件、か」
「はい。犯人の野洲もその場で重傷を負い、未だ昏睡状態……」
「……だが、お前の親友とその家族は、まだここで生きているンだな」
「……はい」
巷では「幽霊が住む家」と呼ばれる事故物件。
日常ではありえない超常現象。
だが二人は、ヒグラシの音に混ざり物音がする家を、静かに眺めていた。
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