事故物件
事故物件 ~プロローグ~
タン、タン、タン。
誰かが階段を上る音がする。
電気は付いておらず、そして、足音の主の姿は無い。
「ひぃ!階段上がって行った!」
「で、でも台所からも聞こえるわよ!やっぱり複数いるのよ!」
台所では、電気がついていないにもかかわらず、トン、トン、トンと、包丁でまな板を叩く音。
同時に、お風呂からはお湯を張っていないのに、チャプンと、誰かが入浴している音が聞こえる。
「や、やっぱり、いくら安くても止めておけばよかった!」
「ねぇ、出ようよ!とりあえず今日はビジホにでも泊まりましょう!」
髭を生やしたスキンヘッドの男に、髪を金色に染めたケバい女が縋りつく。
二人は、この一軒家に、今日、入居した夫婦だ。
築10年の陽当たり良好な庭付き一戸建て。
こんな素敵な家が、月の家賃3万円だったのだ。
勿論、夫婦は何か理由があるのだろうと、不動産屋に尋ねた。
不動産屋も、全て隠さずに伝えた。
この一戸建ては、所謂『事故物件』なのだ、と。
ただし、この家で誰かが死んだ、と言う訳では無い。
五年前、この家に住んでいた三人家族が、近くの高架線下で殺されていたのだ。
なのに、まるで今も生きて生活するように、三人家族の霊が出るのだ、と。
不動産屋は、暗い表情で夫婦へと伝えた。
同時に、この周辺では同時期に行方不明者が数人出ていた。
その霊が住み着いてるのかも、とも正直に伝える。
幸いにも、いや、不幸にも、夫婦は霊の存在を信じないタイプであった。
不動産屋の言葉を一笑し、その場で契約を交わし、すぐさま入居を決める。
その界隈では有名だったのだろう。
荷物の搬入をする引っ越し業者も、素早く仕事をこなし、逃げるように帰って行った。
そして、入居初日である、今日。
夫婦が入り口で感じた違和感は、空気であった。
空き家なのに、誰かが生活しているような、『温かさ』を感じたのだ。
次に、音。
物が物理的に動く訳では無いのだが、足音、扉や窓の開閉音、料理をする音等が、はっきりと聞こえた。
夫婦は驚愕し霊の存在を認めるも、音だけなら慣れるだろうと。
その内消えるだろうと、楽観視していた。
そして時間が過ぎ、夜となる。
外に広がる闇は、夫婦の不安を増幅させた。
音だけならば、良い。
だが、『誰かがいる』ような空気に、早々と二人の精神は蝕まれていった。
霊が出たらぶっ飛ばしてやる、とイキがっていた男の顔には、もはや恐怖しかなく。
塩蒔いとけば消えるっしょ、と笑っていた女の顔には、焦燥が刻まれている。
逃げる為に夫婦が手荷物をまとめていると、ダイニングから椅子を引く音が、三つ重なり聞こえて来た。
併せて、食器を使う音も、響きだす。
夫婦はつい静かに、足音を殺しながら、玄関へと歩き出す。
そして玄関のドアに手を付けた、その瞬間。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
「ああああああああああああああああ!?」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!?」
ダイニングから襲い掛かる、大音量の、男性の叫び声。
夫婦は転げるように、家から逃げ出した。
そして、住人が居なくなったはずの家からは。
やはり、音だけが、虫の音に混ざり……響いていた。
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