誰が為に

蹲っている上村へ、作務衣を着た男が刀の鞘を振り下ろす。

智彦は上村の名を叫びながら、手で弄んでいたパチンコ玉……元スチール缶を、男の鞘へと弾いた。


バギン、と大きな音を立て、鞘が宙を舞う。

その隙に、智彦は親友を守るように、男達へと立ち塞がった。


「てててっ……、あん?てめぇもクチサケを庇うのか?」


弾いたはずの刀が、意志を持つかのように男の手へと戻る。

そして男は、智彦へと鋭い殺気を放った。


(クチサケ?)


頭に血が上っていた事もあり、この時、智彦は初めてクチサケの存在に気付いた。

上村が守らんとした女性を、チラリと見る。


となると、目の前の男達は、鏡花が言っていた武闘派、で間違いないはずだ。

彼らは彼らなりに、秩序を守ろうとしていただけだ。

なら、このまま怒りに任せて殺すのは止めておいた方が良いと、智彦は一呼吸置く。


以前の智彦であれば、今頃は男達は肉片となっていたはずだ。

短いながらも夏休みの間に経験した事、触れ合った人々が、薄らいでいた彼の理性を再構築したようだ。

とは言え、それはあくまで殺意を伴わないのが前提だ。

相手が殺意を持っていれば、同じく殺意を持って返すだろう。



「……だからと言って、親友を傷つけた事は許せないけどね」


智彦が怒気を放つと、周りを囲んでいた男が弾かれたように距離を取った。

勿論、刀を持った男もだ。


「あ……っ?嘘、だろ、この俺が、気圧された!?」

日向ひゅうが様!そいつ、アレです!吉祥寺の爺さんを倒した!」


男の仲間の声で、ザワリと声が広がる。

今や裏の世界で話題の男が話通りの強さで、目の前にいるのだ。


「面白れぇ!なら、こいつを倒せばあがた家の地位が」

「謙介を病院へ連れて行くので時間が惜しい。一発殴って手打ちにするよ」

「遮るなよくそが!舐めやがって!かかってこぶるあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


日向と呼ばれた男が青筋を立て、智彦へと鞘のままの刀を振……る前に、智彦の右ストレートが、男の胸部へと炸裂。

智彦の腕にかかった回転エネルギーが体へ伝わり、日向は回転しながら飛び、近くの外灯へと背中からガゴンと打ち付けられた。


それを見て男達は戦意を喪失し、日向を回収した後に撤退。

智彦はそんな事よりと謙介へ近付き、その巨体を容易くひっくり返した。


「ぐぉお……!、ごめんな智彦、厄介事に、巻き込んで……」

「意識があるならそう言ってよ、はぁ……びっくりした」

「あいつら、以前智彦を襲った婆さんの仲間だろ?自分のせいで、関係を悪化させたんじゃ」

「気にしないでいいよ。そっちは窓口通して何とかするから。それより、頑張ったね」


上村は血は出ているが、軽傷の域だ。

智彦は大きく息を吐き、微動だにしない口裂け女へと視線を移す。


(こっちは血が出過ぎてる、かな。時間が経てば危ない、か)


さて、どうするかと智彦は悩む。

上村を病院へ運ぶのは決定事項だし、今すぐ行動したい。

だが、口裂け女をどうするか……。


(謙介が体張って守ったんだ、この女性も連れて行こう)


智彦はスマフォを取り出し、電話をかける。

数回のコール音の後、最近縁が出来た女性の声が響いた。


『あらあらあらぁ?こんな時間に何の用かしらぁ、八俣智彦』


養老樹せれん。

以前、智彦が裏切り者と出会った際、藤堂が養老樹の事を病院関係者のように言っていたのを思い出したのだ。


「夜分にご免ね、ようろ、いや、せれん、実は急患が二人居てさ、助けて欲しいんだ」

『急ぎを要するのかしらかぁ?』

「片方は。もう片方は、一緒に駄菓子屋として働いてた友人なんだ」

『今すぐ連れてきなさい!場所は解るわよね?サンバルテルミ総合病院よぉ』


智彦は礼を伝え、スマフォで病院の位置を確認。

そのまま上村と口裂け女をそれぞれ両肩に乗せ、全力疾走。

二人への衝撃を抑える為、頭と体を低くし、車道を走る。


時間にして約90秒。

智彦は養老樹が指定した病院の急患窓口へと到着した。

そこで、丁度出入り口から現れた養老樹と鉢合わせする。


「……貴方の事だからすぐにでも来ると思ってたけどぉ。ちなみにどこから走って来たの?」

「あの公園入口のコンビニからですね」

「相変わらず化物ねぇ。……その二人が患者ね?中に入りなさい」


養老樹の声の下、多くのスタッフが動き出した。

養老樹は今回の患者を、普通の患者では無いと考えていた。

何せあの八俣智彦が、関わっているからだ。

なので、スタッフも《裏》に関係ある者を集めていた。

そのはずだったのに……皆が、横に寝かされた口裂け女を見て、絶句する。


「あ、あらぁ?ちょっとちょっとちょっと!八俣智彦!この女性って」

「口裂け女ですね」

「いや、そんなの見て解るわよぉ!」

「勿論只とは言いません!先日の件で、俺に振り込まれるはずだった給料を、治療費に当てて下さい!」

「あららぁ?えとね、そう言う問題じゃなくてね」


巷を騒がせている怪異を連れてきて、しかも治療を要求。

焦り出す養老樹に頭を下げ、智彦は上村へと体を向ける。


「今回の件で後始末があるから、また明日来るよ。治療に専念してね」

「ダメだ智彦、給料って、お前、大事な金じゃないか!」

「親友の治療の方が大事だ。……せれん、二人とも綺麗に治療してやって下さい、お願いします」

「……ごめんよ智彦。金は、絶対に返すから!」

「長い付き合いになるんだから、少しずつでいいよ、じゃあ、また!」


要治療の二人を置いて、智彦は慌ただしく病院から出て行った。

残された養老樹は大きく息を吐き、上村を通常治療室へ運ぶように指示。

その後、残ったスタッフと共に気を失っている口裂け女を見つめる。


「怪異の治療なんて、初めてですが」

「私もよぉ、でも、やるしかないわよねぇ、はぁ」

「縫合に使う霊糸もですが、普通の治療器具じゃ無理でしょう。……高くつきますけど」

「彼に振り込まれるお金が、400万。まぁ偶然にも必要な経費で収まりそうねぇ」


口裂け女の件にも驚いたが、400万もの大金を容易く放り投げた智彦に、スタッフが再度ざわついた。

彼らにとってははした金ではあるが、学生には大金だ。


「恐らくだけど、お金に価値を感じない世界で生きた経験が、あるんでしょうねぇ」

「どんな地獄なんですか、それ」

「文字通り、かもしれないわぁ。お金が必要なのにお金に執着できない、ちぐはぐな男ねぇ八俣智彦」


さて、と。

養老樹含めたスタッフが、口裂け女を再度、見下ろす。

漂う、沈黙。


誰もが同じ思いを抱いているが、それを口に出せなかった。

智彦は「綺麗に治して欲しい」と言った。

……つまり。



「口も、ってことかしらぁ?」



口裂け女の裂けた口を治す。

前代未聞の手術が、始まった。

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