意地



時は少し遡る。


智彦と別れた上村は、暑さが残る星空の下、コンビニへ寄ろうと歩いていた。



(ウマギャルのマグネット付きグミが残ってたら買わないとな、後はエナジードリンク……ん?)



丁度、コンビニの裏手。

暗闇で何かが動いたような気がした。

同時に、漂ってくる鉄のような匂い。


普段であれば、無視したはずであった。

だが気になってしまい、上村はソレへと近づく。


「誰か、居るんですか?」


上村の足音に、ソレはビクリと震え、振り向いた。

腰程まではあるであろう、長い髪。

夏なのにコートで身を包んだ、女子大生程の女性。

いや、実際はどの位の年齢かはわからない。

何せ、大き目のマスクで、顔半分を覆っているからだ。

ただ、目元だけを見ると大変美人に分類されるであろう。


よって、一人の状態では女性に免疫がない上村は、急に変な汗をかき、すぐさま距離を取った。


「ししし、失礼しました!違います!別に変な事しようとか思ってません!すみません!」


ここで大声を上げられたら、人が集まる。

構図的に、上村が女性をどうにかしてる図だ。

人生が終わる分岐点、上村は自分の無害さを必死にアピールした。

……が、女性はうめき声を上げるだけだ。


そこで、上村は鉄の匂いがしている事を思い出した。

暗闇に慣れた目で再び女性を注視すると、衣服が血で濡れているのが解った。


「ッ!ケガ、してるんですか?」


上村は女性へと近付き、抱き抱える。

所謂お姫様抱っこではあり、上村は自身の恵まれた体格に感謝した。

抱き抱えられた女性は目を見開くも、抵抗はしない。



「居たか?」

「いや、だが手ごたえはあったんだ。遠くには行けないだろう」



すぐ近く……コンビニの横辺りで、声が聞こえた。

すると、上村に抱き抱えられた女性が体を震わせ、怯えだす。

この時上村は、初めて女性の傷に気付いた。

肩から腹部に流れるように入った、裂傷。

零れた乳房に目を背けようとするも、上村は傷を注意深く見つめる。


(血は流れてるが、浅い。……とりあえず、自分の家に運ぶ、しかないか)


理由は解らないが、この女性は追われ、傷つけられた。

なら、コンビニに駆け込むのは危ない。

病院なども見張られている可能性があるし、救急車を呼びここに留まるのも危険だ。

警察……は、彼女の傷をどうにかしてからでも遅くはない、かも知れない。

上村は焦りの中そう結論付け、血の匂いが漏れぬよう女性のコートを正し、自身の家へと走り出す。


女性はただただ、苦痛で歪んだ顔で、上村の顔を凝視していた。

そこには驚きでは無く、戸惑い。


「今から自分の家に連れて行きます、けど、変な考えは持ってませんから!」


上村の言葉に、女性はこくりと頷いた。

女性の意識がしっかりしている事に安心し、外灯の灯りを避け小走りで移動する上村。

途中、智彦に連絡しようと足を止め、女性を一時的に地面へと下ろす。

そのままスマフォに手を伸ばそうとする、が……女性の息遣いが気になりだす。


「……息が」


やはり苦しいのか、女性の息が先程より辛そうになっていた。

上村は、マスクを外せば多少息が楽になると考え、女性のマスクへと手を伸ばし……外す。


「……っ!」

「っ!?」


現れたのは、両耳元まで大きく裂けた、口。

女性は突然の事に言葉を失うが、上村は極めて冷静にその口を見て、言葉を零す。


「酷い……」


その言葉に、女性は色彩を失った目を細め、俯いた。

次第に体の内から黒い絶望が……。




「こんな傷まで負わされて」


「……ぇ?」


「血は止まってるけど、傷が残りそうだな……急がなきゃ」



上村は、巷で広がっている口裂け女の事は知っていた。

だが、焦りも含め、裂けた口を胸部の傷とリンクさせてしまい、彼女が口裂け女と言う考えが浮かばなかったようだ。


(すぐに病院に連れて行かないと。この辺りで大きい病院は藤堂医院……、はダメだな)


親友を裏切った奴がいる病院など、使いたくない。

けれども、目の前の女性を考えると、私怨に走って良いかと上村は悩みだす。


(……あれ?)


ふと、上村は異変に気付いた。

先程まで聞こえてた、県道を走る車の音が聞こえなくなっているのだ。

それに、周りの家から電気が消えている。


「……囲まれてる、貴方は、逃げて」


良く通る、透き通った声。

この時初めて女性の声を聞いた上村は、驚き、女性へと視線を向けた。


「放っておけません」

「アイツらの目的は私、今なら無関係でいられる」


「そうだぜぇ、一般人はさっさと消えてくれよ」


ジャリ、っと。

藍色の作務衣姿の集団が、謙介達を囲むように現れた。

言葉を発した男性が、紫色の髪をかき上げ、獲物を狙う目で女性を見据える。


「俺達が用があるのはその女だけだ、痛い目見たくなけりゃ消えな」


男達から漂う、圧倒的な暴力。

以前の上村であれば、男達の言葉を受け入れ、逃げ出していただろう。

そして、ふと今回の事を思い出し、変な声を上げる未来を作っていた、はずだ。


しかし、上村はあの時、見てしまった。

巨大な、圧倒的な力に挑み、勝利をもぎ取った親友の姿を。

今ここで逃げたら、智彦に軽蔑されてしまうと、歯を食いしばる。


「に、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」


上村は震える足を何とか止め、自分を励ます為にアニメのセリフを呟きながら、女性を守るように両手を広げた。

女性は驚きながらも、首を横へと振る。


「ダメ!このままじゃ貴方も、殺される」

「貴女がダメになるか、ならないかなんだ、やってみる価値、ありますぜ!」


だがやはり、足が震えてしまう。

そんな上村に男はヒューと口笛を吹き、犬歯をむき出しにした。


「その度胸に免じて殺しはしねぇ、だが、痛い目は見て貰うぜぇ!」


男が腰に下げた日本刀を鞘ごと外し、そのまま、一振り。

すると次の瞬間、上村の体全体に激痛が走った。

体のいたる所に痣が出来、血が滲む。


声に成らない痛み。

相手は手を抜いているだろうが、それでも覆せそうもない、圧倒的な力量の差。

上村の目に絶望が宿るも、女性を守る為に、前へと進む。


「は、はいだらぁー!ぶげっ!」


が、男の拳が腹へと入り、そのまま蹲ってしまった。

男は醒めた目で上村を見据え、鞘のままの刀を、構える。


「やめ、て!もう抵抗しない!その人を、これ以上は!」


上村は呻き声をあげるが、目は死んでいなかった。

女性に格好付けるためじゃなく、もはや意地だった。


「ふ、ふひ!このまま気絶して目が覚めたら、あの憧れの台詞が、言えますな」


男が、刀を振り上げる。

襲ってくるであろう衝撃に怯え、上村は女性へと笑顔を向けた。


「守れなくて、お役に立てなくて、申し、訳無い!」


女性は涙を浮かべ、首を横へと振り、上村へと、手を伸ばし始める。

だが上村は、緩慢に頭を下げる。


余計な希望を、持たせてしまった。

完全な自己満足に付き合わせ申し訳ないと、上村は歯を食いしばった。





「謙介ぇっ!」





バギン、と。

上村に襲い掛かろうとした男の刀が弾かれ、宙を舞う。

足元ではコロコロと転がる、パチンコ玉。


あぁ、親友が来てくれた。

ならば自分がやった事は……時間を稼いだ事は、無駄でなかった。

他力本願だが、この女性は救われる、と。


上村は、地面へと伏した。

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