怪異とは
再度人除けの結界を張った鏡花が、息を吐きながら重機のキャタピラ部分に座った。
横から、智彦が冷えた缶コーヒーを鏡花へと渡す。
「口裂け女、って、ずいぶん昔からいますよね」
「別に長生きしてるわけじゃないのよ。昔から、ちゃんと退治はしてるんだから」
「え?じゃあ今探してるのは?」
「生まれたばかりの怪異、って感じかな」
何言ってるんだ、な智彦の顔に、鏡花は口角を上げる。
こんな化け物でも、知識面が追い付いていない、と。
智彦の事情を考えると、ソレは仕方ないのだが。
「まず、八俣君は怪異がどうやって生まれるか、知ってる?」
鏡花の問いに、智彦の脳裏には富田村の惨状が浮かんだ。
あの村は、クソ神の……。
「呪い、かな?」
智彦の眼に浮かんだ、闇。
鏡花は背筋が凍るもあえて気付かない振りをして、智彦の回答へ応えた。
「そ、それも答えの一つだけどね。正解は『原因が多すぎて解らない』の」
「解らない?」
「貴方が言った呪いもあるし、言霊、霊の実体化、怨霊の集合体化、人が怪異になる事もあるわよ」
「そんなに。それ以外にも色んな原因があるって事ですか?」
「うん。今回に関しては人々の不安が具現化したモノ、って考えられてる」
鏡花がポケットから、折りたたんだ布製のマスクを取り出し、広げた。
智彦も以前は常備していたが、最近では専ら人の多い室内だけだ。
「以前はさ、マスクしなきゃって強迫観念に近いのがあったよね?」
「そうですね、マスクを付けない、て選択肢は無かったかな」
「じゃあ、マスクしてない人にはどういう感情を持った?」
「そりゃ、不安と言うか怒りと言うか……あぁ、そう言う事、か」
智彦が何となく察したのに、鏡花は満足そうに頷く。
「さっき言ったように、都市伝説と言えばクチサケ、それで、この『マスクを外す事への負の感情』。これが合わさって、具現化した……って事」
勿論これも可能性の一つだけどね、と。
鏡花は両手の掌で、缶コーヒーをころころと弄ぶ。
「そして、それは言霊によって存在感を得る」
「たしか、言葉にも力があるって奴ですね」
「そそ。今はゲーム等でそういう知識は広がってる。けど、それがどれだけの力を生み出すのかは、想像できない人が殆ど」
「それは仕方ないかと。でも、言霊と言っても、今はネットの時代、ですよね」
「変な言い方だけど、怪異と言うか超常現象がね、時代に合わせてきちゃったのよ」
鏡花の苦笑に、智彦は首を傾げる事で返した。
だが、何となくだが、鏡花の言葉を理解する。
「ネット内の書き込みも、怪異を生み出す性質を持つようになった?」
「声を発しない言霊、としてね。もうほんと、こっちが付いていけないわよ」
本当にボンヤリだが、智彦は今現在起こっている異常事態を理解できた。
とは言え、彼は積極的には関わらないであろう。
家族、友人、縁のある人が困っていれば。
また、面識がなくともお願いされれば首を突っ込むが、少し前までは一般的な普通の学生だったのだ。
正義感とかそう言うのは無いし、あっても、あの村での一年がそう言う感情を弱めてしまった。
基本的には、自分が生き残るためだけの力。
智彦の異能は、それだけの存在である。
智彦は母親へ帰宅が遅れるというメールを送り、再び鏡花へと尋ねた。
「話は解りました。で、口裂け女を捕まえるのと、どう関係が?」
「人を恨み、狂暴化し、被害が増えないようにする為、かな」
鏡花が話す内容を、智彦は頭の中でまとめる。
都市伝説内の怪異には必ずと言っていい程、弱点が付随してくる。
口裂け女だと、ポマードの匂いが例だ。
「漫画とかでさ、主人公に強敵が現れた。そいつは絶対に倒せない強さ。……面白くないよね?」
「確かに。弱点などが無いと話が進まないし、つまらない」
「そう、それなのよ。その弱点が身近なモノであれば、痛快なの」
「日本の怪異に対して銃が弱点とか、核兵器じゃないと死なない、は流石に無理ですからね」
「うん。だから『一般人でも対抗手段がある』と面白おかしく怪異が伝わって行くのよ」
実際はどこから生まれどこまで効果があるか解らない、怪異の弱点。
だが、それはまるで本当の様に、実際にそれで生き延びた人がいるように、噂となる。
それが言霊となり、怪異にそういう弱点を付随していく……らしい。
『怪異を倒せる』だと、その場で怪異の存在が終わってしまう。
だから皆が続けて楽しく語れるように、『弱点』で次の被害者が出るように、話が広がって行く。
「で、弱点はあくまで弱点。そんなの何度もされた怪異は」
「……人を恨んで狂暴化してしまう、わけですか」
「そう、今のクチサケはまだ人を脅かす程度。捕まえてどうするかは解んないけどね、っと」
鏡花が空き缶を投げると、自販機横のゴミ箱へ綺麗に入る。
満足そうに頷くと、得物を構えた女性陣へと合図を送り出した。
「あ、もしクチサケ見たら、その場で消して欲しいかな。んで、連絡くれると嬉しいかも」
「人を戦闘狂みたいに……。解りました、もし出会ったらそうします」
「それと、今回出動してるのは私達だけじゃないの。クチサケを消そうとする武闘派もいるから、気を付けて」
「もし、その人達と出会ったら?」
「できれば命は奪わないで。彼らも世の為を考えての事、だからね」
俺が容易く人の命を奪うように思ってるなぁ、と智彦が苦笑いしていると、鏡花達は夜の闇へと消えて行った。
ああいう存在が、人知れず秩序を守っているんだな、と今更ながら感心してしまう。
(さて、帰るか)
智彦は片手でスチール缶を潰し、パチンコ玉程の大きさに圧縮。
そこで、異能の『第六感』が働いた。
自身への危害では無く、知り合いへの危害を感じ取り、智彦は疾走する。
次第に濃くなる、血の匂い。
智彦が足を止める。
そこにはいくつかの黒い影に囲まれ、血まみれとなった上村が蹲っていた。
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