隙間録:夜の街で
アスファルトが熱気を放つ繁華街。
夜も更けているのに、まるで昼間の様に明るい。
「ふぅ、腰がいてぇ」
「私も……、光樹、少しは手加減してよね」
喧騒から少し離れた場所。
瀟洒な看板が照らされたラブホテルから、藤堂、直海、横山の三人が出て来た。
藤堂と直海は最早体を重ねるのは日常的で、一種のストレス発散となっている。
と言うのも、智彦関係でイライラが蓄積されてしまっているからだ。
藤堂は、智彦を自分より下だと見下している。
なのに、今話題沸騰中のアイドル、夢見羅観香と親しい。
加えて、自身の病院より格上である養老樹グループの長女、養老樹せれんとも親交がある。
あとオマケに、自分の事をまるで気にも留めていない、いや、そんな価値すら無いと値踏みする、眼。
以上の点で、ストレスが最高潮な状態だ。
直海は直海で、一種の現実逃避だ。
智彦の人脈を目の当たりにし、智彦は実はすごい男だったのでは、と。
逃した、いや、裏切った魚は実は大きすぎたのでは、と思い始めたのだ。
よって、そんな事は無いと藤堂と肌を重ね、快楽の中、藤堂こそが理想の恋人なのだと思い込むようになっていた。
一方、横山はそれどころでは無い。
こちらも問題を先送りした現実逃避だったが、智彦の件が常に頭にこびり付いた状態だ。
「……愛、どこか悪いのか?」
「そうだよ、今日は全然乱れてなかったじゃない」
「あ、うん。……ごめん、ちょっと、ね」
横山は刹那的なので、この爛れた関係を好んでいた。
それ故に、藤堂と直海は、横山の急変っぷりに首を傾げている。
「なぁ、愛。やっぱお前、智彦に何かされたんじゃないか?」
「書き込み消せとか、謝った方がいいとか、変だよ」
「一度、痛めつけてやるか。金を出せば荒っぽい連中集まるし」
「そ、それは流石に。掲示板に盛った話書き込んで、精神的に追い込」
「やめてよっ!」
藤堂と直海の危機感の無い話に、横山はつい大声を上げてしまった。
そんな事をしたら、自分も共犯に思われてしまうと、体が震える。
あの化物は、今の所理性を保っているが、箍が外れるとどうなるか解らない。
藤堂と直海が死ぬのは勝手だが、巻き込まれたら堪らないと、横山は二人にイラつき始める。
「ホントどうしたんだよ、愛。顔色悪いぞ。うちの病院に寄っていくか?」
「うわ、真っ青。愛、光樹の言う通りにした方……あれ、電話鳴ってるよ」
愛のスマフォから、普通の電子音が流れ出す。
『裏』からの電話であるが、『表』の人間がいるにも関わらず、愛はすぐさま通話をタップした。
「はい、横山愛、です」
『お忙しい所申し訳御座いません』
裏の世界のまとめ役からの、直接の電話。
愛の背中に、暑さからでは無い大粒の汗が流れ始めた。
『八俣智彦さんの件ですが、対応が変わりました。彼にはもう何もしないで下さい』
「な、何も、ですか」
『はい、何も。ただ、動向だけは見てて下さい』
「解りました。……連絡、有難う御座います」
この時、横山は勘違いをしてしまった。
他の連中が対応して、問題が解決したのだと。
もうこの事で頭を悩ませる事は、ないのだと。
実際は、智彦のお願いが鏡花経由で裏の世界へと届いた結果だ。
なのでこの時点では、「横山家の長女は問題解決できないどころか、向こうから苦言が来る程の愚か者」な、認識がされ始める。
まとめ役としては、裏の世界の者が智彦を襲ったと言う「負債」が一つ無くなったので儲けだが、智彦からの不信感が強くなったのが悩みだ。
今後は、横山愛の智彦への言動という爆弾を、常に抱え込む事となる。
普段であれば横山はそれに気付けたはずだが、この問題から逃げたいという願いが、理解を曇らせた。
その横では、横山を不安そうに見つめる藤堂と直海が、人混みの向こうに智彦を見つけていた。
横に並んで歩くのは、天恵女学院の服を着た長身の美少女だ。
藤堂は目を見開き、嫉妬の炎が燃え上がらせる。
(あいつ、今度は違う女を……!)
以前、直海とデートしてる時に智彦へ接触して来たのは、養老樹せれんだった。
だが、今は別の女を侍らせている。
藤堂光樹は女遊びをする方だ。
それ故に、天恵女学院の女生徒の質と難易度を知っている。
自身の家柄・金では太刀打ちできない存在を、何故、智彦如きが。
何故、複数も、と。
藤堂を、言いようの無い敗北感が襲う。
そして直海もまた、その異常性に動揺していた。
直海自身は華の女子高生の為、ある程度流行は追っている。
そして雑誌での学校ランキングで不動の一位を貫く天恵女学院も、勿論知っている。
取るに足らないと捨てた男が、そんな、以前見た娘とは違う高嶺の花と、何故か夜の繁華街を歩いている。
それが見せつけられているようで。
自分より上の存在と付き合ってるのが悔しくて。
直海も、言いようの無い敗北感を覚えていた。
暗くなった藤堂と、直海。
二人は今後も、智彦を陥れようと考える。
裏掲示板だけではなく、口頭での噂を広め、精神的に追い込み潰そうと、仄暗い笑みを浮かべる。
一方、横山は不安が取り除かれ、明るい笑みを浮かべていた。
今後は、智彦と接触しなければ良い。
ただし三人で一組と認識されてる為、藤堂と直海を説得し、智彦を刺激しなければ良い、と。
歯車が、狂いだした。
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