名無し20180611
北校舎の図書室は、全体的に古い造りとなっていた。
とは言え、さすが有名私立女子校。
本棚、机、椅子等が全てウォールナット製で、落ち着いた色調を携えている。
ただ、生徒は一人もおらず、智彦と養老樹の息遣いだけが、静かに響く。
「ここは郷土資料や歴史書を収めているの。人気が無い場所ではあるわねぇ」
養老樹に促され、智彦は図書室内を見渡した。
大きさは、一般的なコンビニ程の広さ。
窓は小さく、ベージュ色の遮光カーテンが広がっている。
(隠れる場所は、向こうの部屋だけか)
『編纂室』と書かれたドアの向こうは、後でいいだろう、と。
紙媒体特有の匂いの中、智彦は室内を歩き、少女を探し始めた。
舞った埃が、カーテンの隙間から差し込んだ光に晒され、鈍く光る。
「どうかしらぁ?」
「この室内にはいませんし、それっぽい本も無いですね」
首を横へと振る智彦を見て、養老樹は手を顎に当て思案する。
「あらぁ、延長線上に地下書庫があるから、やっぱそこだったのかしらぁ?では八俣さん、地下書庫の方を探」
「えと、まだあの部屋を見ていません。漢字が難しくて読めないんですが」
編纂室を指さす智彦の言葉に、首を傾げる養老樹。
数秒固まって、尋ねる。
「部屋って……どこぉ?」
「奥の、陽が届かないんで少し暗いですが」
智彦が先導し、編纂室の前へと辿り着いた二人。
だが、養老樹は再度首を傾げた。
「んー、やっぱり扉なんてないんだけどぉ?」
「えぇ……、あ、そういう事か」
養老樹には、見えないドア。
智彦には、見えるドア。
つまり、霊的な何かが働いているのだと、智彦はドアノブを回し、ドアを開いた。
パキリと、薄氷を踏んだような音。
ドアの向こうは闇だったが、徐々に霧散していく。
「あ、あらぁ!?いきなりドアと部屋が現れ……、どういう事かしらぁ」
「何者かに偽装、されてたみたいですね」
「七不思議にあった『消えた教室』って、ここの事……って、入って大丈夫なの!?」
「えぇ。こういう時の為に、俺がいるんですから」
智彦が部屋に入ると、そこは十畳程の個室。
学校にある机が5台ほど無造作に並んでおり、机上には本が山積みとなっている。
カーテンが無い小さい窓からは光が差し込み、少女・・・郷津ありすが、柔和な笑みを浮かべ、本を読んでいた。
「あらぁ、本を掴めるのねぇ、というか、見えてるわねぇ」
「……この部屋の中、だけのような気がします。多分、あの紫っぽい本の影響かと」
智彦が指さす場所。
少女の後ろ。
飾り気のない貴族鼠の本が、まるで長年そこにいるかのように鎮座していた。
アレが件の禁書なのだと、智彦は認識する。
「……神父様達に連絡入れるわぁ」
「はい、お願いします」
養老樹がスマフォを手に取るのを横目に、智彦は少女へと近づいた。
少女が智彦に見向きもせず、ただただ、本を視線でなぞっている。
『ありすが警戒せぬとはな……我の封印を解くのは、何者か』
禁書より、声が発せられた。
威圧が存在しない、ただ問いかけるだけの、声。
わざわざ日本語で話しかけてくるという事は会話を望んでいるのだろうと、智彦は力を抜き、応える。
「八俣智彦、と言います。えと、彼女を追ってここまで来ました」
と、そこで智彦は重要な事を思い出す。
今からこの悪魔と熾天使会が、戦う事を。
「あ……、すみません。貴方にとっての『敵』と一緒ですが」
「ちょ、ちょっと八俣さん!何言ってるのかしらぁ!?」
いきなりぶっちゃけた智彦に、養老樹は度肝を抜かれた。
だが悪魔は、愉快そうに声を震わせるだけだ。
『構わぬよ、ここの封印すら見抜けぬ輩が、我をどうこうできるわけが無いのでな』
風も無いのに、禁書が開いた。
すると音も無く、少女の横に異形が現れる。
全身がワニの様な、禁書と同じ貴族鼠色の鱗に覆われた美丈夫。
少女と同じ赤い目で、智彦を見据える・・・が、害意は感じない。
肩に乗せた鷹が、未だ本を読む少女の肩へと飛び乗る。
『強き者よ、そこのお嬢さんが友人なのであれば、我に挑むのを止めるよう説得した方がいい』
「あ、あらぁ~、私じゃ役者不足だと言いたいのかしらぁ?」
『実際そうであろう?我の気迫に抗うので精一杯……違うかね?』
「くぅ……っ!」
智彦は何ともなく流しているが、悪魔からは特有の気迫が放たれている。
常人であればすぐさま発狂する濃度に、養老樹は必死に耐えていた。
「えと、ありすさんとはどういう関係、でしょうか?」
霊と悪魔の共存。
おかしな組み合わせだなと軽い気持ちで質問した智彦だが、悪魔は満足そうに頷いた。
『ありすは契約者だ。彼女は知識を求め、我はそれに応えたのだよ』
「知識、ですか」
『彼女は世界中の、古今東西の本を読む事を願った。故に、我が言語等の知識を授けたのだ』
「……それを対価に彼女の命を奪い、魂を縛り付けてるわけねぇ?」
養老樹の言葉に、悪魔はつまらなそうに鼻を鳴らす。
下らない、と表情が物語っている。
『ありすが読む本は、我の知識欲を満たしてくれる。彼女の眼と我の眼は繋がっていてね、養生を兼ねてそちらで言うスローライフを満喫しているのだよ』
あぁ、だから少女の眼も赤いのか、と考える智彦の後ろでは、養老樹が怒りに顔を歪ませていた。
何らかの攻撃をするのだと予測し、素早く養老樹の両手を抑える。
「養老樹さん、落ちついて」
「あ、貴方は!どっちの、味方なのぉ!」
智彦としては、養老樹を救いたかったからだ。
悪魔は穏やかな対応をしているが、養老樹を容易く、ゴミの様に処理できると考えている。
それに、なぜ彼女がここまで怒るのか解らなかった。
「何故、そんなに怒るんですか。利害一致してる関係じゃないですか」
「貴方は、悪魔を知らないのよぉ!悪魔は!歴史上の悲劇の後ろに必ずいて!不幸をまき散らす!」
『お嬢さんも悪魔の事を知らないな。あれらは全て人間の願い、欲望の結果だ。我々はそれに力を貸しただけだ』
「なにをっ……!だったら何故彼女を殺したの!」
養老樹が見せた、機密文書。
確かアレには、禁書のせいで郷津ありすが命を落としたとあったと、智彦は思い出した。
だが、少女からは悪魔への畏怖などは感じない。
となると、何故彼女は死して幽霊となったのか……、智彦の中に疑問が生まれる。
『……ふむ、どうやら本気で知らないと見える。ありすの、彼女の家族の命を奪ったのは、君達熾天使会ではないか』
「……え?」
その時、郷津ありすが弾かれるように本を手放し、立ち上がった。
そして、禁書を庇うように手を広げる。
ボゥン、と智彦の耳に異音が響く。
すると編纂室の壁が無くなり、室内が広い教会内へと変貌する。
地面を煌びやかに照らす蠟燭と、ステンドグラスの虹。
編纂室とプレートが張ってあるドアが開き……子安神父が入って来た。
「いけませんよ、シスター養老樹。悪魔の言う事に耳を貸してはいけません」
「子安、神父……様」
子安神父が柔和な笑みを浮かべ、右頬の傷跡を撫でる。
神父の守護天使は武装しており、赤い槍を構えていた。
智彦は嫌なモノを感じ、養老樹の両手を離す。
『ほぉ、久しいな。わざわざ我を探していたのかね?』
「えぇ、この頬の傷が疼くんですよ、貴方を殺せと、ね!」
子安神父の眼が、厭らしく開いた。
そして、次の瞬間。
彼の守護天使の持つ赤色の槍が、後ろに立つ少女……郷津ありすの腹を貫いた。
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